第二十二話

 竜宮に戻って一か月。竜域に戻ってきたハルはアルヴィアを羽ではたいていた。


「もう、ハル! 謝ったでしょう。いい加減許してくれてもよいのではなくって?」


 その言葉にハルは表情を消したまま枕を寝台に何度か叩きつけた。清潔な寝具は埃一つ立たず、ばふばふと音を出すだけだ。

 竜宮に帰還してからアルヴィアはすぐさま療養に入った。実際の時間はそう経っていなかったようだが、真珠の洞の中は竜気の影響か時の早さもおかしくなっていたことが後の調査で判明した。食事を届けるために幾度か出入りした亜人の青年も体調を崩し兵舎で未だに寝たきりである。


「まあ謝って済むことではないので素直にはたかれていてくださいまし」


 ズノの実を己の口に運びながらタウメは主人を見捨てた。


「まあまあ。姫はまだ十四ですよ? 失敗も時には成長の糧。それでよいではないですか」


 助け舟を出そうとしたシラハナをタウメが眦決して胸ぐらをつかみ上げた。


「そもそも真珠の洞を何故塞いでおらぬのですか! あんな場所、火口や域境の大渓谷となんら変わりありませぬからね!?」


「あ、あの人との思い出の場所でして……」


「教育に悪い!」


 竜王の姉にあたるシラハナを臆面もなく揺さぶり続けるあたり、タウメもどこかおかしい亜人だった。


「タ、タウメも落ち着いて。私も心残りができましたので二度とこんな真似はしませんから」


 アルヴィアの言葉に皆の視線が自然と一転に集まる。言外に促されたアルヴィアは観念して語りだした。


「……その、思えば陛下と一度もく、口付けもせずに死ぬのは余りにも早まりすぎたかな、と」


 口ごもったことで余計に羞恥の限界を迎えたアルヴィアは掛布を被った。室内の空気が生ぬるいもので満たされる。


「アルヴィア。君に似合う花があったから摘んできた……どうした? お前たち」


 主君に向けるものとは思えない目を向けられた竜王は若干狼狽えながら、室内の花瓶に花を活けた。

 竜王の後ろに控えていたミズチは何らかの術で室内の会話を聞いていたのか、右手で眉間を揉む動作を取った。


「……陛下、授業をしましょう。多少は役に立てるかもしれません」


「お前までどうした」


 掛布にくるまっていたアルヴィアはゆっくりと顔を出し、このなんでもない幸福をかみしめた。

 あの洞であのまま死んでいれば感じることは無かった幸福。

 この先の未来、どのような道が敷かれるのかアルヴィアには分からない。それでも隣に竜王と彼らがいるのならどのような悪路でも笑っていられる。その確信のもとアルヴィアは心から笑った。

 星の終わりはまだ遠い。アルヴィアの旅路はやっとはじまった。

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竜王陛下の血迷いごと 蒔田直 @MakitaNao

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