第27話
追加したクッキーもすべて売り切れた、それはそれは大繁盛で文化祭は超超超満足で幕を閉じた。
終わってからも高揚感が抜けきれず、片付けだってちっとも嫌な気にならなくて、なんならついテンション高めでササッと終わっちゃうような…
気でいたんだけど。
しーんとした家庭科室。
まさかここで小鳩と2人になるなんてね。
ちょっと緊張したよね。
えーーー、えぇーーーー、何話そう!?
でもがんばったんだもんね、小鳩ずっと作ってたし、お疲れさま!とか言う入りでいいのかな…!?
「あ、小鳩…お疲れ。大変だったよね?」
「そうで…もないですよ」
テキパキと使った道具たちを洗って、拭いていく。私なんて必要ないくらい早い。
「そう?朝は店番で途中からずっとクッキー焼いてたんでしょ?」
「そうですね」
「大変でしょ!それは!」
「まぁそうですけど…、好きなんで」
何が?って聞きたくなった。
でも聞いたところで、小鳩は顔をしかめるだけだね。その顔もちゃんと見れてないのに。
まだ甘ったるさの香り残る家庭科室、小鳩は今何を考えてるのかな。
教えてはくれないのかな…
チョコレートを辞める理由。
「柳澤さん」
「ん?」
「こっちはもう終わりましたけど」
「あ、ごめん!もう終わる!」
やっぱり小鳩1人で十分だったんじゃないかってぐらい早く終わった片付け、ここくらいはと調理実習台を拭いて、すすいだふきん用の物干し竿にかけた。
「これで庭科室の片付けは終わりですね」
「うん、そらぴょんと森中部長が多目的ホールの方片付けてくれてるからそっち行く?」
「そうですね…あ、その前にいいですか?」
小鳩が私の前に立ったから。
自然と頭を上げることになって、今日初めてちゃんと小鳩の顔を見た。
ドキンッと心臓が鳴った。
あれ、何これ…
なんで急に心臓が…
くるっと小鳩が後ろを向いた。
それさえにもドキッとして、ドキドキと鳴る心臓を右手でさすってきゅっと制服を握りしめた。
息が急に苦しくなる気がして。
「柳澤さん、これ…どうぞ」
次に振り返った時には何かを持っていた。
後ろの棚の上に置いてあったスクールバッグから取り出した、包装されたひとつの箱。
「……何、これ?」
「チョコレートです」
「チョコレート?」
差し出された箱を手に取る。
濃い青色の包装紙は無地で何も描かれてないシンプルなものだったけど、丁寧に包まれたそれは小鳩がやったものだとすぐにわかった。
「え、これって…っ」
「あ、柳澤さん的にはこうですかね」
小鳩が微笑む、かすかに口角を上げて。
「“魔法のチョコレート”です」
にこっと微笑んで、私の瞳を見た。急に胸が熱くなった。
「な、なんで…?」
「なんでって欲しかったんですよね?」
「う、うん…ずっと欲しかったけど」
欲しかった、けど。
これが欲しくてずっと必死になって来たんだけど…
「じゃあよかったです」
「わざわざ作って…くれたの?」
「まぁ…一応そうなりますかね。文化祭であれだけ売り出してますし、特にレア感なんてないとは思いますけど」
小鳩にとっては意味なんてないのはわかってる。
最初から小鳩にとってはそうだったから。
「でも柳澤さんも欲しがってたんで、これだけ準備したり大変だったのにさすがに可哀想かと思いまして」
小鳩ってそんな表情したっけ?
そんなに柔らかく話す人だったっけ?
また少し小鳩に近付いた気がするのに、なんでかな胸が苦しいの。
「…昨日は無理矢理押し付けちゃって、すみませんでした」
「それは…っ、私が何でも言うこと聞くって約束だったし」
「だからそれは柳澤さんのためのチョコレートです」
しーんとした家庭科室に小鳩の静かな声が響く。
チョコレートはもう作らないって言った小鳩が最後に作ってくれたチョコレート、私のために。
ずっとずっと追いかけ続けて来た小鳩結都が作ったチョコレート。
私のための…
私のチョコレート…
なんで瞳に熱を持ってるんだろう?
どうして今泣きそうなんだろう?
「これで告白するんですよね?」
なんでこんなに胸が苦しいんだろう?
