第26話 そうだ、領地に帰ろう
「……目が覚めましたか? 姉様」
重い瞼を持ち上げると、そこには栗色の髪に
「……ララ?」
何度か瞬きをして視点を合わせると、心配そうにこちらを覗き込むララの姿があった。
どうやら自室のベッドに寝ているらしいというのはわかったが、何だか記憶が曖昧だ。
「確か、王城に魔力補給をしに行って……?」
のろのろと上半身を起こすと、まだ目が回る。
「大勢の見物客を引き連れて、公開遠隔魔力補給ショーだったそうですね。……私も見たかったです」
「遠隔魔力補給ショー……」
そう言われれば、確かにそんな状態だった気もする。
「サービス精神旺盛な姉様は、限界以上の魔力補給をして倒れたという噂です」
「え? いや、あれは………」
サービスではないと言おうとしたのだが、声が掠れて上手く言葉が出ない。
「わかっています。魔力を枯渇させようとしたんですよね? まったく、何で兄様も許可を出したのでしょう。姉様に何かあったらどうするつもりですか」
ララは怒りながら、ディアナに水の入ったコップを差し出す。
一口含めば、のどに染みわたっていくようで、思わずごくごくとコップ一杯の水を飲み干す。
「まあ、最悪の事態にならないように、
空になったコップを受け取ると、ララは片付けながらため息をついた。
「ユリウス様が姉様をここまで運んでくれたんですよ?」
「ここまでって……ここ?」
視線をベッドに移すと、ララは当然とばかりにうなずく。
何ということだ。
ただでさえ嫌われていて迷惑をかけたというのに、その上部屋にまで運んでもらったとは。
「待って、運んでって……手押し車か何かで?」
「何でですか。そんなもの、お姫様抱っこに決まっています」
本当に、何ということだ。
ディアナはショックと眩暈から、再びベッドに倒れこむ。
そう言えば、王城の回廊から馬車までも抱き上げて運ばれたような気がする。
ディアナは底抜けに重くはないだろうが、決して軽くないはず。
しかも、人は意識を失うとより重くなるのだから、相当な重量になっただろう。
ユリウスの記憶の中の最後のディアナは……重い女。
切なくなって両手で顔を覆うが、もう過ぎたことだし、取り返せないのだから仕方がない。
「……指輪、外れたんですね」
「え? あ、うん。ユリウスが触ったら、何故か割れて外れたわ」
「相性が良いという事じゃありませんか? 良かったですね」
指輪が外れたのは確かに良かったのだが、相性云々ではないだろうし、何よりもうユリウスと会うこともないだろう。
ララは立ち上がるとコップに水を注ぎ、空になった水差しを持って扉の方に向かう。
「とりあえず、今日はゆっくり休んでください。明日、会いに来ると言っていましたよ」
「……誰が会いに来るの?」
「ユリウス様以外にいません」
想定外の答えに固まっている内に、ララは部屋を出て行ってしまった。
「……待って待って。ちょっと、整理しないと」
魔力を枯渇させようと王城で魔力補給をして、倒れたディアナをユリウスが自宅まで……というか、自室まで運んでくれた。
その上で、明日会いに来る……?
