第42話 複製体
「……ッ!」
扉を開けると、部屋の中央で佇むでっぷりと太った人影が見えた。
「――
起句を唱え、人影のいる場所の重力を強める。
手加減は一切しない。一気に押し潰す。
なにせエリュシオンという
太っているのならばそれは最後の一人、アドスト=エリュシオンで間違いない。
一瞬で床がひび割れ、陥没する。
しかしそこで予想外の出来事が起きた。
……なんだ!?
アドストは膝を突くこともなく、微動だにしない。
超重力に晒された状況でただ佇んだままだ。
何かがおかしい。
そう思った時、アドストの姿にノイズが走り、掻き消えた。
「……チッ」
つい舌打ちが
あれは
俺はすぐに
魔力を無駄遣いさせられた。
……残りは三割って所か。
言わずもがな、右腕の魔力残量だ。
手の甲に仕込んだ碑石の欠片で都度補充しているが、回復量は微々たるもの。少しずつしか回復出来ていない。
ここから先、使い所は慎重に見極める必要がある。
「……警戒しつつ、中に入る」
隠し通路は奥にあるもう一つの部屋にある。
アドストが逃げていることはほぼ確定だ。急いで追わなければならない。
「わかりました」
「了解」
「はぁ〜い」
三人が返事を聞き、俺は慎重に足を進める。
部屋は広い。
しかし同時に趣味の悪い空間でもあった。調度品の数々が軒並み黄金に輝いている。
こんな部屋で年中暮らしているなんて到底信じられない。俺ならすぐに気が滅入るだろう。
醜悪な空間に眉を顰めながらも俺たちは
するとその時、奥の部屋から足音がした。
咄嗟に足を止め、
……なんだ?
足音は軽い。おそらくアドストではない。
そんな予想をしていると視線の先で扉がゆっくりと開いていく。
そこから姿を現した人物を見て、俺は己が目を疑った。
「
そこに立っていたのはかつて同じ部隊に所属し、一年という長き日々を共に戦った同志、
「なん……で……」
口から掠れた声が漏れる。
俺は
あの状況で生きているはずがない。
しかし同時に、俺が
頭が混乱する。思考がまとまらない。
現実と記憶が錯綜する。
「……ヨゾラ。撃つか?」
アイザックが神妙な声音で小さく呟いた。
俺が指示すれば、即座に撃ち抜くだろう。
俺の中の冷静な部分が、今すぐに撃ち殺せと警鐘を鳴らしている。
しかし俺はその判断を下せない。
「……少しだけ待ってくれ。確認した――」
「――感動の再会かな?」
俺の言葉を遮るようにして部屋中に言葉が響いた。
忘れもしない。この声は――。
「――アドスト=エリュシオン……!」
「そう叫ばなくても聞こえている」
すぐにでも殺したいが、なんとか踏みとどまる。
「久しいな。貴様はよく覚えているぞK5895」
「……なにしてる
俺はアドストを無視して叫んだ。
しかし
……まさか。
俺は
さっきも見たばかりだ。
この何も映していない瞳。まるで正気を感じられない瞳。これではまるで正規兵だ。
「ふはははは! よく出来ているだろう?」
悍ましい高笑いが響く。
アドストが醜悪な笑みを浮かべながら
「Zシリーズは優秀だからね。あぁキミのほうがよくわかっているか!」
「……
「なにをした、か。何もしていないというべきかな! キミが言うZ1465とやらにはなぁ!!!」
「……クローンか」
俺は歯を食いしばりながらもなんとかそう口にした。
それはエリュシオンがかつて進めていた計画だ。
名前の通り、人間を
生命を冒涜した計画だが、理には叶っている計画だ。
……あの正規兵の数はそういうことか。
「その通り! 正解だよK5895!」
「だが
かつて俺がハッキングして得た情報では、計画は失敗に終わっている。魂の欠如が原因で命令を聞かずにただ暴走する肉塊が出来上がったと記録にあった。
故に計画は凍結されたはずなのだ。
「キミがいた時は動いていなかった計画だな。だがもうあれから五年も経っているんだ。いろいろと変わっていて当然だろう?」
「……五……年?」
俺は掠れた声でアドストの言葉を反芻した。
即座に荒唐無稽だと斬り捨てた可能性だ。
なにせ水晶の中で何年もの間、生命活動を維持し続ける。そんなことは不可能だ。
……それに確かめる術もなかった。
時間と言うのは観測者が居て初めて動き出す。
俺の時間はあの日、奈落の底に堕ちた瞬間から止まっていた。それを再び動かしたのはホタルだ。
だが、思えばヒントはあった。
隷属兵たちが動いたのもそうだ。俺の体感時間ではたった数日だが、五年も経っているのならば俺の計画を継いだ者が居てもおかしくない。
ニフレインが俺の顔を覚えていなかったのもそう考えれば頷ける。
「五年……。西海岸地区で
ホタルが呟いた言葉にハッとした。
失念していた。たしかに俺の時間の観測者はホタルが来るまでいなかった。だが外的要因を利用して測ることは可能だ。
俺が遭遇した
その身には膨大な量の魔力を秘めている。そんな存在が顕現したのならばヴァルハラで観測出来ていてもおかしくない。
完全に失念していた。
アドストの言葉は信じられないが、ホタルの言葉は信じられる。どうやら俺は本当に水晶の中で五年も閉じ込めてられていたらしい。
となるともう俺の知っている隷属兵は誰一人残っていないだろう。
たとえ叛逆の過程で殺されなかったとしても隷属兵の寿命は短い。俺は俺以外に五年もの時を生きたい隷属兵を知らない。
……くそ。
内心で悪態を吐くが現実は変わらない。
俺は一度大きく息を吐いて思考を切り替える。
今は一刻も早く、アドストを殺す。それが弔いだ。
俺は静かに
銃口から射出された
直後、真っ赤な華が咲いた。
アドストの
俺の行動にアドストが悍ましい笑みを浮かべた。
「ふはははは! かつての友を撃つとはなぁ!」
「黙れ。ソイツは
いかに姿形が似ていようと中身は
それが俺の結論だ。
「待っていろ。アドスト=エリュシオン。隠し通路は全て把握済みだ。今にお前の首を取ってやる」
「ふはは! それは滑稽だな! 隠し通路だぁ? そんなものは必要ない! 貴様らが此処へ来た時から我はずっとこの場にいるぞ!」
俺は目を細めた。
……ブラフか?
隠し通路に進ませないためのブラフ。その可能性は大きい。だけど違和感が拭えない。
たとえブラフだとしても俺たちは黙って進めば良いだけだ。こんなことを敢えて言うメリットがない。
「ふはははは! 我が同胞の六人を殺すことの出来た褒美だ! 見せてやろう! これが我の手にした力だ!!!」
アドストが高笑いした瞬間、大きな地響きが響いた。
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