1 - 13

 き、き、昨日と同じパターンなんだが!?

 今仲は走りながら胸の内で叫ぶ。

 いや、違う。昨日と同じではない。

 なぜなら、昨日は敵の超能力者は1人、今日は2人だからだ。

 つまり今日の方がやばい。

 今仲は必死で生き延びる道を考える。

 ここはもう、“あの人”の助けを借りるしかないのかもしれない。全て白状して、どんな罰でも受け入れて、守って下さいと懇願するしかないのかもしれない。

 でもそのためには、この場から離脱しなければならない。

 今俺の後ろにいるデカい女から逃げるだけじゃだめだ。

 じきにアユミと呼ばれたバーテンダーも来るだろう。

 あいつに捕まったら、それこそ廃人にされて一巻の終わりだ。

 後ろに迫るデカい女の“気配”を感じる。

 くそつ、くそっ。

 まずはこいつをどうにかしないと……。


 不揃いな形をした屋根を乗り越えて、飛び降りた先は奥まった空間だった。狭い通り道はあるが、四方向を建物に囲まれている。どの建物もシャッターを下ろしていて、そのあちこちにBボーイ崩れか何かが描きなぐったようなタギングが残る。地面にはガラクタが雑然と転がされている。

 どの方向に逃げるか一瞬悩んだその時、後ろに奴が着地した。

 今仲はデカい女の方に向き直る。

 もう逃げられないと悟った。

 どの方向に走っても、すぐに後ろから掴まれて引き倒されるだろう。

 それならまだ、勝負に出た方がましだ。

 足元に倒れている錆びてバラバラになったバリケードから、単管パイプを取り出し、震える手で構える。

 本当に逃げられない。背水の陣だ。




 男を追い詰めたサラは、これまで以上に慎重になる。

 昨日のような失敗はもうごめんだ。

 目線を合わさないように、男の足を視野の中心に持ってくる。

 アユミに言われたことを思い出す。

 ——あいつの目を見ないで。

 わざわざ教えてもらわなくてもわかってるし、そんなこと。

 ていうか、アユミもこいつの〈催眠〉能力を知ってたってこと? 

 じゃあ昨日のあれは何だったの?

 こいつをブチのめした後で、アユミから全部聞き出してやる。


 男は手にした鉄パイプを後ろに引き、力を溜める。

 それから、まるで木の枝でも振るような、鉄の重さを感じさせない速さで振り抜く。

 〈身体強化〉を使っているのだろう。

 風を切る音を立てて左右に振り回すが、間合いが全然遠く、サラには一切届いていない。

 サラは左足を前に出し、オーソドックスで構えると、細かくステップを刻みながら踏み込むタイミングを狙う。

 足元しか見ていないのに、男の動きが手に取るようにわかる。

 目が暗闇に順応し、明かりのない空き地でも見えるようになったからか。

 いや。それだけじゃない。

 どこに何が存在しているかが“濃淡”として感じ取れる。

 まるで、自らを囲む“空間そのもの”を認識しているような感覚だ。

 それはモノクロの映像に似ているが、視覚ではない。

 嗅覚にも近い気がするが、もっと方向や距離がはっきりわかる。

 試しに目を閉じてみる。

 やっぱりわかる——周りの状況も、男の動きも。

 これも超能力の一種なんだ、とサラは気づく。

 よし。この“力”を使って、こいつを制圧する。


 男がサラの左こめかみに向かって鉄パイプを振る。

 サラはそれをスウェイバックで躱す。

 鉄パイプが鼻先を掠め、顔に風を感じる。

 次の瞬間、男に向かって大きく踏み込む。

 男は鉄パイプを返し、サラの右脇腹に向けてなぎ払おうとするが、その鉄パイプの手元をサラは掴み、抑える。

 男と力比べの形になる。

 ——逃がさない。

 サラは掴んだ鉄パイプを押し上げ、隙のできたボディを狙う。

 体幹を反らし、そのバネを使って左足を振り上げ、中足を腹に叩き込む。

 空手をやっていた頃の得意技、三日月蹴りだ。この蹴りはレバーの急所を狙うことが多いが、サラはそれに拘らない——試合でレバーを狙い、ガードされ、足を怪我したことがある——代わりに、ガードしにくい場所を狙うようにしていた。ボディーに当たりさえすれば、急所じゃなくてもダメージを与えられるからだ。

 サラが放った蹴りは少し狙いを外れ、ズボンのベルトの上あたりに当たった。

 それでも、男の戦意を奪うには十分だった。

「うぎっ」男は呻き声を上げ、鉄パイプから手を離し、その場に蹲った。

 鉄パイプを投げ捨て、サラは息をつく。

 ふう。何とかなった。




「やるじゃん、サラ」


 後ろでアユミの声がした。

 気づかない間に、こっちに来ていたのか。


「アユミ……そっちはどうなったの?」

「5人とも昏倒させた。これから数日間は動けないし、今日の記憶も戻らない」

「そっか……そうすれば、私たちのこともすっかり忘れてると」

「そうそう……サラ、どうして目を瞑ってるの?」

「あれっ?」


 サラは自分が目を閉じていたことを忘れていた。

 それくらい、〈空間認識〉で周りの状況を把握することに違和感がなかった。


 目の前に蹲っている男がいる。さっきと同じ姿勢のまま動かない。

 アユミが言ってたことが事実なら、こいつは女性に睡眠薬を盛ろうとした最低男だ。


「アユミ、こいつどうするの?」

「少し話してから考える」


 アユミは男の前に立つ。

 サラは、男の運命が完全に掌握されたのを感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る