2 - 24
亜由美は胸騒ぎを覚える。
今まで感じたことのない“気配”が、さっきからずっと伝わってきている。周りを威圧するような、攻撃的な“気配”だ。
その発信源は、ここからそう遠くない。そして、ゆっくりと移動している。
亜由美は最初、自分を狙っているのではないかと考える。応戦することはできるが、その場合重要なのは、場所をどうするかだ。万が一にも、この“力”の存在を同級生に知られることがあってはならない。さすがに公衆の面前で戦闘になることはないだろうが、どう立ち回るか十分に注意が必要だ。
やがて“気配”の主は動きを止める。亜由美はそこに意識を集中する。この超能力者が何をしようとしているのかを探る。
そこにもう一つ、消え入りそうな微かな“気配”を探知する。
それは亜由美にとって慣れ親しんだものだった。
――サラの“気配”だ。
亜由美は脳天から爪先まで凍りつくような感覚に襲われる。
サラ……何で、どうしてそこにいるの?
一体、何があったの?
そこで……どんな目に遭わされてるの?
「神前さん、聞いてる?」
再び成田に声をかけられる。今回は全く聞いていなかった。
「ちょっと待って」佐山が亜由美の顔を覗き込む。「顔色悪いよ。大丈夫?」
「ごめん」亜由美は無理やり笑顔を作る。「ちょっと体調が良くないかも」
「そんなに飲んだ? 神前さんってお酒弱かったっけ?」
佐山は亜由美を気遣う。
「そんな飲んでないはずなんだけどな。……申し訳ないけど、先に休んでいい?」
「家まで送ろうか?」
「ありがと、でもそれは大丈夫。みんな今日はありがとう、本当にごめんね」
亜由美は残りの面子に挨拶をして、個室を出る。
彼らの視界から外れた瞬間から、亜由美は走り始める。
居酒屋を飛び出すと、その店が入っていた雑居ビルの階段を駆け上がる。屋上に出る扉の鍵を“力”でこじ開け、扉を蹴り飛ばす。
屋上の真ん中に立ち、もう一度“気配”の方向を確認する。
後悔と焦りが、胃と心臓をきりきりと締め上げる。
どうして、もっと早くサラの“気配”に気づいてあげられなかった?
何を呑気に酒なんか飲んでたんだ?
ちゃんと守ってあげられないくせに、なんで先生役なんか引き受けたんだ?
私は人間のクズだ。
そのクズにできる、せめてもの罪滅ぼしは、あの子を救い出すことしかない。
亜由美は自分の両頬を叩く。大きく深呼吸をすると、“気配”のする方に向かって跳躍する。
待ってろよ、サラ。今行くから。
サラは強大な超能力者を前に、必死の抵抗を試みる。
震える足を踏ん張り、オーソドックスで構える。もう〈念動力〉を使う体力は残っていない。〈身体強化〉なら、まだ少しだけ使える。それで反撃するしかない。
反撃してから先のことはわからない。疲労と焦燥で、思考はほとんど働いていなかった。どうやってこの場を離脱するかを考える余裕がなかった。
目の前の男が笑顔を見せる。両手を大きく広げ、踊るようにステップを踏みながらサラに近づいてくる。
サラは〈身体強化〉を発動させる。左足を軸にして、右足を振り上げる。それから今度は重心を右足に移し、自分の全ての体重と力を乗せて、男の脇腹に叩き込む。今の自分にできる、一番威力の出るミドルキックだ。
男を蹴ったインパクトの感覚にサラは愕然とする。
――全く手応えがない。〈強化〉していないときより劣るくらいだった。
私は……こんなに弱っていたのか。
キックの反動で、サラはバランスを崩しよろめく。男は表情ひとつ変えず、サラに近づく。
「なんだ、今のは?」男はそう言って笑い、一歩踏み込む。
サラは男の攻撃を予測し、反射的に両腕を上げる。
「ミドルはこう蹴るんだ」
次の瞬間サラの左脇腹に男の足がめり込み、胴体を変形させる。
「あぐっ……!」
内臓が体表を突き破って飛び出すかと思うような衝撃だった。
「か、はっ……」
サラは両腕で腹を抱え、身体をくの字に折る。蹴りのダメージで呼吸が止まり、息が吸えない。その場に崩れ落ちそうになるのを何とか堪えて、上目遣いに男を見る。
「それから、こう繋げるんだ」
男の左フックが見える。
鉛のように重い両腕を持ち上げてガードするが、男の拳はその上からサラのこめかみを打ち抜く。
サラの意識はプツリと切れる。
陸斗は目の前で崩れ落ちた女を見る。
身体を強ばらせているが、目的のある動きはない。目は半分ほど開いているが、その瞳には何も映していない。
意識は飛んでいるだろう。ただ、加減をして打ったので、死んだり大きな後遺症が残ることはないはずだ。こいつにはまだやることがある。死ぬのは早くともその後だ。
陸斗は女を眺めながら、これからどうするかを考える。
こいつ自身は今仲達を昏倒させた犯人じゃない。“気配”が違う。でも、犯人についてこいつが何か知っているという可能性はゼロじゃない。尋問をしてみる価値はある。
まずは、いつもの解体ヤードに連れて行って、意識が戻るのを待つ。それで、必要なことを聞き出してからは、道は二つに一つ――殺して遺灰をヤードにばら撒くか、奴隷にして死ぬまでこき使うかだ。
不意に陸斗は背筋に寒いものを感じる。
全く別の“気配”だ。
背後を振り返ると、ちょうど隣のビルから人影が飛び移ってくるところだった。
どういうことだ――陸斗は怪訝に思う。なぜ、今この瞬間まで気づかなかった?
現れたのは女だった。怨霊のような形相を浮かべてこちらを睨みつけている。
「おい」その女が口を開く。「その子、お前がやったんか」
陸斗は改めて目の前に立つ女の“気配”を観察する。これは、どこかで覚えがある。
――そうだ、あの5人を処刑したときだ。あいつらに微かに残っていた“痕跡”と同じだ。
ほう、そういうことか。陸斗は女を見据える。
俺たちが探していた超能力者は、こいつか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます