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 今仲は脳内で状況を整理する。

 こっちは超能力者は俺1人。それと、腕っ節は強いが一般人の男5人。

 相手は超能力者2人。片方は俺よりも〈身体強化〉が上で、もう片方は〈催眠〉をかけ返してくる。

 非常にやばい状況だ。過去最大クラスのやばさだ。

 しかし、逃げるわけにはいかない。

 逃げたら、もっとやばい“あの人”にシメられるから。


「私に何の用ですか?」

 アユミと呼ばれた女が訊いてくる。

 今仲は言い返す。

「おま、あの、……したんだ」

 お前あの時俺に何をしたんだ――と言うつもりが、うまく声が出ない。

「は?」女は顔をしかめる。

「だから、お前が……」

「先に手を出してきたのはお前やろ。ちゃうんか?」

「いや、お前だって俺の邪魔を」

「お前な、自分の働いてる店で、女の人に眠剤盛ろうとしてる奴を見つけたら、放っとくわけにいかへんやろ。当たり前やん、犯罪やねんから。それで逆恨みして絡んできたんけ? ああ? 自分恥ずかしくないんか?」

 面罵された今仲は頭に血が上るのを感じる。しかし、完全に気圧されて言い返せない。

「それもこんな手下引き連れて。自分が何やってんのか分かってんのか?」

 まずい。この女、相当怒ってる。

「昨日のあれに懲りて大人しくしとけば良かったのに……またこんな風に絡んでくるんなら、もう承知せんからな。私自身の安全と生活を守るために、あんたらには痛い目に遭ってもらう」

 今仲は顔から血の気が引いていくのを感じる。

 咄嗟に女から目をそらす。目が合うと〈催眠〉をかけられると思ったからだ。

 すると、部下の男の一人と目が合う。事態を理解できていないが、良くない方に向かっているを感じ取り、不安になっている、そんな目だ。

 今仲はその瞬間を逃さずそいつに〈催眠〉をかける。

「お前、女を襲え」

 男は瞬時に術にかかり、スタンガンの安全装置を解除して、女に向けて構える。

 他の手下4人は動かない。動かないというより、動けないのかもしれない。目と口を開けて、目の前に繰り広げられる出来事を見ている。

 そうだ――今仲は考える――この男だって超能力者ではないが、総合格闘技をやっていて、体を鍛えている。それに超能力者が必ずしも身体能力を高められるとも限らない。あの女を力づくで制圧できるかもしれない。だから、逃げちゃだめだ。


 スタンガンを構えた男が動く。

 鋭く右足を踏み込むと同時に、右手に持ったスタンガンを女の首筋に向けて突き出す。

 電気スパークの閃光が暗闇に線を描く。

 二人の動きが止まった。

 やったか?……そう思って目を凝らした今仲は、言葉を失う。

 女は右手だけを首元まで動かして、スタンガンの先端を素手で鷲掴みにしていた。

 女の拳の中で、電気スパークが点滅しバチバチと音を立てている。

 女の表情に変化はない。

 男は女に掴まれたスタンガンを押すことも引くこともできないでいた。この次にどう動けば良いのかわからないようだった。

 女はスタンガンを握ったまま、身体の他の部分を動かさずに右手を振り下ろす。

 身長185センチ、体重90キロはありそうな男がバランスを崩して膝をつく。漫画で読んだ、握手したまま相手を跪かせる合気道のやつみたいだった。

 女は膝立ちになった男を見下ろし、その眼を覗き込む。

「ヒィッ」その体格から発せられたとは思えない、甲高い短い悲鳴をあげると、男は地面に横たわる。

 その顔には恐怖のあまり放心したような表情が張り付いていた。殺人鬼ジェイソンから一晩逃げ回った挙句、追い詰められたような顔だった。目は薄く開いているが、焦点は合っていない。

 今仲は全部通り越して笑いたくなった。

 気づいた時には、全速力で逃げ出していた。



 アユミが男を制圧するまでの一部始終を、サラは瞬きもせずに見つめていた。

 アユミが“力”を持っているのは疑いようもなかった。スタンガンの電撃を素手で受け止め、睨みつけただけで人間を昏倒させる。そんなこと普通の人間にできるはずがない。

 それに……ただ“力”を持ってるってだけじゃない。

 あの男の“気配”は遠くからでも感じられたし、辿ることもできた。

 それに比べて、アユミの“気配”は今この瞬間まで全くわからなかった。

 そして今、超能力を発動させた彼女の“気配”は、他の全てを感じなくさせるくらいに圧倒的で、濃い。

 アユミは、こんな強烈な“力”を、ほんの一瞬も周りに悟らせずに、隠し通していたんだ。

 サラはアユミが何者なのか、分からなくなっていた。

 もちろん、たった2回、店員と客との会話をしただけでその人のことが理解できるなんてことはあり得ない。それは分かっている。

 でも、それにしても、あまりにも極端な側面を見せられたことで、混乱してしまう。


 その時、リーダーの男が逃げ出した。アユミの目の前には、手下の男が4人残っている。

 サラは瞬時に考える。自分が今、何をすべきか。

「私はあいつを追う」

 アユミにそう言って駆け出す。

「サラ!」

 後ろから呼び止められ、サラは振り向く。アユミは男達に目を向けたままサラに声をかける。

「あいつの目を見ないで」

「……わかってる」

 サラは男を追い、夜の闇に飛び込む。

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