僕は今日旅に出る
青いアサリ
第1話 旅の始まり
空は闇夜に包まれ、大きな三日月と数えきれないほどの星々が輝いている。風によって砂漠の砂は巻き上げられ、それが目に入らぬよう目深に被ったフードと灰色のローブに少しかかり、それは歩くたびに地面にサラサラと落ちていく。
夜も更け早く休む場所を見つけなければと考えていると砂以外何もないと思われた砂漠に奇跡的に岩場を見つける。人二人分ほど入れそうな空洞のある岩場を見つけ、腰に下げたランタンをカラカラと鳴らしながらその岩場に駆け寄る。
砂漠であるため、雨はめったに降らないだろうが万が一降った場合でもそれをしのげるような頭上を覆う形状をした岩は砂漠を旅するものたちに安寧を与えてくれるオアシスのようなものだっただろう。
場所をお借りしますと軽く頭を下げ、少し腰をかがめて入っていき、ようやく砂が舞わない場所に入れた安堵から息を漏らす。口に砂が入らないように巻いていたスカーフを下げ、フードを脱ぐと肩ほどまである黒い髪を後ろで結った少年の姿があらわになる。
「やっぱり夜の砂漠は冷えるな」
手をさすりながらそう言うと背負っていた荷物を降ろし、焚火の準備をする。布にくるまれた枝から数本を取り出し、空洞の真ん中に置くとそれに右手をかざす。するとボッと火が付き空洞の中が明るくなり、より一層安心感が湧いてくる。
少年は砂がかからないよう空洞の最も奥に置いたよれている茶色の鞄から一冊の本を取り出す。大きく『魔法史』と書かれたボロボロの分厚い本を手にするとその表紙の汚れを落とすように優しく撫でる。
本を開くと魔法がいつから存在しているのかという魔法そのものの歴史やかつての魔導師たちがどのように魔法の研究に励んできたのかが記されていた。少年は一枚一枚丁寧にめくり、いつも必ず読むページにたどり着いた。魔導師「リューゲル」のページだ。
少年の持つ『魔法史』の本は長年読まれてきたのだなと感じるほど、ボロボロの様子だったがこのページは特に劣化が激しかった。飲み物をこぼしたのか、はたまた読んでいる最中に眠ってしまい、よだれが垂れてしまったのか染みが各所にみられる。
しかし、少年はそんな汚れは気にも留めず、文字を指でなぞりながらじっと読み進めていく。
――「魔導師リューゲル」
多くの民間魔法の開発、研究、普及に尽力し彼の出身であるクタルカ帝国領内のみならず、多くの国を旅し、各地でさまざまな民間魔法の見聞を広め、訪れた土地で問題が起きれば、事の大小を問わず解決に奔走した。
しかし、一つの土地に長居するということはなく、ある日忽然と土地を離れることがほとんどであったという。その功績、そして魔大戦での戦果を認められ「大魔導師」の称号を賜るが、彼は「大魔導師」と呼ばれることを生涯嫌っていたとされている。
そのため彼の死後、人々は愛をこめて彼を「友愛の魔導師」と呼ぶようになった。
少年は魔導師リューゲルについて書かれている部分を読み終わると本をそっと閉じ、その表紙を眺める。
その姿は焚火に照らされ、空洞の壁に影が映っている。その影は焚火の揺らめきとともにゆらゆらと映し出され、その姿はまるで少年の決意を表しているようだった。
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