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 男を一人倒した亜由美は、両手に残る手応えを感じる。

 右手で電子の動きを〈制御〉したので、スタンガンの電流は1ミリアンペアも体内を通らなかった。

 そして視線を通して男の精神を〈クラッキング〉して、ここ数日間の記憶を消し、これから数日間は何をする意思も起きない状態にした。

 その結果、男は起き上がる意思も、目を開閉したり視線を動かしたりする意思も持たずに、地面に転がり一方向を見つめている。それでも、何日かしたら、全部忘れて元通り動けるようにはなるはずだ。

 昨日は男にかけられた〈催眠〉を反射的に返しただけだったので、正直、超能力を使ったという実感は今一つ得られていなかった。引退したサッカー選手が、たまたま公園で転がってきたボールを蹴り返したくらいだった。

 でも今この瞬間、亜由美は自分が超能力者に戻ったのを感じた。

 これが終わればまた引退するが、それでも今は、フィールドに立っている。

 五感で認識できない世界を認識し、手足や道具を使って操作できないものを操作する体験は、高揚感と背徳感の入り混じった、ぞくぞくするものだ。久しぶりだと尚更強くそれを感じる。

 亜由美は思い出した。自分がどれだけ“力”を味わい、楽しんでいたか。


 でも、そう感慨に浸っている場合ではない。亜由美はすぐに目の前の状況に注意を戻す。

 考えなければならないのは、目の前にいる男4人だけではない。逃げ出したチキン男とそれを追うサラ――昨日と同じ絵面で、笑えてくる――の元にも向かわなければならない。

 サラが男にやられることはまずないだろう――それは二人の“気配”の違いでわかる――が、何が起こるかわからないし、心配は心配だ。

 それに、この騒動のケリは自分でつけたい。


「問題なく使えてる?」

 “分身”が心の中で亜由美に話しかける。

「今んとこ大丈夫」

「体調は?」

「余裕。早くこいつらを片付けるで」

「わかった」



 損な役回りの多かった久保の人生でも、これほどまでに損な役回りはなかった。

 超能力者同士の戦いに無理やり参加させられ、気づけば味方サイドの超能力者は脱走。目の前には、睨みを効かせただけで大男を戦闘不能にする超能力者。こっちは平凡な男4人。

 悟空とフリーザが戦うところを見るはずが、悟空がバックれて代わりにフリーザの相手をしなければならなくなる、そんな感じだ。

 いくらなんでも自分が可哀想すぎる。

 ていうか、今仲は何真っ先に逃げてんだ。


 斜め後ろで2人の男が動く気配がする。

 攻撃しようとしたのか、逃げ出そうとしたのかはわからない。

 そちらを振り向くと、すでに女はそこにいる。

 男は二人とも糸の切れた操り人形のように倒れる。


 反対側で別の男が乗ってきたエルグランドに乗り込む。

 逃げるつもりなのか、超能力者を轢くつもりなのかはわからない。

 しかし車のエンジンは何をやっても反応しない。ドアロックもかからない。

 女が運転席のドアを開ける。

 エンストした車のように動かなくなった男が運転席からずり落ちて地面に転がる。


 その場で立っているのは久保と超能力者の女だけになった。

「えらいことに巻き込まれたな」

 女は言った。

 久保は泣きたくなった。

 そうなんですよ。おっしゃる通りなんですよ。俺は巻き込まれたんですよ。

「でも……見たやろ?」

 女は地面に転がる残りの男たちを一瞥してから久保の目を見る。

 久保は瞬時に考える。

 俺に無事に生き延びるチャンスがあるとしたら、それは今だ。

 この返答次第で俺の運命が変わる。

 やってやる。

 俺は頭を使い、このやばい状況を切り抜けてやる。

 久保は考えた上で答える。

「いえ、何も見てません、だから見逃して下さい」

女が答える。

「嘘つけ、見たやろ」

 久保は自分にチャンスなど無かったことを悟る。

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