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夜の代々木公園で、亜由美はサラと会う。
「何かあったんだね」
現れたサラは開口一番に言った。真剣な眼差しで亜由美を見ている。
亜由美は頷く。
「うん、あった。歩きながら話す」
亜由美は超能力を使って、どこにいても病院の電子カルテを覗けるようにしていた。最初にハッキングしたとき、ソフトウェアに“バックドア”を設置しておいたのだ。ネットワークに接続できる環境にさえいれば、“分身”が身体を伸ばして院内のカルテシステムに侵入し、情報を掴み取り、亜由美の持つ端末――パソコンでもスマートフォンでも――に表示できる。亜由美自身の視界に投影するのは、まだ練習不足で難しいが。
なので、今仲涼太が死んだという事実は、翌朝には亜由美の知るところとなっていた。
すぐにサラにメッセージを送った。今日中に会って話したい、と。
そして今、二人は代々木公園を歩きながら話している。
「何があったの?」
サラは既に、重大な事件が起こったことを察しているようだった。
亜由美は周囲を見回してから、声をひそめてサラに告げる。
「今仲って覚えてる? 私たちが倒した超能力者。あいつが入院中の病院で殺された」
サラの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「誰がやったの?」
「わからない」
「どうやって?」
「自殺に見せかけて」
「……それが本当の自殺じゃない証拠は?」
「病棟を見に行った。今日の昼過ぎに。そしたら、超能力を使った“痕跡”がわずかに感じられた。犯人は病棟の中に入って、今仲に〈催眠〉か何かをかけて、自殺させたんだと思う」
「そんな……」サラは首を横に振る。「いくら超能力者だからって、そんなことできる?」
「不可能じゃない。“力”を使えば病棟の鍵も開けられるし、監視カメラもハッキングできる。スタッフには〈催眠〉をかければいい」
サラは言葉を失ったようだった。唇を噛んで、俯いていた。
「サラ、よく聞いて」
亜由美はサラの目を見る。
「私たちも安全とは言えない。犯人が何者で、どういう理由で今仲を殺したのかわからない。でも例えば、それがあいつの言ってた“上の奴”だったとしたら? ヘマをした今仲を口封じで殺したとしたら? 次に狙われるのは、今仲を倒した人間――サラや私かもしれない」
「でも……私たちまで辿り着ける証拠は残ってるの?」
「いい質問だね。……今仲は強めに〈クラッキング〉したから、私たちの記憶はないはずだし、仮に犯人が殺す前に今仲を尋問したとしても、何も出てこないと思う。強いて言うなら、感覚の鋭い超能力者なら、あの夜に私たちが使った“力”の“痕跡”を認識して、記憶するかもしれない。警察犬が匂いを覚えるように。つまり――これが重要なんだけど――私たちが今後超能力を使うと、存在がバレて、追われるかもしれない」
「つまり……“力”を使うなってこと?」
サラが訊く。
「その通り」
亜由美は大きく頷く。
それから少しの間、二人は無言で歩く。
やがてサラが口を開く。
「こっちから、相手が何者か突き止めて退治するのはどう?」
なんでやねん、と亜由美は喉元まで出かかる。
「……私の話を聞いてなかったの?」
「聞いてたよ。“力”を使うな、さもなきゃバレるぞ、でしょ。でも……いつまでそうしなきゃいけないの? 極悪人は好き勝手に超能力を使ってるのに、何で私たちが“力”を隠さないといけないの? コソコソ怯えて生きてくのは嫌だよ」
亜由美は小さく溜息をつく。
「気持ちはわからなくはない。でも命を落としたり、廃人にされたり、奴隷にされてからじゃ遅いでしょ?」
「私だって戦えるよ。〈催眠〉だって、もう効かないし」
「あいつの弱すぎる〈催眠〉なんて効かなくて当然。言ったでしょ、あれはそもそも一般人にしか通用しないレベルだって。それなのに、あなたは一度〈催眠〉をかけられて、あいつを取り逃した」
サラの表情がこわばり、口元が震える。
亜由美は心を鬼にして、続ける。
「サラ。あなたは何も知らない。あなたは弱い。あなたの“力”は超能力者同士の戦いで通用するレベルじゃない。せいぜい“一般人プラス”ってとこ。戦うなんて口にしないで」
サラは黙って亜由美を見ている。
亜由美はサラの出方を伺う。これで引き下がってくれればいいんだけどな、と思う。
「アユミは、これまでにも超能力者と戦ったことがあるんだね」
サラが言う。昂る感情を何とか抑えているのが声のトーンでわかる。
「今そんな話はしてない」
「誤魔化さないで。戦ったことがあるからそんな言い方するんでしょ?」
サラは真っ直ぐ亜由美の目を見据える。亜由美にはまだ、サラの意図が見えてこない。ただ、一歩も退かない、という気迫は伝わってきた。
しんどいなあ、と亜由美は内心つぶやく。アメリカの学校では“死んでも言い負かされるな”と習うのか? それとも単にこの子が負けず嫌いなだけか? あるいは両方?
「それに、あの時使った“力”だって、その場で閃いたわけじゃないよね。教わったか、自分で練習してたんでしょ?」
「いや……それはサラの憶測でしょ?」
言いながら、亜由美は自分の反論が弱々しいと感じる。実際、サラの言うことは今のところ全部当たっているのだ。
「私は“力”のことなんて何も知らなかった」
サラは亜由美の反論を相手にせずに続ける。
「ただ、身体能力が上がって、第六感みたいなのが働くようになることしか知らなかった。他の超能力者と対峙したこともなかったし、そいつらが何をしてくるかも知らなかった。……そうだよ、あなたの言う通り、私は“力”のことを知らないし、それを上手く使うこともできない。でも仕方ないじゃん、“力”の使い方を教わったこともないし、練習したこともないんだから!」
サラは喋り終わると大きく息をつく。
二人のいる空間に沈黙が流れる。
亜由美はどう答えるか悩みながら言葉を選ぶ。
「別にあなたのことを悪く言うつもりはなかった。……傷ついたなら謝る。“一般人プラス”は言いすぎたかも」
「謝らなくていいよ。……事実だし」
サラは少し自嘲的に笑う。
「でも……アユミみたいに、もっと自在に“力”を使えるようになれたらな、とも思う」
「別に、使えてもそんな良いことは起こらないよ」
「でも、守れるようになるよ。自分も、周りの人も」
そうとも限らないよ、と亜由美は言いたくなるが、黙っておく。
「お願いがあるんだ」
サラは真剣だ。
「“力”のことを教えてよ。せめて、自分の身は自分で守れるくらい」
亜由美は悩む。本当なら、サラを超能力の世界に引き込みたくはなかった。でも、彼女の気持ちもわかる。自分の持つ“力”を使いこなしたいのは当然の欲求だし、果たしてそれを抑えつける権限は自分にあるのだろうか。
それに――私が断ったとしたら、確実にこの子は一人で無茶をやらかす気がする。それなら、私が監督しながら一緒に行動してやった方が、まだ安全性が高いのではないか。
結局、亜由美はサラの願いを聞くことにする。
「自分から危ないことしないって、約束できる?」
サラの目が輝く。
「約束する!」
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