第43話 偽黒龍と複製体
足を取られそうになる程の地響き。
建物自体が崩壊してもおかしくないほどの揺れが俺たちを襲った。床や天井に深い亀裂が入っていく。
「きゃぁ!」
リリーが体勢を崩し、アイザックが支えた。
……仕方……ないか!
迷っている暇はない。
このままでは崩落し、瓦礫の下敷きになってしまう。
俺は魔力を無駄にする覚悟で起句を唱えようとした。
だがその瞬間、前方の床が裂けた。亀裂から漆黒の巨体が現れ、天井をぶち破りながら天高くへと舞い上がる。
揺れは収まっていた。
【終末の獣】超越種、
俺の脳裏にかつて見た終末の王の名前が過る。だがすぐにわかった。コイツは
あの全てを押し潰さんばかりの重圧が感じられない。
直接相対した俺だからこそわかる。コイツはガワを模しているだけの
よく見ると似ているのはシルエットだけだ。その姿は酷く悍ましい。
極め付けは頭部だ。
細長い首の先に人間の顔が張り付いている。
まるでお面をかぶっているような違和感のある姿だ。
しかしその顔には見覚えがある。
「ひれ伏せ人類!!! 我は超越種となったのだ! ふはははは!!!」
人間の口から出た耳障りな高笑いが響く。
「おいおいおいヨゾラ! これも想定内か!?」
アイザックの言葉に首を振る。
こんな事態、想定内であるはずがない。
「……遂に人間であることを捨てたか。アドスト」
「捨てたのではない。これは進化だ!」
「進化? そんな見苦しいものが進化か?」
「ふはははは!!! 嫉妬とは見苦しいぞ隷属兵!!!」
アドストが龍の口で雄叫びを上げた。
もはや聞く耳持たず。自分に都合の良い方に解釈している。
……いや、それは前からか。
異形の姿に身をやつした影響かとも思ったがアドストは元からそう言う人間だ。
本気で自分を中心に世界が回っていると思っている。
自己中心的な老害。俺にはそんなアドストの姿が滑稽に映った。
「言葉も出ないか! 隷属兵!」
「……俺はもう隷属兵じゃない。ヴァルハラのヨゾラだ」
俺は
「一つだけ答えろアドスト=エリュシオン。俺の仲間達はどうなった?」
俺の質問にアドストは人間の口を悍ましく歪めた。
「ふはははは! 貴様が言っているのは二年前の叛逆か!? アレはよかった! 実に良い娯楽となった!」
しかしアドストはそこで言葉を区切ると、嫌なことでも思い出したと言わんばかりに一転して眉を顰めた。
「だがな。許せんことがあるのだ」
「許せんこと?」
「そうだ! ヤツらは隷属兵の分際で我らの首に刃を突き立てたのだ。それだけは断じて許せん!!!」
「……そうか」
俺は小さく呟いた。
実際のところ、アドストの言葉の真偽はわからない。だがアドストの怒りは真実だ。ならば
結果は失敗だったのかもしれない。だけど決して無駄死にではない。
ならばここからはかつて
俺はアドストを殺意を込めて睨みつける。
「あとは俺に任せてくれ。――
俺は起句を唱えた。
手加減は一切なしだ。一撃で殺す。
……厄介なのはこの巨体だな。
鱗の強度にもよるが、これだけの巨大を潰すには時間が掛かる。時間が掛かればそれ相応の魔力を消費する。
既に魔力残量は心許ない。それに、たとえ
だから俺は押し潰すのではなく、斬る事にした。
俺は
すると一瞬にして全身を覆う漆黒の鱗に線が入った。
「ガァッ!」
アドストの顔が真っ二つに裂け、ズレていく。
やがて漆黒の巨体までもが縦に裂かれ、ドス黒い血が噴出した。
轟音を立ててアドストは地に沈む。屍となった肉体から滴る黒き血が床に血溜まりを作った。
「お前の敗因は俺に姿を見せたことだ」
先ほど殺した六人同様に圧縮して存在そのものを消し去りたかった。だが理性を働かせてなんとか思いとどまる。
たとえ死体になろうとも、肉体の強度は変わらない。時間が掛かる以上、それは魔力の無駄遣いだ。
俺は
だがその瞬間、背後から銃声が響いた。
俺は音の反響から即座に発射地点を計算。
角度をつけて発射される
「まあ
視線の先には俺と瓜二つの
「ヨゾラ……」
「あれは俺じゃない。躊躇なく殺して良い」
「気分の悪くなる、最低なやり方ですね……」
「そうだな。だけどそれが
螢火隊の三人が眉を顰めた。
俺は
そして流れるように引き金を引いた。自分を殺すことに躊躇はない。
あの
静かに銃声が響き、
だが相手は
こんな直線的な射撃、当たるはずがない。
銃口から射線を計算し、首を逸らすことで最小限の動きで銃弾を回避する。
すると続けざまに二度銃声が鳴った。
俺も
「おいヨゾラ。お前それ狙ってやってんのか?」
「当然だろ」
「「えーーー……」」
アイザックとリリーの声が揃った。
「
「……んな無茶な」
「ホントだよぉ〜」
とはいえ、かなり面倒だ。
射撃の腕はほとんど同じだと考えて良いだろう。となると俺の
……
しかしなぜ、命令を出している
……いや待て!
俺は大きな勘違いをしていることに気付いた。
「
俺は
「――
その瞬間、重なるようにして二度銃声が響き渡った。
発砲音の出所は左右に二箇所。俺の
「チッ!
舌打ちをしつつ、俺は二度引き金を引く。
そして俺に迫っていた二つの銃弾を正確に弾いた。だがその時には
「グォォォオオオ!!!!!」
低く、憎悪に満ちた咆哮が轟いた。
「よくもやってくれたな隷属兵!!! 許さんぞぉぉぉおおおおお!!!」
首の先に張り付いた人の顔が憤怒の形相を浮かべている。まるで正気とは思えないほどに目が血走っていた。
……厄介な。
まさか再生能力まで持っているとは思わなかった。
それも真っ二つからの再生だ。能力が高いなんてレベルではない。
おそらく
俺は再び右腕を
「邪魔だ!」
放たれた銃弾を撃ち砕くのと、氷が割れる音が響いたのはほぼ同時だった。
……最悪だ。
後方には三人の
まだ戦いは終わっていない。
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