第39話
私の元にチョコバナナブラウニーのクレープ、小鳩の元にホットチョコ…ただクレープ生地の中にぽちゃぽちゃのチョコレートが入ってるだけのクレープが届いた。
お店の左側、3つぐらいテーブルだけが設置してあってそこで立って食べるのがここのスタイル。
まじまじとクレープを見てる、小鳩が。
「……。」
そんな小鳩を横目にパクリとかぶりついた。
おいしい~~~~~!
ブラウニー乗せてよかった最高~~~~~!
いただきますと小さく声を出した小鳩もパクっとひとくち控えめにかぶりついた。もぐもぐと口を動かして、今も尚真剣な顔でクレープと向き合ってる。
「…どう?おいしい?」
なんでクレープの感想聞くだけなのにこんな緊張感あるの?ってぐらい空気張りつめてるんだけど。
「とてもシンプルですけど、シンプルだからこそチョコレートを全面に感じることができて、だとしたらこれはもう少しくちどけなめらかな方が…でもあえてプチプチ感を楽しんでいるのだとしたら、あったかい生地に包まれて少しずつ溶けていくような計算ですかね」
息をする間もなく一気に話し切った、険しい顔でクレープを見ながら。
そんな小鳩は久しぶりで。
ちょっとだけ懐かしかった。
だから思わず笑っちゃった。
「やっぱ好きだよね、小鳩」
「何がですか?」
「チョコレート!」
険しい顔してたけど、それが楽しんでる証だって。
チョコレートが大好きなことは伝わってきたよ。
「ぽちゃぽちゃのチョコレートおいしいよね!私も好きなの!」
「ぽちゃぽちゃ?」
「その中に入ってるやつ!」
「…これチョコスプレーって言うんですよ」
「うちではぽちゃぽちゃって呼ぶよ?」
「………へぇ」
ふたくちめのクレープを小鳩が食べる。
高めの小さな丸テーブルに立ったまま向き合って、こんなの初めてだからなんか変な感じ。
「小鳩さぁ」
「はい」
「チョコ研戻りなよ」
パクッとかぶりついた小鳩が一瞬だけ止まった。
「チョコ研戻ってきてよ、小鳩いないと全然はかどらないの!私もそらぴょんも知識ないし、森中部長だって…」
自信がなくなってすぐ声が小さくなっちゃう。
きゅっとクレープを両手で握っちゃったから生クリームがはみ出しそうになった。
「私、小鳩のチョコレートが好き」
「……。」
「もっと見てみたいし、食べたい…できれば」
小鳩がクレープを持っていた手を静かに下ろした。小さな丸テーブルの上、そっと手を置くように。
「…琴乃から何か聞いたんですか?」
「…琴乃って呼んでるんだ」
いつもはそんな呼び方してないのに。
だけどいつも何て呼んでたか思い出せない。
名前、呼んでなかったのかな…
「ううん、幼馴染ってことぐらいで何も聞いてないよ」
本当にそれしか聞いてないのは確かで、2人が昔はよく遊んでたってことぐらい。
「もうチョコレートは辞めました。だからチョコ研には戻りません」
「なんで!?だって好きなんでしょ、作るの!」
「…別に、作るのが好きだったわけじゃないです」
「じゃあ何が…っ」
「柳澤さんに関係ありますか?」
「…っ」
冷たい視線が飛んでくる。寒気のするような目つきにぶるっと身震いをした。
「関係は…っ」
ない、けど。
そうやって言われたらないけど。
だって小鳩と琴ちゃん先生の関係に私は…!
「あるっ!」
ハッキリ大きな声で、小鳩の目を見ながら。
「あるよ!だって私小鳩の友達だもん!友達が悲しんでたら力になりたいって思うのが普通だもん!」
「………友達でしたっけ?」
「と、友達じゃん!だって同じ部活だったし、今も一緒に寄り道したりするの友達だからじゃん…っ」
そんな風に言われるのは想定内で、ちょっと傷付いたけどそんな深くはない大丈夫。
まぁ実際友達かどうかは怪しいとこで、私もそうだったかな?って思いながら言ってるからね。
でも友達!ってことにしてほしい。
「そう…ですか…」
小鳩の表情が変わった。
冷たい眼差しがフッと消え、目を細めた。
「…友達ってそうゆうものなんですか」
「え、…うん。そりゃもちろん、友達が悲しそうにしてたらどうしたのかなって心配になるし」
「そうですか…」
否定しなかったのが気になったの。
友達は否定したのに、悲しんでることは否定しなかったの。
小鳩、今悲しんでる。
「でもそんな大した話はないですよ」
聞きたくて聞きたくて仕方なかった。
でも聞きたくなかった。
琴ちゃん先生のこと、聞いたら私はどうなるのかなって。
怖かった。
「僕の作るチョコレートが好きだって言われたから、…好きだったんです」
「それって…」
小鳩が目を伏せた。
私に話してくれるなら、ちゃんと受け止めたい。
怖くても、ちゃんと塞がず聞こうって…
静かに息を飲んだ。
「魔法のチョコレートの本当の意味、教えてあげましょうか?柳澤さんが思うほどいいものじゃないですよ」
そう言って私の目を見る小鳩の瞳の色はなくて、寂しい瞳だった。
