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伊関に圧倒されっぱなしだった石井だが、少しずつ自分を取り戻す。
このままではだめだと、心の中で己に喝を入れる。
超能力に気を取られて、俺のすべきことができていない。俺には話さなければならないことがある。
「話を戻すが、大事なのはこれからどう動くかだ」
石井は二人に言う。
「伊関さんが超能力を使って犯人を突き止めたとして、起訴するまでに高い障壁がいくつもある。目撃者もいなければ、映像の証拠もないだろう。あるとして指紋か?」
「あそこまで用心深い人間が、指紋や靴の跡を残しているとは考えにくいよな」
瀬崎が答える。石井もそれに同意する。
「それに」石井は続ける。「何よりも、“今回の殺人が超能力によって行われたこと”――もっと言えば、“超能力が存在すること”という前提を、超能力を持たない検察や裁判所の人間と共有できるか、ということも問題だ。そりゃ、伊関さんが関係者に片っ端から超能力を披露したら、その存在を信じてもらえるかもしらんが……それでも“犯人が超能力を使った”ということを客観的に証明できなきゃ、不能犯として扱われて、罪に問えないかもしらん。伊関さん一人だけ犯人が誰か分かってても、それじゃ司法はどうにもならないぞ」
車内に沈黙が流れる。伊関は瀬崎に目線を向ける。
「ここからは俺が話そう」
瀬崎が言う。
「正直に言う。通常の行政や司法の流れじゃ無理だ。起訴もできないし、逮捕も難しい。触れずに相手を殺せるような奴を捕まえられるのは、伊関みたいな同じ超能力者くらいだ。それに身柄を押さえたとして、どこにどう留置する? 留置担当官の安全を誰が守る?……かといって、ずっと超能力者が付きっきりでいるのも現実的じゃない」
「じゃあ……どうする? なかったことにするのか? 6人意識不明にして、うち1人を殺した奴を、放っとくのか?」
石井は瀬崎に訊く。
「放っとかないよ」
瀬崎は答える。
「ただ、ここから先は、伊関の領分だ」
「伊関さんが、解決するのか?」
「はい」
伊関が返事する。
「どうやって?」
石井が訊く。すぐには返事が返ってこない。
「……始末するのか?」
石井はもう一度訊く。
伊関は、直接の返答を避ける。
「できれば避けたいですけど……人を殺すような超能力者は野放しにできない。超能力“だけ”消すことができるようになれば、その方がいいんですけど」
石井は溜息をつく。正直、心のどこかで、そうするしかないという予感はあった。それでも、法の番人の一人として働いてきた者として、すぐには受け入れられない。
「あなたが決めるのか?」
石井が伊関に訊く。
「独断は避けたいですが……最終的な局面では、私が決断を下すしかないと考えています。超能力で他人を傷つける奴を制圧できるのは、同じ超能力者である私しかいないですから」
伊関は石井の目を見て話す。
「……正しいやり方ではないのは承知しています。やってることは私刑と同じですから。でも……既存のルールでは超能力者の犯罪に対応できない、かといって何もしないわけにいかない、そんな状況下では、動ける人間が臨機応変に動くしかない。その都度考えて、疑って、悩みながら、独りよがりにならないように細心の注意を払いながら、決断して、実行するしかない。だから、判断材料になる情報は全て欲しいし、こうして石井さんや瀬崎さんとも相談しているんです。他人にない“力”を振るう者として、せめてそれくらいはしなければならない」
相変わらず、伊関は報道官のような冷静な口調で話す。でも石井は、目の前にいる異質な存在の中に、初めて血の通った人間を見た気がした。こちらからも何か言うべきだと思ったが、とっさに言葉が出てこなかった。
「今回の事件に話を戻しますが」
伊関は話を続ける。
「殺人の犯人は、6人を意識不明にした超能力者とは別人物です」
「くそっ、何人出てくんだよ……!」
石井はつい声を荒げる。
でも確かに、同一犯というのは筋が通らない。最初に殺すつもりなら、あの路地裏で殺せていた。わざわざ入院させて、入院先で殺す理由がない。
「私にも、全体図がまだ見えてきません」
伊関は淡々と話す。
「それぞれに会って、話を聞いてみないと」
「ああ……」
石井は曖昧に返事する。やっぱり、伊関と話していると感覚が変になる。相手は超危険人物だというのに、近所の揉め事の仲裁に入るような言い方をするんだからな。
彼女のことはまだ理解できていない。ただそれでも、石井の直感は囁いている――この人は信用してみる価値がある、と。
「とまあ、そんな感じだ」
瀬崎はいつものような飄々とした口調に戻っている。
「今仲の件は、表向きは自殺という事で片付けてもらうしかないと思うが、どうだ?」
石井は少しむっとする。何が“どうだ”だ。しかし、自分自身そうする他に解決法が思いつかない。
「それとな」瀬崎は続ける。「そっちの捜査は通常通り続けてほしい。情報共有は続けていけたら有り難いが、“真犯人”に迫るのは伊関に任せる。超能力者に近づいていくにつれて、危険度は跳ね上がっていく。普通の人間には手に余る。いいか?」
「わかったよ」石井は答える。「ただ、解決したら、教えてくれるよな?」
「約束します」伊関はきっぱりと言う。
その自信は一体どこから来るんだと、石井は不思議に思う。
「それから最後に」瀬崎が言う。「これから伊関が何をしても、石井には何の関係もない。どこにも報告は無用だ」
「ああ……でも、いいのか?」
「一応、そちらさんの“上の方”には、内密で話を通してある」
「それはどれくらい“上”なんだ?」
「警視庁刑事部の部長だよ」
「そうか」石井はつぶやく。「立花部長か」
立花正隆。確か去年、警視庁警備局課長から刑事部長になっていた。キャリア組の中でも頭ひとつ抜けて切れ物である一方で、懐が広くバランス感覚のある人間だという評判だ。確かに、彼なら超常現象や超能力者を前にしても動じずに仕事をこなせそうな気もする。
「話を通すと言っても、口約束だけどな」瀬崎が肩をすくめる。「流石に文書に残せる内容じゃないから、仕方ない」
「しかし、なぜ部長だけが知ってる?」
「長い話になる。また今度な」瀬崎が言う。
石井はそれ以上深追いしないことにする。今はその時期ではないと感じたのだ。
しかし、つくづく、自分の見てきた世界の狭さを思い知らされる。
「一つだけ、いいか?」
石井が伊関に訊く。
「これまでも、こんな事件があったのか?」
「はい」伊関が答える。「暴行や窃盗はありましたし、殺人もゼロではないです。こんな大胆なのは初めてですが」
「あなたが解決してきたのか?」
「一応、関わった件は、全て」
「あなたは無傷で?」
「はい」
「相手は?」
「まあ……色々です」
伊関は肩をすくめる。
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