第26話

 帰って熱め、44度でお風呂の湯を溜める間にアロエのトゲを数えた。やがて風呂が溜まると浸かった。上がって、目薬を入れ、身体が乾き、ふとんに寝た。……実を言うと帰り道にソウナの家の前にソウナがいて一人空を見上げていた。ときたま笑っているように見えた。何してるんだと思ったし、確かソウナに何か言うことがあった気がしたが、ちょっと今日は色々なことがあり過ぎて、ソウナのことはどうでもいい感じがして気付かないふりをした。まあ、ソウナのことは別日になんやかんや考えよう、今日はそれどころじゃなくて……と思いながら、その他のことについてもほとんど何も考えず、すぐに眠ってしまっていた。

 次の日は学校を休んだ。休む、という言い方は、本来行く筈のものを行かないということだ。僕自身まだ完全に学校を辞めた、と決心し切ったわけではないということである。

 実は、別に行ってもいいかな、と思っていた。昨日ウニヅに突き飛ばされて、混乱を求めて僕はウニヅに対して、そしてウニヅ以外の生徒らに対して子どもじみた非難を叫んだ。その非難は的が外れている気がしたし、自分のことは棚に上げた非難で、そのことを恥ずかしいと感じて昨日、「もう学校へは行けない、とても行けない」、と僕は感じたのだった。しかし、クラスメイトが死んだという状況の中で、ある程度錯乱するのは仕方のないことだと思うし、僕は、僕としては、あの時、混乱を求めてああいう言動を取ったのではあるが、僕が混乱を求めてああいう言動を取ったのか、それとも、現に混乱してああいう言動を取ったのかということは他人には分からない筈で、普通に考えたら、混乱を求めてではなく現に混乱して、ああいうことを言ったとみんな思っている筈だ。そうであれば、許容範囲である気がする。(混乱? してもおかしくはないでしょう。それはとても人間らしいことでしょう)そして今思うに、実は本当に僕は混乱していたんじゃないかとも思う。

 更に、子どもじみた言動、という点についても、これは現に僕は子どもであるのだから、これもまた許容範囲なのではないだろうか。子どもが子どもであることを理由に何かについて多めに見てよという主張すること自体が子どもじみているが、それもまた、現に子どもなのであるから通る。

 なので、行って行けなくはないないかな、という感じを僕は持っていた。

 が、昨日眠りに着いたのが夕方で、目が覚めたのが、夜中であった。夜中に目を覚ました僕は、しばらくふとんの中で色々なことについて考えていたが、やがて散歩に出かけ、帰って来るとまだ明け方前だった。またふとんに横になって少し眠ろうとしたが眠れず朝を迎えた。朝までぐだぐだ考えた結果、行って行けなくはないな、という心境に至っていたのではあるが、単に変な時間に目が覚めたという理由で身体がだるかった。だからイツイのことやうにづのこととは全く別に、単に身体的にめんどくさいなと感じて、今日はまあ、とりあえず「休むかー」と決めたのだった。

 次の日も僕は学校を休んだ。前日もまた夕方に眠くなって来て、眠り、起きたら夜中だったからである。

 その次の日も全く同じ過程で休んだ。

 学校を休んでいる間、めぼしい出来事は何もなく、もの凄く暇で、アロエのトゲを数えたり、誰か来ないかなーと思ったり、町に行きたいなーと思ったりしていた。強いて言えば、ソウナが家の前でまた空を見上げているのを見かけたが、特に話しかけたりはしなかった。

 それから、トイウが挑戦しに来たが、これも全くいつも通りに助走して、いつも通りに落水しただけだった。

 その次の二日間はもともと学校は休みで、当然僕も休んだのだが、この二日間で何となく夜に寝て朝起きるというリズムを取り戻せたので、次の日には登校をした。

 一時間目の終わりの休み時間にウニヅが僕の席に来て、ごめんねと言った。何か答えようと思ったがすぐに次の授業の先生が教室に入って来たので、何も答えられなかった。

 それで二時間目の終わりの休み時間に僕はウニヅの席に行き、僕の方こそごめんね、と言った。仲直りではない。もともと直るような仲がなかったのだ。それでも少なくとも敵対状態ではなくなったので、良かった。ウニヅが何を謝ったのか分からないし、僕の方も主に何を謝ったのか分からないのだが、子どもの謝りなんてだいたいそんなものだ。右手の捻挫はすっかり治っていた。

その次の日も登校し、次の日も次の日も……と、結局一週間、僕は普通に学校へ行った。特に困ることや嬉しいことその他何も起きはせず、あの幽霊が現れることはなかったし、イツイも現れなかった。

 イツイも現れなかった、とわざわざ言うべきだろうか。イツイが現れないのは当たり前のことだ。死人だ。まるで死人が現れる可能性があると僕が感じてでもいるみたいじゃないか。まあ感じているんだけど。

 少なくとも一人幽霊を見た。それは全く知らない人ではあったけれど、一人見たということは二人目や三人目を見られる可能性もウナギのぼりなのだ。だからいつかイツイにも会えるんじゃないかなあと僕は思っている。それから、あの見も知らぬ幽霊にもまた会いたいと実は感じている。何せ消え方が唐突過ぎた。

 だから僕は帰りの会が終わってみんなが教室を出て行ってからも、何度か一人教室に残ったりもした。あの幽霊か、もしくはイツイが現れないかと思ってのことだが、必ずしも現れなくてもいいとも思っていた。多分現れないのだろうとも思っていた。ただ、誰もいない教室に残って、もしかすると現れるかもしれないと思いながら、待つという作業は億劫ではなかった。

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