海になった友達
小紕 遥
1.再開
どうやら友達が海になったらしい。
ある冬の夕方、俺は見えない何かに惹かれて砂浜に立ち尽くしていた。すると「やあ久しぶり」と海のほうから聞きなじみのある声が聞こえてきた。口調や声色が友達と全く同じであったが、周りを見回しても砂浜にいるのは自分だけであった。呆然としているとすぐにまた同じような声が聞こえてきた。
「僕、海になったよ。羨ましいだろう」
人間が海になるなんてありえないと思ったが、友達ならありえそうだとも思った。彼にはそう思わせる不思議な説得力があったし、彼が海であったほうが納得できるような気がした。少し驚いたが、とりあえず今までのことを彼に伝えようと思った。
「みんなお前のこと心配してずっと探してたんだぞ。警察だって動いたんだからな」
「そんなことないさ。表面上は心配していても、みんな心の奥底でこの結果を望んでいたんだ」
いかにも友達らしい。空はもう日が落ちようとしていて、雲は茜色に染まっていた。波打つ友達の表面は夕日に照らされ、煌びやかに輝いている。
「あまり遅くなると君までいなくなったと思われてしまうよ」と軽く冗談交じりに言う友達。
「そうだな」と惰性で返す。
「もう見つからないと思ってたけど、海になってるなんてな」
「まあね。ところで、どうして僕がここにいるってわかったの?」
「なんとなく」
「そっか」
そんなことを話していると海から大きな波が寄せてきて、俺の足は冷えた波に包み込まれてしまった。俺が「冷たっ」と驚いているのを見て、友達は「あはは」と快活に笑っている。行方不明になっていたというのになんて愉快なやつだ。靴だけでなく靴下までぐっしょり濡れてしまった。
「そんな近いところで突っ立ってるからだよ」
正論で何も言い返せないことに少し腹が立つ。僕のむっとした反応を見て友達はすかさず言葉を続けた。
「まあいいじゃないか。僕が忘れ去られるのと同じように、どうせすぐに乾くんだ」
彼なりの慰めなのだろう。寛大な海になったとしてもやはり彼の卑屈は治らないようだ。太陽は友達の陰に沈んでいき、空は夜に覆われようとしていた。太陽が沈みきるまでの間、俺は友達と沈黙を共有した。そういえば友達がいなくなる前、よく彼の家で会話も何もせず、こうやってただ時間を潰していたことを思い出した。しばらく続いた懐かしい静寂は友達の声によって破かれた。
「そうだ、今日のことは誰にも言わないほうがいいよ。僕がいなくなったせいで頭がおかしくなったと思われるのがオチだからね」
「それもそうか」
そう言うと俺は踵を返し、濡れた靴で不快感を踏みしめながら家に帰った。不快感の原因は濡れた靴下以外にもあるような気がした。
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