キラキラじゃない令嬢は、寵愛されて王妃になる
ペンのひと.
キラキラじゃない令嬢は、寵愛されて王妃になる
崩御された女王陛下のはからいで、遺産の一部は王統血族である各公爵家のご令嬢たちへあたえられることとなった。
その遺品の目玉は、きらびやかな純金のアクセサリー。
貴賓室のテーブルに並ぶゴールドジュエリーの数々へいま、公爵令嬢たちがわれ先にと手をのばし歓声をあげる。
年経た男にすぎぬ宰相の私がその光景に圧倒され嘆息する間に、机上のものはあらかたなくなってしまった。
わずかな金装飾の他に残るものといえば、古びてくすんだ黒銅のブローチのみ。
サビの浮いたその花形のブローチはすっかり金属の腐食が進んでおり、かなり古いものであるということ以外に女の目にとまる何らの要素もない。公爵令嬢たちの瞳には、輝きのない粗悪品としか映らぬものだろう。
いずれにせよ、そろそろ場を切りあげる頃合いか。
公爵令嬢たちへ女王の遺品がもれなく行き渡ったのを確認すべく辺りを見回した私は、にぎわいの奥で所在なげにたたずむ一人の娘に気付き、小さく声をかけた。
「おや、アーメリア嬢。まだ御品をお受け取りでないようで?」
「……はい、宰相閣下。申し訳ありません、でも、わたしにはとても畏れ多いことで……」
腫れぼったいまぶたで睫毛を伏せそう答えるその地味な娘は、マルス公爵家のひとり娘、アーメリア嬢。
私は宰相という立場上、ほんの幼少期から現在に至るまでの彼女を見知っているのだが、いやはやそれにしても――。
気の毒なくらい華のない娘である。
奔放な継母の着古しでもお仕着せられたに違いないドレスも、ただ教本をバカ正直になぞっただけの化粧も、およそその身になじんではおらず。
公爵令嬢が聞いてあきれる。
引っ込み思案な生真面目さだけが取り柄の、面白みのない娘。
それが彼女に向けられる大勢の評価であり、事実その通りと言うほかはない。
その臆病なほどの控えめさ、不器用なまでの実直さが演技などでないことは、これまでの歳月がすでに証明している。
瞳と同じ暗色のまとめ髪から、細い後れ毛が震える様さえ痛々しい。
おそらく彼女は、生まれてくる身分を間違えたのだ。
堂々と華美を競い合う公爵令嬢たちの中にあっては、さぞ居心地が悪かろう。
「しかし、せっかくですからアーメリア嬢。何かお一つだけでもお持ちになりませんかな?」
「はい、宰相閣下……――歯切れの悪い不敬をお許しください。……それでは、あの……、キラキラじゃないほうでお願いします」
絞りだすようなアーメリア嬢の返答とカーテシーにうなずくと、私は古びてくすんだ黒銅のブローチを彼女の震える手にすべり込ませたのだった。
それから貴賓室全体にあらためて宣言する。
「では皆様、本日の儀はひとまず終いといたしましょう。貴女がたに遺品を引き継がれ、亡き女王陛下もさぞお喜びのはず。嫡男であるエドワルド王太子殿下の新国王戴冠式は、ひと月の喪に服した後、この城の謁見の間で執り行われます。今日それぞれがお取りになった品を身につけて、ぜひご登城賜りますよう」
♢
出来事というのは、起こるときには立て続けに起こるものだ。
喪に服すこのひと月の間に、隣国で突如発生した原因不明の悪しき空気「
瘴気にもいろいろあるが、今回のものは金を腐食させる性質があり、かつ腐食した金は厄介な伝染病を媒介しはじめた。
金装飾を身につける高貴なご夫人ご令嬢方が、あいついで高熱の流行り病に倒れる。
亡き女王陛下の遺品としてゴールドジュエリーを獲りあった公爵令嬢たちも、あるいはまた金装飾に目がないと噂のマルス公爵夫人なども、例外なく次々と床に臥せってしまった。
結果として、数ある公爵家からエドワルド新国王陛下即位の祝典に登城しえた娘は、ただひとり。
あの古びてくすんだ黒銅のブローチを質素な胸もとに付けた、アーメリア嬢のみであった。
♢
祝典がとどこおりなく終了すると、エドワルド新国王陛下は臣下たちを労いの言葉とともにさがらせ、アーメリア嬢だけに謁見の間へ残るようお命じになった。
そしてその地味な娘をして、こう讃えられたのである。
「
事態を把握できず、キョトンと固まったままのアーメリア嬢。
その様子にエドワルド新国王陛下はクスリとお笑いになり、金髪碧眼の相好を崩された。
それから、まだ年若の青年らしいまっすぐなまなざしでこう続ける。
「ふう、格式ばったもの言いは疲れるな。君と会うのはおたがい四才の時……あの園遊会でのおままごと以来か。あのさ、僕と結婚してくれないか、アーメリア嬢。何しろ母君からも――亡き女王陛下からも、今日ここへ来る君へこんな手紙を預かっているんだよ」
そして新国王陛下は読みあげられる。
亡き女王が、その地味な娘に遺された御言葉を。
『親愛なるアーメリア嬢。引っ込み思案な、可愛い生真面目さん。あなたのその臆病なほどの控えめさ、不器用なまでの実直さがけして演技などでないことを、私は昔から知っております。これでも女王だもの、人を見る目はある方よ。おままごとでエドの面倒を一生懸命見てくれていたあなたのこと、はっきり思い出せるわ。そして天からお迎えの来る日が近付いているいま、私には見えるの。試験を乗り越えてあのブローチを選び、愛する息子のもとへ嫁いでくれるあなたの姿が。だから、ありがとう。そして心から――おめでとう、素敵な花嫁アーメリア』
陛下の最後の御言葉を聞き終わる頃にはもう、アーメリア嬢は腫れぼったいまぶたで睫毛を伏せ立ちつくしたまま、涙を流しはじめていた。
「……女王陛下が、……わたし、なんかを……。なぜ……なぜ……――」
不器用に震えるその華奢な肩を、むろん、エドワルド新国王陛下はあたたかくお抱き支えになった。
♢
さて、そうして新国王の妃となられたアーメリア様だが、めったなことではこの宰相めをこき使ってはくださらない。
目下のところ、新王妃殿下から頂いた御申しつけはただひとつ。
先の瘴気で病に見舞われた他のご令嬢やご夫人たちを余さず手厚く介抱すること。
王妃となった自分なぞより、彼女たちこそ国が誇るべき華なのだと王妃殿下はお考えのようだ。
何しろこうおっしゃるのだ。
「私はただ、キラキラじゃないほうの女だっただけなのですから」、と。
宰相の私としては、まったくご謙遜が過ぎると嘆きたいところ。
当国のアーメリア王妃殿下の慎ましくも可憐なお美しさは、私の何よりの自慢なのだ。
キラキラじゃない令嬢は、寵愛されて王妃になる ペンのひと. @masarisuguru
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