「いやいや、無理無理」
寝たままの状態で枕に頭がめり込みそうな程、首を振る。
「大体、何で来るの? 何をしに来るの? ……お見舞い?」
確かに、ユリウスのことは好きだし、指輪を外して好きと言いたかった。
だがしかし、十年引きこもっていたディアナには告白できたと浮かれるスキルはない。
ただただ、恥ずかしさが膨らんでいくばかりで、いたたまれなくなってくる。
大体、喧嘩していたようなもので、もう嫌われているのだから、後は振られるだけだ。
仮にまだギリギリ大丈夫だとしたら、何とびっくり両想いなわけだが。
「明日、会いに来る。――無理」
せめて、十日くらいは気持ちを漬け込んで風化させるくらいのことをしないと、まともに顔を見られない。
――そうだ、領地に帰ろう。
天啓のごとく、そんな言葉がディアナの脳裏に浮かんで来た。
馬鹿な事だと、わかっている。
ユリウスに失礼だし、これで愛想を尽かされるかもしれない。
でも、本当に無理なのだ。
「十日、十日だけだから!」
誰に聞かせるでもない言い訳を口にしながら、のそのそとベッドから這い出す。
朝一番に出発するなら、荷物をまとめなければいけない。
幸い大したものは持ってきていないから、鞄一つに収まるだろう。
「ディーアーナー?」
ベッドの後ろに置いてあった鞄を引っ張り出しているところに、背後から低い声が響く。
恐る恐る振り返ると、紅の髪に藍色の瞳という激しめの色彩の兄が、こちらを見て微笑んでいた。
「に、兄様。えー。……おはよう?」
「おはよう、じゃないよね?」
「確かに、もう夜中――わっ?」
ロヴィーはずんずんと部屋に入って来ると、ディアナを担ぎ上げ、ベッドに押し戻す。
細身に見えて意外と力があるのは、やはり魔道具作りで鍛えられているからなのだろう。
「魔力を枯渇させようとしたのはわかるけれど、それにしたってやりすぎだよ」
「それは……まあ」
横になったディアナに毛布を掛けると、ロヴィーはベッドサイドの椅子に座り、ため息をついた。
「俺の作った指輪のせいで、ディアナに色々と迷惑をかけたね。本当にごめん」
「もう、いいわよ。兄様は私を心配してくれたんでしょう? ……一応」
事の発端は、夜会でトビアスに絡まれたことた。
少なくとも指輪を製作した時点では、ディアナを心配しての行動だったのだから、憎み切れない。
「そうれはそうだが。……とりあえず、一発殴るくらいはするかと」
「兄様は私のこと、何だと思っているの? それとも、殴られたいの?」
「目と手以外なら、仕事に差し支えないから構わない」
立ち上がってベッドの横で目を閉じるロヴィーを見ていたら、何だか呆れてしまってため息がこぼれた。
別に殴りたいわけではないが、それではロヴィーの気が済まないのだろう。
ディアナは手を伸ばすと、兄の手をぺちりと叩いた。
「……魔力不足で力が出ないわ。今回は貸しにしてあげる」
そう言って微笑むと、ロヴィーは力が抜けたように椅子に座った。
ロヴィーはロヴィーなりに反省して責任を感じているのだとわかっているので、もう十分だった。
「ありがとう。……指輪、外れたんだね」
「うん」
「そこまでして指輪を外したかったのは、そばにいられなくなるからか?」
ロヴィーの問いに、ディアナは目を瞬く。
ただのシスコンで諸々には気付いていないと思っていたが、この様子ではそうでもなさそうだ。
誰とは言わずとも、わかっているのだろう。
ララはユリウスの事をわかりやすいと言っていたが、この分ではディアナもわかりやすい部類に入るのかもしれない。
「そうよ。……だけど、諸事情で色々無理だから、一度領地に帰るわ」
「何故また?」
「心を落ち着けたら帰ってくる」
「いつ?」
「十日後あたりに」
「出発は?」
「朝一番」
ロヴィーは肩を竦めると、ディアナの頭を撫でた。
「まあ、ちゃんと本人に伝えてから行きなさい」
「馬鹿言わないで。言えないから行くのよ」
「言わないと、また行き違いになるだろう?」
「私のメンタル舐めないで。休息が必要なのよ」
興奮してベッドから起き上がって睨みあうこと暫し。
ため息をついたロヴィーにベッドに押し戻された。
「とにかく、今日はゆっくり休みなさい。後は明日。いいね?」
ディアナに毛布を掛けたら退室するのかと思いきや、何故かそのまま椅子に座っている。
何なのだろうと様子を見ていると、ロヴィーはにやりと笑った。
「寝るまでここにいるからね。……俺もこの後、行かなければいけない所があるから。早く寝てくれると助かる」
これは、信用されていない。
どこに行くのかは知らないが、徹夜で見張るわけではないなら、寝たふりをしてやり過ごすまでだ。
そうして瞼を閉じたのだが、魔力枯渇状態だったディアナは、あっという間に深い眠りに落ちてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます