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 二人の乗る車は代々木公園の横を通り、渋谷駅の方向に走る。

「最初に事件が起こったのがこの辺りか」

 颯介がつぶやく。

「ここで6人が意識不明にさせられて、うち1人が後で殺された。残りの5人は?」

「消息がわからないらしい。多分もう消されてる」

「そうだろうな。で、そいつら何者なんだ?」

「今仲涼太は都内の私大に通う学生だけど、裏の顔があって、大分派手に女遊びをしてたらしい。強制わいせつで示談になったこともあるとか。“力”を――例えば〈催眠〉を女性に使ってたのかもしれない」

「そいつ、エロ動画の見すぎが原因で“力”を手に入れたのか?」

 颯介はそう言って鼻で笑う。杏子も苦笑を返す。

「私に聞かれても困る。……で、今仲はそれだけじゃなくて、裏社会との繋がりも噂されてる。残りの5人はそっちで関わりがあったんだと思う」

「そいつら武装してたんだろ。普通に考えて、まず堅気の人間じゃないよな。その5人のことは何か分かってるのか?」

「まだ調査中らしい」

「ていうか、戦うつもりだったんだろ。一方的にやられたみたいだけど。何と戦うつもりだったんだ? 戦う理由は?」

 杏子は首を横に振り、肩をすくめる。

「そこで、颯介くんの力を借りたい」

「やられた連中、やった連中の素性を洗うのか?」

「そう。どんな組織に属してるのか。どこと敵対してるのか」杏子は颯介に目を向ける。「この件に一般人が深入りするのはなるべく防ぎたい。たとえ警察官であっても。超能力者、それも病院の中で人を殺すような奴が容疑者だからね」

「そうだな……」

 颯介は左手でハンドルを持ったまま、右手で髪を掻く。少し考えるそぶりを見せてから返事をする。

「わかった。いける範囲で手伝うよ。面白そうだし」

「ありがとう、助かる」

「持ちつ持たれつ、だからな」


 空の色が濃くなり、街に灯りが灯っていく。黒のランドローバーは渋谷駅を通り過ぎ、首都高速に沿って六本木通りを進む。

「どうやって調べるかだけど」杏子は颯介に提案する。「この件は組織間の抗争が関係しているかもしれない。だから、まずはこのエリアを縄張りにしてる反社会勢力、暴力団とか半グレを当たっていく必要があると思う」

「そうだな」颯介は頷く。

「このへんの勢力図はわかる?」杏子は颯介に訊く。

「渋谷だと道玄坂の辺りの歓楽街が中心になるかな。これまでは鯉堂組系の上水流一家と、火誠会系の赤金組、槐會系の松岸組で、縄張りを分け合ってたらしい。けど、最近は半グレが台頭してきたのと、看板掲げてたヤクザが“形だけ”脱退して、堅気のふりをしながら犯罪に加担したりしてるから、はっきりとした勢力図を作るのは難しいな」

「半グレはどんな形で入り込んでるの?」

「これまではイベント会社とか、アダルトビデオ制作くらいだった。暴力団が風俗やキャッチ、ドラッグに金融と、主な資金源を牛耳ってたからな。ただここ最近、風俗やクラブの利権を少しずつ奪い取りながら勢力を伸ばしてるグループがあるらしい、というのは小耳に挟んだことがある」

 颯介はアンダーグラウンドの情勢に詳しい。自前の情報網を持っているのだという。そのことも、杏子が本件で協力を求めた理由の一つだ。

「それ、ちょっと怪しいな」杏子は腕を組む。「仮説だけど――そのグループに今仲が関わっていたらとしたら? 今仲の能力の詳細はわからないけど……もし他人の精神や行動を制御できたとしたら、風俗の働き手に女性をリクルートし放題だ。他の組織と対立しても、相手をコントロールしてしまえばいい」

「その仮説でいくと……」颯介は考えながら言葉をつないでいく。「今仲含む6名を襲ったのは、シノギを奪われそうになった敵対組織によるものか? ……でもじゃあ、何で一度意識不明にして、それから殺したんだ?」

「そこは私も引っかかってる」

 杏子が言う。

「やったのは明らかに別の人だよ。“痕跡”が違う」

「そもそも、同じグループがやったのか?」

「それも疑わしい。そうだとしたら、最初に襲った時点で殺さないのがおかしい」

 ふーむ、と颯介は鼻を鳴らす。

「まあ、とにかく」杏子はぱん、と軽く手を叩く。「推測ばかりしても仕方がない。調べよう」

「どっちからやる?」と颯介。

「殺した方を優先する。……調査の過程でどっちに接近するかもわからないけど」


 やがて車は新宿に戻ってくる。

 コンビニの駐車場に車を停めて、二人はコーヒーを買って飲む。調査の分担など、現時点で必要なことは全て話し合ったので、今日はこれで解散になる。

「杏子さ」颯介が声をかける。

「何?」

「犯人見つけたらどうする?」

「そこは私がやるから、颯介くんには関係ない」

「関係なくはないだろ」

 颯介は少し背中を曲げて杏子の顔を覗く。颯介は周囲から目立つほどではないが、背が高い。

「殺るのか?」

「……十中八九そうなる」

「そうか」

 颯介は溜息をつく。

「警察と組んで仕事するなんて、俺にはできそうにないな」

 颯介がそうつぶやくのを、杏子は黙って聞く。

 杏子は依頼があれば――超能力が関係する場合に限り――警察の捜査に協力する。でも今それをしているのは、知っている限りでは自分だけだ。

「俺は正直あいつらは好きじゃない。でもお前のことは好いてるし、協力するよ」

「持ちつ持たれつ、ね」

「そういうこと」

 じゃあな、と言って颯介は車で走り去る。



 杏子はコーヒーの残りを飲みながら、ランドローバーが遠ざかっていくのを“感じる”。

 〈感覚〉でものを捉えるときの“感じ方”は、なかなか他人と共有できない。例えば今、遠ざかる車を“感じている”とき、小さくなっていく背面が脳裏に浮かんでいるわけではない。それは視覚によるイメージで、〈感覚〉とは質的に違う。〈感覚〉を使うときは、“面”の区別――表面と裏面、見えている側と見えていない側――がなくなるのだ。

 〈感覚〉でわかるのは、ものの輪郭や温度、肌理、そして動きだ。色や文字は認識できない。強いて言えば、触覚に近いのかもしれない。

 杏子はランドローバーのシートに座った感覚を思い出す。肌触りも、弾力性も良くて、上質な感じがした。そこまで車には詳しくないが、高級な部類なんだろう。若手の探偵に手が届くものだろうか。

 颯介が普段何をしているか、杏子は知らない。情報網を活かして、アンダーグラウンドのビジネスに手を出しているのかもしれない。そうだとしても、それに関して口を挟む筋合いはないし、そうするつもりもない。彼が警察の捜査対象にでもなれば、話は変わってくるが。

 颯介の方も、警察と組んで治安を乱す超能力者を消す私の仕事を、快く思ってはいないはずだ。それをあえて口を出すことはしないだけで。

 お互いに、相手を利用してるだけだ。それが有益だから。

 杏子はコーヒーを飲み干してゴミ箱に捨ててから、コンビニを去る。

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