Magic2.打倒・小鳩結都!

第5話

“打倒・小鳩結都!ゆいぴー倒してチョコ研に入ろう!”


私の頭の中はあの空色でいっぱいでちっとも離れてくれない。

輝くあの髪が空なら明るい笑顔はまるで太陽みたいな、そんな子だった。


「おはよう、詩乃!」


「咲希~!おはよう、ちょっと聞いてよーっ」


「朝から何?どうしたの?」


ちょうど校門の前まで来ると咲希が手を振りながらやって来た。ずっと続いてるこの悶々とした気持ちを一刻も早く聞いてほしくて目が合うや否や、さっそく昨日の出来事を早口で話した。


初めてチョコ研の部室に入れたこと、小鳩の作ったチョコレートを食べられたこと、そして空色の髪…


「おーいっ、おっはよー!」


の話をする前にそらぴょんがひょこんっと現れた。朝から尋常じゃなくテンションが高い、目元での両手ピースはデフォルトなんだ。


「やっぴーーーーー!」


「…おはよう」


引きつった笑顔を見せる私を咲希が不思議そうな顔で見てる。


「今日めっちゃいい天気だよねー!」


ふふふっと笑いながらこっちに駆け寄って来る。揺れる空色の髪は注目の的で、みんなの視線はそらぴょんに釘付け。


「…隣のクラスの、笹原くん?だっけ?」


「そらぴょんね」


「そらぴょん!?いつの間にそんな仲良くなったの?」


「昨日…、家庭科室の廊下で」


「小鳩くんと仲良くなるんじゃなかったの?」


…本来ならその予定だったんだけど。どこで狂ったか大誤算、こんな派手な頭の子とあいさつ交わす中になるなんて。


「ねぇねぇ!」


「何?」


「あ、名前何だっけ?」


あ、そーいえば自己紹介まだしてなかった。名前教える前に距離感だいぶ近いから忘れてた。


「柳澤詩乃、だよ」


「あ、おっけおっけ!」


そらぴょんの髪色は青いし、こんなキャラだし、声も大きいし、こうやって喋ってたらすぐに周りから見られちゃって。私まで注目の的だよ。


「あとで教室行ってい?何組?」


「3組だよ」


「あ、隣じゃーん!俺2組だから!」


それは知ってる。私と違って有名人だから。小鳩とは正反対の有名人…


「あっ」


スッと威圧感のある気配が隣を通った。この威圧感は1人しかいない。


「小鳩っ」


目に入ったから、声を掛けただけだったんだけど。これもタイミングかなって、朝だしおはようぐらい言ってもいいかなって。


「あ、ゆいぴー!おっはよー!」


ブンブンと手を振るそらぴょん、絶対その大きな声は小鳩に届いてた。私の声だって届いてたと思う…けど、一切振り向きもしなければ1ミリとも乱さない足取りで小鳩は校舎へ歩いていった。


ガン無視じゃん!


「ゆいぴーシャイだよね~」


「……そらぴょんが元気過ぎるんじゃない?」


「それが取り柄なの!」


お決まりのダブルピースを決め、にぱっと微笑んだ。


なんだろう、そらぴょんと一緒にいることで小鳩との距離は遠のいていく気がする。

てゆーかまだそらぴょんとも仲良くなったつもりはないんだけど勝手に近寄られてるだけで…でもこれってプラマイ、マイじゃないかな。


せっかく小鳩と少しだけ近付けたと思ったのに。



****



今日もどうやって小鳩に近付こうか考えていたらお昼はすぐだった。

いつものように教室でお弁当を食べようと思ったらにそらぴょんがやって来た。手にはたっぷりのクリームをサンドしたクロワッサンを持って。


「俺はね、甘いものが大好きなの!」


ほんとにいつでも誰にでも変わらないテンションでいられるんだすごい。ナチュラルに私と咲希の間にイスを持って来て座る、そのイスも勝手に借りたやつだし隣の席の子の。


「それでチョコ研入りたいんだ?」


「そ!食べ放題じゃない?」


お弁当を食べる咲希が普通に話しかけるからあたりまえのように会話が始まっちゃって、そらぴょんにとっては壁ってやつがないのかも。1つの机を3人で囲んで、すでにいつも通りみたいな雰囲気出てる。


「おもしろいね、笹原くん」


「ありがとー、そらぴょんでいいよ!」


その会話は褒められたのか謎だけど、相変わらずの笑顔でご機嫌にニコニコしていた。

それにしても教室にこの空色は目立ち過ぎる、ざわついてるのが見なくてもわかるから。光ってるみたいで可愛い色だけどさ。


「ごちそうさま」


「え、咲希もういいの?」


「ちょっと…、約束あるから」


「光介くん?」


「うん、部活忙しくなるみたいでこれからあんまり会えなくなりそうだから…会える時に会っとこうかなって」


1/3くらい残したお弁当を片付けて、ランチバッグにしまいながら立ち上がった。取り出した小さな鏡を見てうんっと小さく頷いて。

健気で愛くるしいよね、咲希は。もういっそのこと光介くんが羨ましいよね。


「じゃあ、行くね!笹原くんもごゆっくり!」


「うん、ばいばーい!」


光介くんに気を遣ってそらぴょんって呼ばないとこも好感高いしね。


「あだ名とか嫌いなタイプかな?」


そらぴょんはちょっと不服そうだったけど。


「ねぇ、光介くんって誰?」


「咲希の彼氏だよ」


私のお弁当はまだ半分ぐらい残ってる。そらぴょんは2つ目のお昼ご飯、チョコデニッシュの袋を開けていた。


「へぇ~、いいね!彼氏かぁ~!」


どんな話をしても楽しそうなそらぴょんも十分すごい。パッと袋が空いた瞬間、表情も連動してるのかと思ったもん。


「ゆいぴーはさぁ、いっつも1人なんだよね」


「あぁ…、そうだろうね」


あんな感じの小鳩だ、そりゃそうだよね。そうなのなかぁって思ってたけどやっぱりいないんだ、友達。


なんてたってチョコレートしか興味ない男、人間なんて以ての外って感じがするもん。


「ゆいぴーはマドレーヌは好きかな?」


「え?」


何の脈絡もなく切り出したそらぴょんの問いかけに箸で掴んでた卵焼き落としちゃった。ここぞという時に食べるために置いておいたのに!


「わかんないけど…、チョコレートのが好きなんじゃない?」


「俺マドレーヌめっちゃ好きなんだ~」


「そーなんだ」


そう言いながらチョコデニッシュを頬張るそらぴょん、その顔もるんるんしてる。マドレーヌのこと考えながらチョコデニッシュ食べてるのかな。


「知ってる?マドレーヌとフィナンシェの違い!」


「違い?」


落とした卵焼きを拾いながら軽く考えてみた。パッと思い付くのは一つくらいしかないけど、それで合ってるとも思わないし、でもそれしか浮かばなくて…


「…形?」


「正解!」


「そーなの!?」


とりあえず言ってみたのがまさかの正解だった。そんなシンプルな差別化でお菓子って作られてるんだ。


「あとは原料も違うんだけどね」


「あ、やっぱりそうなの?形だけってことはないんだね」


「でも貝殻型はマドレーヌだからね!」


「へぇー、貝殻にしたらみんなマドレーヌなんだ~」


「まぁざっくり言えば!」


お決まりのようにあの形を見たらマドレーヌだって思うように物心ついた頃から沁みついてる気はするけど、フィナンシェとの違いは?って聞かれて形とは思わなかったなぁ。

お菓子好きのそらぴょんはそんなことも考えてるのか…私なんて基本食べる専門で原料とか材料とか気にしたことないかも。


「ねぇねぇ!今日暇!?」


この話の展開の脈絡のなさにはまだ対応できないのがちょっとあれだけど。


「暇、だけど…」


「お菓子見に行かない?」


前のめりにそらぴょんが目を輝かせる。大きく目を開いてそらぴょんにロックオンされてるみたい。


マドレーヌの話をしたから食べたくなっちゃった?


