第五話 開けてビックリ
「改めまして、
徹頭徹尾、平身低頭。
米つき
「それで、何用でいらっしゃったのですか?」
彼女が現れてから、怪異はなりを潜めていた。
警戒しているのか、様子を見ているのか。合わせ鏡の中心に置かれたソファー。その上に腰掛ける柚子と火毬。二人の様子を窺いつつ、清十郎は問いを重ねる。
「あなたは、逃げたと聞いておりましたが」
「その通りでして……この部屋、この場所に取り付いております悍ましいもの、とてもこの華子程度の手には負えず……しかしながら!」
「……っ」
ガバッと顔を上げ、縋り付いてくる自称霊能力者に、清十郎もさすがに仏頂面を崩してしまう。
なにせ華子の顔は、決死そのものだったのだから。
「依頼人を見捨てるなど、霊能力者の恥。今日まで怯えて連絡も断ってきましたが、心機一転、このように駆け付けた次第でございまする」
「……いま、なんと」
「心機一転、駆け付け」
「その前です」
「……怯えて連絡を絶って参りましたが?」
「――――」
バッと振り返り、柚子を見遣るが、彼女は混乱したように首を振るばかり。
火毬に至っては、なにも解っていない。
「失礼ながら、柚子さん。この方からの着信履歴を拝見出来ますか?」
「それが……いま探してるんですけど、どこにもなくて……」
泣き出しそうな彼女を見て、火毬も理解が及ぶ。
「そっか。華子にゃんが連絡してないなら、この部屋のおかしな感じは誰の手引きかってことになるんだ!」
「そうだ」
頷きながら、清十郎は脳内で状況を整理していく。
一週間前、火毬と柚子、そしてもうひとりの同窓生が出会った。
その後、柚子は怪奇現象に襲われ、霊能力者を頼む。
だが、頼まれた華子はこれを断り、以降連絡を拒否していた。
にもかかわらず、柚子には折り返しで電話がかかり、数々の邪気をおびき寄せる呪いや、呪物とされるソファーが持ち込まれた。
そして、怪異現象は今日、今しがたまで続いている。
「この一週間、その前後では明確な異物が発生している。他でもない、この部屋の中にだ」
言いながら、清十郎は足音をころし。
ゆっくりと柚子達へと歩み寄る。
「兄ぃーちゃん?」
怪訝そうな顔をする妹と、その友人へむけて。唇の前に人差し指を立てて、沈黙を促す。
そうしてソファーの後ろに回り込み、背もたれの部分を、全力で掴んだ。
刹那、ベリベリと酷い音を立てて、ソファーの表面素材が引き裂かれる。
清十郎の手によってではない。
内側から、裂けたのだ。
そして飛び出すのは、肌色の物体。
「きええええええええええ……!」
それは奇声を上げ、佐々木柚子へと襲いかかろうと跳躍し、
「やらせん」
一瞬のうちに、清十郎によって組み伏せられた。
巨大な山の如き体躯が、剛腕が、それを押さえつける。
白日の下にさらされたのは、全裸で小太りな男。
その正体は。
「
驚きの声を上げる火毬。
ソファーの中に潜んでいたものこそ、彼女のかつてのクラスメート。
一週間前に、柚子と共に出くわした同窓生。
§§
「火毬はカリスマだった、おれたちの灯火だった。だからこそ、不可侵でいるべきで……なのにそれを独占しようとしたこの女が許せなくて、おれは!」
これが、大宮和利が自供した動機だった。
案山子火毬の非公認なファンクラブ会員だった彼は、会員でないにもかかわらず近しい位置にいる佐々木柚子に対して憎悪を抱き、つきまとい、嫌がらせなどの行為に打って出たのだという。
「じゃあ、うちが怯えてる間、こいつはずっと尻の下にいたっていうこと……? うわあ、むりムリ無理……!」
全身に鳥肌を立て、騒ぎ立てる柚子。
誰しも人間椅子の、えもいわれぬ嫌悪感を、実際に体験したいわけではないのだ。
「しかし、問題は何も解決していない」
女性の一人暮らしの部屋。
そこに集まった保険屋、神祇官、自称霊能力者、ストーカー、そして電脳美少女と、手狭になった空間で、一同を見渡しながら、清十郎は告げる。
「この部屋で起きている怪異は、まだ収まったわけではないのだ」
事実、先ほどからドアを叩く音や、窓にものがぶつかる音、天井の軋み、床鳴り、着信音などが室内には溢れていた。
組み伏せられた姿のまま、和利は勝ち誇った顔をする。
「ざまぁみろ! この部屋からは逃げられないぞ! おれが授けてもらったバケモノは、火毬さん以外をきっとぶっ殺して――ぎゃっ!?」
関節が外れるギリギリを見定めて極めつつ、状況を打破すべく黒き保険屋は思考を回す。
怪異の正体は何だ?
推測した時点では家鳴りだった。
だが、家鳴りが電話をかけるだろうか?
人の声を真似するだろうか?
「珠々、音にまつわる怪異をピックアップ」
『
「現状から絞り込めないか?」
『現代適応怪異は、変異を遂げた怪異。根底のルールが見えなければ、私ではムリね』
ピクリと、清十郎の眉が震える。
私ではと、珠々は言う。
ならば、この場の誰になら可能だというのか。
保険屋として、あるいは真っ当な大人として、恐怖に震える女性を無視はできない。その命を危険にさらし続けるなど、あってはならない。
だが、清十郎には打つ手がない。
「……待って。珠々さま、あたしちゃんに小豆洗いのこと教えて」
いまにも倒れそうだった友人を、ずっと支え続けていた火毬が、バッと顔を上げた。
電脳の美少女はなぜとは問わない。
その時間で情報を検索し、提示する。
横からディスプレイを覗き込んだ火毬は少し考え、こう告げる。
「あたしちゃんなら――
「わ、わたくしですか!?」
突然のオファーに、目を白黒させる自称霊能力者。
火毬は一つ頷き、それから拳を打ち合わせて、勝ち気な笑みで宣言する。
「ここからは、あたしちゃんの流儀でいくのだ!」
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