第14話

日が暮れ始めた夕方5時半、窓の外が少しずつ暗くなっていく。


部活によってはチラホラと帰り始める人もいて、静かになっていく学校の中で保健室はどこよりも静かだ。



もう2時間くらい経ったかな。


まだ目を覚まさないのかな、このまま起きないなんてことないよね…?




それはさすがにないよね、…




「小鳩!?大丈夫!?」


静かにそぉっと目が開いたからイスに座っていたけど思わず立ち上がっちゃった。ガタッて音までさせちゃった、うるさかったかも。


「……。」


「あ、待ってねっ!琴ちゃん先生、今職員室行っちゃったの!たぶん小鳩のお母さんとやっと連絡繋がって、えっとだからっ」


「何してるんですか?」


「え…?」


天井を見たまま一切視線を変えずに小鳩が口を開いた。こんな時もひたすらに前を見てる。


「小鳩が急に倒れたから!びっくりしたよ!体調悪かったんだね!?ごめん、気付かなかったっ」


「別に気付かなくて謝られる必要はないですけど」


ゆっくり体を起こし、はぁっと息を吐いた。

天井から視線を変えた目を細めてパチッと瞬きをしたかと思えばただじっと正面を見てた。


「もう起きて大丈夫なの!?」


「…ずっとここにいたんですか?」


「え、うん…?あ、頭は!?もう痛くない??」


「それも必要なかったです」


さっきの地に響くような声とは違って、落ち着いた静かな声。それも淡々として、音の乱れもないような。


「…、そうだよね。ごめんね」


あ、やばい今度は私が下を向いちゃう。


「別に謝らなくても」


「私が…いたかっただけだから」


小鳩がこっちを見てくれないから私も顔を合わせずらいな。私に合わす顔なんてないのかもしれないけど。


「てゆーか私のせいだよね、しつこくつきまとったから…ごめんね」


「……。」


「迷惑だったよね。ほんとごめん、小鳩の気持ち考えてなくて…」


そんなつもりじゃなかったんだけど、それは私の都合で小鳩の都合じゃない。


軽いゲームみたいな感覚だったの。


嫌いなものが好きになったら楽しいんじゃないかって、ちょっとしたノリで始めた。


私が勝ったら小鳩に魔法のチョコレートを作ってもらうって。


だけどね、本当は…


「楽しいかなって思ってたんだ。1人よりみんなでいた方が…、他愛もない話しながら過ごすお昼休みとか!そーゆうのあってもいいかなって…!」


“そこまでしてチョコレートが欲しいですか!?”


全部が全部そのためじゃなかったよ。


「小鳩…、友達いないって言うから」


「それ本人に言います?別にいいですけど」



もったいないって思ったから。


もっとみんなにも小鳩のこと知ってもらいたいって、そしたらきっと小鳩だって…


もっと笑ってくれるんじゃないかなって思ったの。



でもそれが迷惑だったんだよね。



「あ!そうだこれ…コーヒーあげる、頭痛に効くらしいよ」


自販機で買って来たブラックコーヒー。

調べたらコーヒーに含まれてるカフェインには脳の血管を収縮させる働きがあるみたいで、痛みが和らぐんだとか。


それに…


「小鳩甘いものは嫌い、だもんね」


「…別に嫌いじゃないですけど」


「え?」


「なんならブラックは飲めません」


「え!?」


差し出したブラックコーヒーさえも受け取ってもらえず私の手に残ったまま、てゆーかそれは聞いてた話と違うんだけど。


「嫌いって言ってたじゃん!?」


「好きじゃないって言ったんですよ」


「それって嫌いってことじゃないの!?」


「好きでも嫌いでもないってことです」


「わかりにくっ!」


表情のわかりずらい小鳩だけど、それに連動して言葉のあれこれもわかりずらいなんて。


本当に私1人勝手に踊ってたみたいだ、それは確かにいい加減にしてほしかったかもしれない。


はぁっと息を吐いてイスに座った。


空気が抜けていく、私の中の空気がしぼんでいく…


「柳澤さんは…」


「え…?」


「好きなんですよね?」


小鳩が私の方を見た。やっと目が合った。


ずっと合わなかった目がやっと交差した。


「あ、甘いもの?好きだよ!その中でもチョコレートが1番好き!」


ずっと逸らされていた視線が私の方に向いたから、ちょっとだけそわそわしてしまって早口になる。


「だっておいしいもんね!」


「なんですか、その答え」


「おいしいから好きって1番大事じゃない?」


そもそも私にはこだわりもなければ知識もなくて、ただ食べるのが好きってことくらい。

おいしかったら何でも好きだし、お菓子ならなんでもいいみたいなとこもある。



だけど、そんな私にもわかることだってあるよ。



「…小鳩のチョコレートって繊細だよね」


あれは私の中の衝撃だった。


「可愛くて、キラキラして、宝石みたい。あ、別に欲しいから褒めてるんじゃないよ!」


「わかってますよ」


「…すごいなって思ったの、こんなチョコレートが作れるんだって」


“これだけ美味しいみかんを作るのはそれだけ手が込んでいるということですから”


