第二話 雷獣のミイラ

「現存する人魚のミイラ、その一大生産地といえば江戸時代で、輸出の窓口といえば出島だったわけだけど、伝統工芸としての妖怪ミイラは海外で非常に人気でね、逆輸入される形で国内にも広がっていくんだが……その中でも珍品中の珍品がこれ、雷獣らいじゅうのミイラ」


 皆木みなぎ依己乃いこのの変貌について調査を行おうとした清十郎を。

 わざわざ呼び止めた皆木希人まれひとは、自慢のコレクションを披露しはじめた。

 民俗学のフィールドワークで各地を転々とする中で、集めたものだという。


 河童や人魚という、明らかに猿が材料になっているミイラを順番にみせられたあとに待っていたのが、雷獣だった。

 それは一見して中型の獣ぐらいであり、茶褐色の体毛を有する、猫のようななにかのミイラであり。


「河童は、人や馬を襲う合理性がある。あれは制御出来ない大自然を、人が治水工事でコントロール出来るようになって、それでも恐れ、事故や水害から女子どもを遠ざけるために考え出した妖怪だからだ。人魚は食べるイメージが強いかな。どこの国でも、ゲテモノの魚が網にかかれば市場に出さず食べていただろう? 近年だと、人魚が人を食うイメージも強いのだけど、それはある漫画家の功罪で……それで、雷獣だ」


 希人は説明不要だろうがと前置きをして語る。


「雷と共に落ちてくる獣が雷獣だ。これ関係で言えば、雷様にへそを取られる、なんてことも言うね。あれは雷に打たれると臍、つまり魂を取られてしまうからとか、お腹を押さえることで身をかがめて雷に打たれにくくする知恵とかいろいろな説があるが……ともかく肝要なのは、雷獣のミイラが珍しいと言うことさ」


 日本では文豪が雷獣を飼育していた。

 トウモロコシを好んだなどの記述があるにもかかわらず、雷獣の標本はほとんどないのだと彼は続ける。


「これはね、雷が未だ恐れられている証明だと思っているんだよ。電子技術が発達した現代だからこそ、雷や地震は、未だ恐怖の対象なんだろうね。精密機械を壊し、文明を衰退させる大災害さ」


 情熱的にそこまで語り終えて。

 ようやく清十郎は、恩師の広義から解放されたのだった。

 そうして、一路、調査へと向かう。

 まずはタブレット端末を取り出し、相棒を呼び出す。


「珠々、このひと月、この付近での落雷情報を出してくれ」

『…………』

「通信を無視したことは謝罪する。だが、あのひとにおまえをみせるのは得策ではなかった」

『でしょうね。きっと私、研究対象にされていたわ』


 ため息を吐くと共に、珠々が情報を羅列。

 無数のてのひらが海から生えて、彼女へと情報を手渡す。

 格段に収集能力が向上しているらしかった。


『検索結果は1件、独影山こかげやまで落雷が起きているわ』

「それに依己乃いこのさんが巻き込まれたと?」

『関連情報を漁っているけど、個人名は出てこないわね』

「ふむ……念のために近くの病院を可能な限りピックアップしてくれ。事実として雷撃を受けていたら、治療を受けていないわけがない」

『オーケー。山のほうはどうする?』

「行ってみないことにははじまるまい」

『保険調査員もつらいわね』


 皮肉るように微笑む珠々へ。

 まったくだと、清十郎は肩をすくめてみせた。



§§



 独影山に到着してから、清十郎達は幾つかの調査を行った。

 一つは伝承を探ること。

 これは主に珠々の役目となり、データーベースから無数の逸話が抽出される。

 なかでも一つの昔話が、清十郎の目を惹いた。


「山に登ると、自分とよく似た影を見る、か」

『ドッペルゲンガーの類いかしらね。ただ、これで寿命が減るとか、死期が迫るという話はないのよ。だから錯覚が起きやすい土地、というだけの可能性もあるわ』

「このひらけた山がか?」


 不思議そうに、黒い男は首をかしげる。

 事実として、独影山に高木は少ない。

 下生えもそれほど密集しておらず、とはいえはげ山ではないという不自然な植生をしていた。

 沼地や、失地が多く、歩ける場所を探す方が難しい山道を、清十郎は登る。


「なぜ、このような場所へ依己乃さんは来たのか」

『当然の疑問ね。誰かに呼び出されたのか、目的があったのか』

「散策を楽しむには、いささか不向きだろうからな」


 点在するぬかるみは、不定形のうごめきをみせ、いまこの瞬間にもなんらかの形を取りそうに彼の目には映った。

 それが蒙昧な恐怖心から来るものか、あるいはそういった怪異が実在し、現代へ適応しようとしているのかは、案山子清十郎をしても判断出来ない。

 ただこの場が、尋常ならざる錯覚を引き起こしても不思議ではない場所だと、そう認識するにとどめる。


 次に彼らが行ったのは、落雷が起きた場所を見つけることだった。

 山頂付近から、円を描くようにして下山しつつ、痕跡を探す。

 珠々による当時の気象モデル演算から、おおよそ当たりをつけた場所へ足を運ぶと、特に苦もなく雷が落ちた場所は見つかった。


「地面が焼け焦げているな」

『ガラス化まではしていないけれど、クレーター状の陥没とひび割れた土。間違いなさそうね』

「植物が少ないからこそ、火事にはならなかったか」


 不幸中の幸いだと口にしつつ、清十郎はさらに周囲を観察していく。

 すると、地面の色が三色になっていることへ気が付いた。

 他の沼地と同じ色合いの場所。

 雷によって焦げた場所。

 そして。


「さらに湿気の強い土、色合いの濃い土だ。掘り返した痕跡か?」

『誰かが落雷の痕跡を採取しようとしたのかしら』

「それにしては深く大きく掘っているようだが……ふむ」


 清十郎は思案げに顎を撫でると、背嚢バッグを降ろした。

 そこには皆木宅で預かってきたフィールドワーク用の装備一式が収まっており、携帯シャベルもあった。

 彼はそれを、地面へと突き立てる。


『掘り返すつもり? あなたの体力でも、小一時間はかかる範囲よ?』

「調査員である以上は見過ごせまい。それよりも」

『現場の写真でしょ。言われる前から撮ってるから、存分に物色して頂戴』

「ありがたい」


 あとは黙々と、巨漢は手を動かした。

 そうして、常人ならば丸一日かかるような量の土砂を掘削したとき、彼は眉をひそめることとなる。

 なぜなら、地中から現れたのは、


『これは……動物の遺骸?』

珠々じゅじゅ、データ照合」

『なにとよ』

「アーカイブ、数時間前、皆木邸みなぎてい閲覧物」

『……! 清十郎、あなたの推測、あたりよ』


 画面の向こう側で。

 苦渋に満ちた表情の珠々が、告げる。


『これ、雷獣の死体だわ』

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