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「本当に、今、あの店の中にいるんすか」
久保が今仲に尋ねる。
「そうだよ」今仲は振り向かずに答える。久保と今仲は日産・エルグランドの運転席と助手席に座っていて、後ろのシートにあと4人乗っている。面子を集めたのは今仲で、お互いあまり面識はなかった。
奇妙なのは、店を見張るはずなのに、店が全く見えない位置に車を停めていることだ。
「俺らで交代して、店の前に様子を見に行きましょうか」
「その必要はない」
「そういうの、見ないでもわかるんすか」
「わかるよ」
「どうしてっすか。テレパシー的な?」
「黙ってろ」
久保はそれ以上訊かないことにする。今仲は目に見えて殺気立っている。超能力者はこんな感じで戦う前に集中力を高めるのだろうか。単に緊張してるだけのように見えなくもないが。
その日、今仲に呼び出され、実際に催眠術を見るまでは、久保は超能力の存在など信じていなかった。催眠術をかけて女を100パー落とす奴だなんて、普通に考えたらしょうもないフカシとしか思えない。
自分を含めて呼び出されたのは5人だったが、そのうちの2人が目の前で術をかけられた。地下格闘技で鳴らしている180センチ越えの凶暴な男2人が小柄な今仲に食ってかかったところ、今仲の「自分自身の顔を殴れ」という命令によって、鼻血がでるまで自分の顔を殴り続けたのだ。今仲が「止めろ」というまでそれは続いた。残りの3人は――自分含め、3人とも喧嘩には自信があるのだが――催眠術をかけられるまでもなく命令に従うことを選んだ。
今仲からの説明はこうだ。この店に一人超能力者の女が働いている。そいつは俺たちのビジネスの邪魔をしようとしている。だからそいつを捕まえて、知っていることを吐かせて、必要があれば消す。そして――最も重要なことは――この仕事を他の上の連中に他言してはいけない。
何となく怪しい話のような気がしたが、それに口答えをした2人が催眠術で屈服させられたのを見て、疑問を口にできないと悟った。まして降りるなんて論外だ。提示された報酬は良かった。普段の仕事――シマのクラブや風俗店の用心棒――の収入はすぐにギャンブルで消えてしまうが、この臨時収入があれば、ギャンブルで勝つ可能性もきっと上がるというものだ。
久保は他のメンバーと車の中で待つ。武器として支給された改造スタンガンを手に取り、感触を確かめる。他のメンバーも、自分の手元を見たままじっとしている。
待っている間、色々と考えてしまう。今仲はなぜ一般人を連れてきたのか。一応、作戦は教えてもらってはいるが……そもそも普通の人間が、超能力者相手に、こんな人数と装備で立ち向かえるのか。今仲一人で対決するのと大差無いんじゃないのか。
それに、上の人間に言うなというのはどういう意味だろうか。ふと“社長”のことを考える。
まだ組織の下っ端である久保は一度しか直接見たことはないが、“社長”についてはさまざまな伝説があった。車を投げ飛ばした、相手の腕を素手で引きちぎった、などなど。それらも、武勇伝に尾ひれが付いたものだと思っていた。だがもし超能力が存在して、“社長”がそれを持っていたとしたら、実際にあった出来事なのかもしれない。
“社長”は自分以外の人間が命令を下すことも、下の人間が自分以外に従うのも嫌うと聞く。この件が知られたら、車を投げつけられたり、腕をちぎられたりするのだろうか?
そう思うと、この仕事を受けるのが損なような気がしてきた。だからといって抜けることはできないのだが。
久保はこれまでの人生を振り返る。思えば、何かいつも損な役回りだった気がする。
たまに行ってた小学校で、同級生に誘われて一緒に窓から牛乳瓶を落として遊んでたら、なぜか自分だけバレて叱られたし。連れに頼まれて喧嘩の助太刀に行ったら、なぜか真っ先に自分が補導されたし。割りのいいバイトを紹介されたと思ったら詐欺の片棒を担ぐような仕事で、結局それも自分が捕まったし。それからも、他人の紹介やら何やらで、色々あって、半グレ組織の構成員みたいなところに落ち着いた。
そうなってる理由は薄々自分でもわかる。周りに流されて動いてるだけだからだ。自分で考えてないから、周り全体がみえてないから、使われるだけだし、危険に気づくのが遅れるし、やばい状況を切り抜けられないのだ。
わかっているのだが、そんな自分を変えられず、悶々とギャンブルをやる日々だ。でも大丈夫、まだ借金はしていない。
「おい」今仲の声が車内に響く。「行くぞ」
久保も今仲が見ている方向を見てみるが、当然、何もわからない。
「標的が動いたのがわかるんすか」
「わかるんだよ」
今仲が確信的な口調で言う。
それを聞いた久保は、ちょっとすげえと思う。本当に、超能力者みたいだ。
そうだ、何事も悪い面ばかりじゃない。ポジティブに捉えろ。今から超能力者同士が戦うんだ。その現場の最前線にいられるんだ。
久保はゆっくりと車を出す。車の2列目と3列目のシートは折り畳んで、後部ドアから4人が飛び出しやすくしてある。
この男が他の超能力者と戦う時、一体どんな感じなんだろう。『少年ジャンプ』の漫画みたいな感じだろうか。そんなことを考えながら、車のアクセルを踏む。
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