第49話

出来損ないのチョコレートを見て小鳩がくすっと笑った。


「今まで一番好きなチョコレートかもしれません」


“食べるのも好きだったら、部活ももっと楽しくない?”


「嘘だよ、嘘ー!だって全然おいしくないのに!!」


「美味しくはないですけど」


「めっちゃハッキリ言うじゃん!しかも超真顔で!!」


「でも柳澤さんが作ってくれたので」


「え、なに…」


チョコレートの箱を閉じた。

紙袋に戻して…


今度は持っていた可愛い手提げ袋を私の前に出した。


「これは僕からです」


「…これ何?」


「この流れでわかりませんか、チョコレートですよ」


「わかるよ!わかるけど!そうじゃなくって、…なんでって」


しーんとした廊下、保健室から飛び出てやみくもに走ったから下駄箱だって通り過ぎちゃった。


「部長に聞いたんですけど、チョコレート研究会の伝統の話」


“だから1年間の活動の集大成として、自信あるチョコレートを作って、好きな人に渡す…これがチョコ研の伝統なの”


それでもわからなかった。


どうしてそれが私の前に差し出されてるのか、よくわからなくて。


だって小鳩が私にチョコレートを渡すなんてちっとも考えられなかったから。


「もう僕は辞めてしまいましたけど、また…作りたくなったので」


「…これ、本当に私に?」


「そうですよ、柳澤さんのために作りました」


「本当の本当に?」


「本当です、何回言えばっ…柳澤さん?」


涙が溢れる。ポロポロと次から次へと流れ落ちる。


「だってそれは私じゃなくて、琴ちゃん先生にあげるんだって思ってたっ」


そんな可愛い手提げ袋で、きっとまた小鳩は丁寧に作ったんだろうなって、羨ましいなって、胸が苦しかった。


「琴乃先生には渡しませんよ。作ってもないですし、もう作らないって」


「だって小鳩っ、琴ちゃん先生のこと…っ」


“好きでした、琴乃のことが”


初めて小鳩の声で聞いた小鳩の気持ち、それは自分が思ってるより何倍も何百倍も重くて。


ズシンと鉛が落ちて来たみたいだった。


押し潰されてしまうかと思った。


「…柳澤さん」


「……なに?」


「いつの話してるんですか?」


「えっ!?」


ぐちゃぐちゃの顔で小鳩を見上げると、眉間にしわが寄っていた。それもなんかよく見る光景だった。


「ちょっ、その顔っ」


「僕言いませんでした?」


「?、何を…?」


涙を拭くことも諦めた私に、柔らかい表情を見せる小鳩はいつもより優しい瞳をして少しだけ笑ってるみたいだったから。


「“好きでした”って、言いましたよね?」


「……。」


「もう終わってました。あの時にはもう、自分の中では区切りは付いてました…柳澤さんにはお見苦しい所をお見せしてしまって非常に反省しておりますが」


「…それは全然あれだけど」


小鳩が視線を下に向けた。

どこを見てるのか、ただ何もない廊下を見て。 


「終わった時、全部なくなってしまう気がしました。空っぽになるような…、でも実際は終わった後の方が満たされていました」


静かで、落ち着いてて、でも温かい、そんな話し方…


それが余計に私の涙腺に響く。


「きっとその前から僕の中には存在してたんですね、気付かないうちに…ずっと勇気付けてくれた事に助けられていたんです」


小鳩が顔を上げた。


優しい瞳と優しい表情で私を見てる。


「最初は本当鬱陶しいなって思ってました」


「…。」


「…でもいつでも笑ってて、明るい声がいつしか心地よくなって。あの時…散らばったチョコレートを拾ってくれた時、救い上げてくれるような気がしたんです」


私の耳に届く言葉に胸が熱くなって何も言えなくて、小鳩の顔を見たらまた涙が止まらなくて。


いっぱいいっぱい流れて来る涙を必死に拭いて、もう小鳩の顔が見られなかった。


溢れて来る涙で何も見えなかった。



そんな風に思ってくれたの?



私の気持ち届いたの?




あの時拾ったチョコレートは小鳩の気持ちだったよ。




「だから、今度はその人のためにチョコレートを作ってみたくなりました。その人に届けたくて、それはたぶん新しい始まりかと…まぁいいですかこの話は」


「いや、よくないでしょ!?聞かせてよ!大事でしょ!」


「そうですか?」


また真顔になっちゃって、それはいつもの見慣れた小鳩で。


もう懐かしさも感じなくなってる。



だってもう私には…



「でも言ったつもりだったんですけどね」


「な、何を?」


「一緒に話してるのが“楽しい”って」


「……?」



“…楽しそうだなっと思って!”


“楽しいですけど”



あっ!!!


あれってそーゆう意味だったの!?


琴ちゃん先生じゃなくて、私ってこと…!?


「小鳩わかりにくいっ!!」


そんなのだって…っ


「というか柳澤さんこそ、他に好きな人がいるんじゃなかったでしたっけ?」


「え、それはっ」


今その話持ってくるなんて、それこそ私がいつの話してるの?って言いたいぐらい。


そんなのとうの昔、もう忘れちゃってるよ。


困った私の顔を見て小鳩が笑った。


「もう見てるばかりの恋はしたくないんで」


小鳩ってそーゆう奴なのか、知らなかったな。


でも、私もう小鳩しか見えてないんだよ。



だって私にはもう小鳩だけなんだもん。




もうずっと小鳩だけだよ。




「今目の前にいる人が私の好きな人だよ」




だから私だって聞かせてほしい。


チョコレートにしか興味がなくて、とにかく威圧感を放ってて、目付きが悪くて、誰とも話さないと思ってたのに。


話してみたらひたむきで一途で、あんなに器用にチョコレートを作るのにそれ以外は不器用で、不器用だから人付き合いも苦手なだけで本当は…


上を向く、視線を合わせて。



「…今は誰が好きなの?」



「この美味しくないチョコレート作った人、ですかね」



本当は、誰より一生懸命だよね。


私の前で笑ってて、その顔見たらまた泣いちゃって、泣き過ぎですって笑ってる。



私を見て、笑ってる。


私と笑ってる。



やっぱりみんなに見せたくないな。


私だけのものにしておきたいよ。




「チョコレート、もらってもらえますか?」




うちの学校には魔法使いがいる。


その魔法にかかれば、誰だって告白がうまくいっちゃう嘘みたいな本当の話。




私がずっと欲しかったチョコレート。




「…はいっ」






この学校でたった唯一…


小鳩結都だけが使える魔法。





それはきっと私にしかかからない魔法。

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不愛想王子にしか作れない魔法のチョコレートは恋が叶うらしいよ? めぇ @Me_e

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