第22話 お腹いっぱい胸いっぱい
「ディアナ。とても良く似合っている」
「――言わないで。何も言わないで」
ディアナはユリウスの顔の前に手をかざし、危険な言葉が出るのを慌てて止めた。
今日のディアナは、水色のドレスだ。
胸から裾にかけて色が濃くなるグラデーションの生地が美しい。
全体に真珠色のビーズが散りばめられており、水飛沫の様で爽やかだ。
手袋は白、靴はドレスの裾と同じ濃い水色。
寒色の装いは、ディアナの薄紫色の髪にとてもよく馴染んでいた。
……ここまではいいのだ、ここまでは。
問題は髪飾りと首飾りだ。
髪飾りは宝石で作ったいくつかの輪を重ねたデザインで、シンプルだが華やかだ。
首飾りも同様に宝石を使っているが、こちらも小粒ながら沢山の石が連なって揺れる様は美しい。
そして、その石はすべて鮮やかな若草色の
もう一度言う。
若草色の
ディアナを笑顔で見つめるユリウスの瞳もまた、若草色。
……つまり、そういう事だ。
ララが箱からこの髪飾りと首飾りを取り出して来た時には、唖然としてしまった。
確かにユリウスのことは好きだが、だからと言って勝手に瞳の色と同じ装飾品を身につけるなんて、さすがに図々しくはないか。
だが、訝しむディアナに、ララはとんでもないことを告げたのだ。
「急いで作らせた甲斐があったよ」
ユリウスが微笑んだせいで、静電気と火花があたりに飛び散る。
ララにそれを告げられた時にも、指輪から火花が飛び散った。
ときめいた相手はララではないが、さすがに見逃せなかったということかもしれない。
律儀に働く
「だから、何も言わないで」
「はいはい。それじゃあ、行こうか」
ユリウスに促され、馬車に向かう。
あっさりと話を切り上げてくれたのは良いが、これはディアナの心中を察してくれたのだろうか。
だとすると、照れているのを理解しているということで……それはそれで恥ずかしい。
馬車に乗り込むと、正面に座ったユリウスをちらりと見る。
今日のユリウスの装いは黒がベースで、落ち着いた色合いのせいでいつもよりも大人っぽくて格好良い。
そして、胸元には二つの宝石が寄り添うように付けられている。
ユリウスの瞳の色である若草色の
「ユリウス。あの……これ、ありがとう」
どうにかときめきを抑えて装飾品のお礼を言うと、ユリウスは嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして。今度は、一緒に選んでくれると嬉しい」
「う……うん」
それはもう、ただの友達ではない気がする。
ときめきと疑問が交錯して、静電気と火花が放たれる。
慣れた様子でそれらを手で振り払うユリウスに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
この調子でいくと今日も会場を破壊しかねないので、気を引き締めなければいけない。
本当ならユリウスに好意を伝えて、もっと心躍る夜会になるはずなのに。
ララの言うようなイチャイチャとまでは言わないまでも、心ゆくまでときめいていられるのに。
ディアナは恨みを込めて左手の小指にはまった指輪を見つめると、小さくため息をついた。
夜会会場では、ただひたすらにときめかないよう努力をした。
ユリウスの顔をしっかり見たらほぼアウトなので、さりげなく視線は合わせないようにする。
手に触れたりダンスをする時には、先日のシャンデリア爆破のことを思い浮かべて意識を逸らした。
思い出し過ぎて何だか切なくなり、自然と俯きがちになってしまう。
それでも一緒にいて話をすれば、どう足掻いてもときめく時がある。
幸い、ディアナの努力の甲斐あって小さな火花と静電気だったので、何とか事なきを得た。
だが、毎度これではディアナの疲労が酷いし、ユリウスにも失礼だろう。
何にしても、
ユリウスの隣に立ちながら指輪に視線を落とすと、ディアナの口から自然とため息がこぼれた。
緊張すれば、生理現象が近くなるのが人間だ。
何度目かのトイレに行き、会場に戻ろうと歩いていると、途中の庭で足が止まった。
「あの照明の魔道具、見たことがない形だわ。ローク製かしら」
庭に設置されたそれは、それなりに古そうだったが形が珍しくて気になる。
見た目通り古いのだとしたら、整備が行き届いているのか、それとも耐用年数が長いのかもしれない。
だが、一人で庭に降りて確認するのは良くないと以前たしなめられたし、やめておいた方がいいか。
ローク製だとすればユリウスがわかるだろうから、後で聞いてみよう。
魔道具の話ならときめかないので、一石二鳥だ。
早速会場に戻ろうとすると、目の前に見覚えのある男性が立っていた。
「お久しぶりですね、ディアナ嬢」
「お、お久しぶりです……」
ディアナの前に立つのは、トビアス・テイセン侯爵令息だ。
庭の魔道具を観察中に絡まれて以降は会うこともなかったが、まさかこんなところで会うとは。
とりあえず笑顔を浮かべつつ礼をして無難に立ち去ろうとすると、すれ違いざまに左手を握られた。
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