2.違和

 濡れた靴下を変えたはずなのに不快感は依然として残っていた。食事中も風呂に浸かっている間も、モヤモヤは消えなかった。不快感は靴下で水たまりを踏んだ時のようにじわじわと広がっていき、ついには心の大部分を支配していた。さっさと寝ようと思ってもなかなか寝付けなず、俺はもう一度友達に会いに行くことにした。テレビを見ていたお母さんに「どこにいくの?」と聞かれたが「散歩」とだけ言って家を出た。


 夜の海はとても寒かった。月は厚い雲の裏に隠れ、声を発しても闇に溶けて無くなってしまうのではないかと思うほど暗かった。波の音はホワイトノイズのようなもので、それを除けば完全な静寂であった。波は深く息をしているように寄せては返すを繰り返している。冷たい夜風は頬を刺した後に海をめがけて走っていく。友達はもう寝ているかもしれないと思い、とりあえず「やあ」と声をかけてみる。彼は俺が来るのを待っていたかのように話し始めた。


「君は幽霊って信じる?」

「なんで急にそんなこと」

「まあいいから。いるかいないか、どっちだと思う?」

「いない、かな。信じたくもないね」

「君って案外ビビりだよね」


友達はいつも余計な一言が多い。いつもは気にならない彼の一言だが、なんだか今日はむすっとしてしまう。


「僕はいない派だったけど、最近いる派になったんだ」

「へぇ」

「まあそのうち君もいる派になるだろうね」

「そうかい」

「もしかして怒ってる?」

「そんなことない」


俺は嘘をついた。本当は少し不機嫌だった。夜の闇は俺の嘘も隠してくれるだろうと思ったが、友達の前では通用しなかった。


「ふーん。まあなんとなく気づいてたよ。幽霊はいるかいないか、の問いに『信じたくもない』って答えたのは、たぶん君の中の仮説が立証されたくないからだろうね」


痛いところを突くなあ、と思った。友達は昔から頭がよかった。よく二人で高校をさぼっていたのに、彼だけはいつも上位の成績だった。そういえば中学生の頃、俺の体操着が無くなったことがあった。その時、彼が探偵みたいに体操着の在処を言い当てて、二人で盛り上がったことがあったの思い出した。


「君が考えてるその仮説は当たってると思うよ。そして近いうちにそれが正解かどうかがわかると思う」

俺は「そっか」としか言えなかった。


夜の冷気は俺の体を芯まで冷やし、指先の感覚はもうなくなっていた。体の震えは寒さからなのか、心の奥から湧き出る感情を抑えているからなのかわからなかった。先ほどまで気にならなかった波の音はいやに大きく聞こえた。


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