「がんばってください」
小鳩からもらったチョコレートを両手で持って、じっと見つめながら廊下を歩く。
ずっとずっとずっと欲しかった。
手に入れるためになんだってするんだって思ってた。
いつかそんな日が来た時には、オージ先輩に気持ちを伝えようって。
これがあれば勇気をもらえる気がしたから。
そんな力があるって、このチョコレートには。
「やっとここに…」
気を利かせた小鳩は先に1人で多目的ホールへ行ってしまった。
そんなこともできるんだ、そんなことしないと思ってたのに。
だってチョコレートにしか興味ないじゃん。
興味ないはずなのに…
“だからそれは柳澤さんのためのチョコレートです”
そんな優しいとこ、急に見せないでよ。
ずしりと重たいチョコレート。
これはチョコレートの重さなのか、私の気持ちなのか、それとも。
ぎゅっと魔法のチョコレートを抱きしめるように抱えた。
今の私がすることはひとつ。
こんなチャンスもうないよ。
やっと掴んだチャンスだよ。
告わなきゃ…、オージ先輩に気持ちを伝えなきゃ。
そうだよね?
会いに行かなきゃだよね、会いに。
なぜだか足が重くて全然進まない。
どうして…?
オージ先輩のところに行かなきゃ…っ!
ブブッ、とスカートのポケットに入ったスマホが鳴った。
LINEかな、誰だろ。
“詩乃ちゃん今どこにいる?”
私が今会いに行かなきゃいけない相手だった。
“中庭のベンチのとこにいるんだけど、来れない?”
「……。」
背中押してもらえたよね。
そうだよ、今ならきっと大丈夫。
深呼吸をする。
うん、とゆっくり頷いて。
抱きしめた魔法のチョコレートを持って中庭まで走った。
「あ、詩乃ちゃん!」
「オージ先輩…っ」
「急にごめんね」
オージ先輩がベンチから立ち上がる、だから息を整えてオージ先輩の前に立った。
ドキドキと静かに心臓が音を出し始めて、胸がきゅぅっと締め付けられる。
ずっと告いたかったのに、勇気がなくて告いえなかった。
いつか魔法のチョコレートが手に入ったら告白するんだって決めてた。
私、これからオージ先輩に告白するんだ。
気持ちを伝えるんだ。
これでやっと
やっとちゃんと本当にオージ先輩に…
「詩乃ちゃん、俺…詩乃ちゃんのこと好きになった」
「え…?」
真っ直ぐな視線で私を見てるオージ先輩の瞳には力が入り、想像してなかった言葉に一瞬戸惑った。
だってそれは私が言いたかったことで、オージ先輩から言われると思わないし、今も耳を疑うぐらい信じられない。
「えっと…」
「お菓子作り教えてとか絶対めんどくさいのに、俺のために一生懸命レシピ覚えてきてくれてさ…健気で可愛いなって、思ったんだよね」
私今本当にオージ先輩に告白されてるの…?
目の前で話してることは全部私のことなの…?
「そしたら好きになってた、詩乃ちゃんのこと。だから俺と付き合ってほしい」
本当に私…
返事を、すればいい?
私が告白するつもりだったんだけど、オージ先輩に告白されてる。
こんな状況夢にも見なかった。
そしたら私はその答えを…
言えばいいんだよね?言えるよね?
私も好きだって、ずっとずっとオージ先輩のことが好きでしたって…
言ったらいいんだっけ?
「…ごめんなさい!」
咄嗟に頭を下げた。
自分でもわからない。
なんでそんな風に答えちゃったのか。
だけど言えなかったんだ。
だって目の前にオージ先輩がいるのに浮かんでくるのは小鳩の顔ばっかりで。
ずっと頭から離れないの。
いつからこうだったの?
どうして私…
小鳩にチョコレートをもらって嬉しかった。
もらえたことがすっごく嬉しかった。
私のために、もうチョコレートは作らないって言った小鳩が、誰かのために作るのは嫌いだって言った小鳩が、私のために。
嬉しくて、嬉しいのに、胸が裂けそうなぐらい痛かった。
“がんばってください”
応援してくれた気持ちを叶えたくて走ったけど、それがこんなに苦しいなんて。
どうしよう、私小鳩のことで頭がいっぱいだ。
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