きっと小鳩もそれだけ丁寧に真剣にチョコレートと向き合ってる。

たくさんたくさん時間をかけて、失敗しながらも繰り返して、絶対妥協しないで追及する…



それは小鳩にしか作れないチョコレートだよ。



「魔法のチョコレートって噂されるのもわかるよ、ジンクスとか関係なくて小鳩の作るチョコレートがみんな欲しいんだよ」


なんでそんな噂が立ったのかわからないけど、きっとそれぐらい魅力的なチョコレートだったんだと思う。


魔法にかけられたみたいなキレイで可愛くて美しい、誰もが欲しがるチョコレートだったんだ。


「…作りますよ、チョコレート」


「え…」


「お礼に」


ベッドから出た小鳩が上靴を履いた。聞き間違い化と思うその言葉にビックリして私も即座に立ち上がった。


「いいの!?」


やばい、またガタッて音させちゃったここ保健室なのに。


「遅くなってごめんね~!あ、小鳩くん起きた?」


ガラッと開いたドアから、琴ちゃん先生が職員室から戻って来た。乱れた髪の毛を直しながら、たぶん急いで来たんだろうな。


「お母さん連絡繋がったんだけど、まだ仕事が終わらないみたいで迎えに来るのは難しいって」


「大丈夫です、もう平気なんで」


「送って行こうか?ちょっと鞄取ってっ」


「1人で帰れます」


私ならそんなラッキーチャンス喜んで送ってもらっちゃうけど、食い気味に断る小鳩はさすが小鳩だなと思った。お母さんも働いてるみたいだし、真面目に責任感強く育てられたのかなって。


「そう…?」


「はい」


テーブルの上に置いてあったスクールバッグを肩に掛けて、ありがとうございましたと軽く会釈をした小鳩はそのまま保健室から出ようドアに手をかけた。

このスピードも無駄がなくほんとスムーズすぎてさっきまで意識のなかった人とは思えないんだけど。


「ちょっと待って私も帰る!琴ちゃん先生さようならっ!」


リュックを背負って追いかけるように保健室から出た。一緒に下駄箱まで行こうと思ってサッと隣に並んで。


「ねぇ、小鳩」


「なんですか?」


「小学校の時ね、隣の席のゆみちゃんって子がいたんだけど」


「急になんですか」


「頭痛持ちでよく早退してたの、私それ見てね…」


気になっていた、ずっと思ってたことがある。

隣の席のゆみちゃんがいつも誰より先にランドセルを背負ってる姿を見て。


「めっちゃ羨ましいと思ってたの!」


「バカなんですか」


もちろんそう言われてもしょうがない、なんて浅はかで軽薄なんだろう恥ずかしくて嫌な奴だ。


「早く帰れていいなぁとか、保健室で休めていいなぁとか、思ってたんだよね。でも普通に考えて辛いよね」


「…返す言葉がないです」


「私も、そらぴょんも声大きいじゃん?絶対小鳩の体調に響いてたよね、今更ながら申し訳なかったっていうか、本当に…」


「……。」


私の気持ちばかり押し付けてた。


楽しいって思ってたのだって私の方で、小鳩が何思ってるのかなって考えてなかった。


それが重荷だったのかな、ストレスだったのかも…

これでももっと頭痛がひどくなったりしたら…!?


下駄箱に着くと何をするのも早い小鳩は上履きからスニーカーに履き替えるのも早くて、もんもんと悩む私はまだ上履きを脱ぐ仕草もしてないのに。


いや、よっぽど早く帰りたいのかもしれない。私とこうして話してるのもあれなのかも。


「楽しかったです、チョコレートフォンデュ」


帰ろうとした小鳩が背を向けたから。


「え、なんて…」


上手く聞こえなかった。

私が見ていたのは小鳩の背中でちゃんと聞き取れなかった。


でも振り向いた視線、今度は逸らさなかった。 


微笑んだ小鳩の顔を見て。


「では、さようなら」


逸らせなかった。

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