お店の隅っこ、私たちだけで誰もいない。
賑わっているショッピングモールなのに、ここだけは別の空間みたいだった。
小鳩がゆっくり口を開く、小さく、静かに、そぉっと。
「…昔です、まだ小学生の頃…告白したいけど勇気がないって悩んでる子がいました」
誰とは小鳩は言わなかったけどそれは琴ちゃん先生しかありえなくて。
なんで小鳩はそんな言い方したのかわからないけど、きっとそれは小鳩にとって消えない思い出だ。
「でも告白なんて本人以外できないですし、他人がどうこうできる問題でもありません。僕には何もできないって言ったんです。そしたら…」
どこまでも小鳩らしくて、それは変わらないと思った。
でもそれは小鳩が冷たいわけじゃない。
たぶん、素直なだけ。
「僕が作ったチョコレートはおいしいねって言ったんです」
“おいしいものね、小鳩くんの作るチョコレートは”
思い出すのは琴ちゃん先生の笑った顔。
「じゃあ…僕にできることはチョコレート作るしかなくて。一生懸命作りました。またおいしいって言ってくれるようなチョコレートを」
それがチョコレートを作ってた理由…
小鳩が今でもずっとチョコレートを作ってきたのは、琴ちゃん先生のため。
「すごく喜んでくれて、何度も褒めてくれて、勇気出した告白もうまくいっちゃって…笑って僕に言ったんです」
「…何て言ったの?」
結局誰が言い出したのかわからないままだたったのは誰も知らないんだと思ってたから。
気付いたらそんな風に呼ばれてただけで、誰も知らないんだって。
…知らない方がいいことだってあるよね。
「魔法みたいだねって」
小鳩が私の目を見た。
表情はなかった。
そしてまた俯いた、少しだけ。
「でも作らなきゃよかったです」
「…どうして?」
琴ちゃん先生がそう呼び出した魔法のチョコレート。
それは琴ちゃん先生の想いより小鳩の想いの方が強くて。
“魔法のチョコレート、どうしても欲しいの…!”
“そんなチョコレート知りませんけど”
大切だったんだ。
大事だったんだ。
大好きだったんだ。
「さぁ、どうしてでしょうね」
今だって好きなんだ、大好きなんだ…
そんな顔してた。
「…そんな昔の話です、全然いい話じゃなかったんじゃないですか。魔法のチョコレートなんて嘘なんですよ」
冷たくなってしまったクレープを小鳩がかじった。
きっともうチョコレートは固まちゃって、おいしくないかもしれない。
私のクレープだって、もう冷たくなるどころか自分の手の熱で生クリームが溶け出しちゃってる。まだ半分も食べてないのに食べられる気がしなかった。
クレープをじっと見つめるだけで顔を上げられなかった。
「小鳩、琴ちゃん先生にチョコレート渡さないの?」
「どうしてです?なんで今そんな話になるんですか?」
「だってあのチョコレート…私にもらってほしいって言ったチョコレートはっ、…本当は琴ちゃん先生に渡すつもりだったんでしょ?」
食べられなかった。
食べられるわけないよ。
小鳩が琴ちゃん先生のために作ったチョコレートなんか…っ
「………違いますよ」
「嘘だよ!だって調べたもん!12月25日の誕生花はヒイラギなんだってね!でもクリスマスでよく見るヒイラギはセイヨウヒイラギって言って別のものなんだって…!だから、…わざとその形にしたんだって思った」
琴ちゃん先生の誕生日のヒイラギと、クリスマスのセイヨウヒイラギ、どちらの想いも込めて。
小鳩は冷たいし、高圧的だし、すぐ睨むし怖いけど…
チョコレートに対しては誰より熱くて一生懸命だから。
精一杯の気持ちを込めたんでしょ?
そんな小鳩の琴ちゃん先生の想いでいっぱいのチョコレート…っ
「それはもういいんですよ」
「なんで!?何がいいの!?」
食べ終えたクレープの紙を丁寧に織り込んだ。こんなとこまで小鳩らしい性格で。
「…確かに渡すつもりでした。でもタイミングが合わなかっただけで、自分で捨てるぐらいなら柳澤さんにもらってもらおうと思っただけですから」
「でもっ」
あっという間に小さくなったクレープを包んでいた紙はせっかく丁寧に折りたたまれたのにその瞬間小鳩の手のひらの中でくしゃっとよじ曲がった。
「…っ」
「ただのチョコレートですよ、渡さそうが渡さまいがどっちでもいいじゃないですか」
「琴ちゃん先生に言いたいことないの!?だってこれ…っ」
リュックからあのチョコレートを取り出そうと思ったけど、手に持っていたクレープが邪魔でリュックを開けるのに戸惑ってしまった。
そんな私を前に小鳩がドンッとテーブルを叩いた。
「…ないです、何も」
鈍くて重い音。
下に打ち付けたから床にも響いた。
「じゃあ先に失礼します」
くしゃくしゃに降り曲がったクレープの紙をゴミ箱に捨て、私を置いて歩き出す。
追いかけることもできなかった。
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