「偵察しようよ!」


「偵察!?何の!?」


でもやっぱり脈絡はなかった。それと同時そらぴょんが最後の一口のチョコデニッシュを口の中に放り込んだ。


「ごちそーさまでした!じゃあまた帰りね!」


「えっ、ちょっと!」


脈絡もなければ説明もなく、嵐のように去って行く…


あんな陽気な頭してるのに!てゆーか私行くって言ってないのに!こっちのことなんてお構いなしすぎるでしょ!!


1人残されて時間の余ったお昼休み、咲希も光介くんのとこから戻って来ないし…

トイレにでも行こうかな。


ん-っと背を伸ばし、お腹いっぱいで眠くなりそうな体を起こして教室を出た。


5限目までまだ時間あるし、なんか飲み物でも買いに下の自販まで行こうかな~ 

ちょっと喉乾いたからって1階まで行かなきゃいけないのはちとめんどうなんだけど、そこにしか自販機がないからしょうがない。


だけどね、そのめんどくさをかいくぐるとたまーにいいことがあったりする。


「あ…」


やば、ボソッと声が出ちゃった。これは嬉しくて思わず出ちゃった。


同じように自販機に飲み物を買いに来てたオージ先輩がいたから。


ここからだと何買ったかわからないなぁ、何飲むのかな…


自販機から飲み物を取り出したオージ先輩がこっちに向かってくる。

友達と楽しそうに話しながら、私の方に。


「…っ」


すれ違うだけで何もないんだけど。


ただ隣をすーっとすれ違うだけ、それだけ。



この一瞬が私にとってはすごく大切な一瞬なの。


胸が熱くなって、ドキドキして、好きって思って。


たったこれだけのことなのに胸がいっぱいになる。



でもね…



振り返ってオージ先輩の背中を見つめた。


これじゃダメなこともわかってるんだけどなぁ。

なんにもできない、こんな私じゃダメなことわかってる。

何も進めないこと、わかってる。


「…バカみたいなことしてるなとは思ってるんだけど」


それでも一歩踏み出す勇気はなかなか出ないんだ。遠くなっていくオージ先輩の姿を見て、タメ息しか出ないなんて。


だから、思ってるんだ。

その一歩を踏み出したくて信じちゃってるんだよね、小鳩が作るあの…



「魔法のチョコレート手に入れたんだけど!」


「!?」



どこからか聞こえた声に思わず反応してしまった。キョロキョロと辺りを見回して聞こえた先を探した。


え、何!?今なんて言った!?


「えー、嘘!?本物!?あの例のやつ?」


「そう!小鳩結都が作ったチョコレート!」


えーーーーーーーっ!!!

リアルに作ってもらえた人いるのーーー!?


叫びそうになる口を押えて、耳をダンボにして聞き入った。自販機からちょっと離れたベンチでキャッキャ話してる女の子たち、上履きの色を見る限り先輩みたい。


「手に入れた人初めて見たよ!」


「私も手に入ると思ってなかったよ!」


私も初めて見たし、羨ましすぎる…!

だってあの小鳩だよ!?作ってくれたなんてどんなトリック使ったの!?


「これで…告白がんばれる」


……。


「今日告おうと思うんだ」


叫びたかった気持ちがすーっと体の中へ来ていった、その声を聞いたら。


…みんな一緒かもしれないな。


あと少し勇気が足りないの。そのキッカケがもらえたら、がんばれる気がするんだよね。


「絶対上手くいくよ!だって魔法のチョコレートだもん!」


「うん、ありがとうっ」


そんな効果もあるんだよ、小鳩のチョコレートは。


みんなが勝手にそう思ってるだけだけど、みんな思いを乗せてるの。

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