第26話全国高校探索者大会予選5結菜の場合

委員長 結菜視点




「伊織君も氷華さんも凄いのですわ」




一人、百貨店の一階の一番奥に潜む結菜。




手にはスマホが握りしめられており、そこには大会の実況中継が流れていた。




「伊織君も氷華さんもチェックメイト・・・」




と、言うことは、三大クランのうち、【灼熱の蒼焔】以外の【閃光のエリアル】、【無限の闇】の二つが壊滅した事を意味する。




伊織の予想では、この後、伊織と氷華への接触は避け、逃げ回る。




しかし、伊織は残りのクランの連中を結菜にまとめて吹っ飛ばせと言っていた。




その意味は未知の伊織や氷華ではなく、クランでも有名な優等生、つまりは能力が知れ渡っている結菜に残りの勢力が全てやって来る筈という事。




結菜を潰せばパーティの三分の一を削った事になる。




後は逃げ回って、時間を稼ぎ、タイムアウトで判定勝ちを狙う作戦。




探索者大会はポイント制で、生存者の割合でポイントがほぼ決まる。




撃破数もポイントに含まれるが、生存率が最も高いポイント。




故にクラン内で同盟を結び、先ずは他のクランとの削りあいになる。




通常だと、この小競り合いだけに終始し、大半の強豪パーティは予選を突破できる。




たった二人で、二つのクランの全勢力を壊滅させるなど、前代未聞。




「そろそろですわ」




結菜はスッと立ち上がる。




整った容姿に細く、しなやかなスタイル。




服装はと言うと、清楚なブレザーの学生服を身にまとう。




八王子とは言っても、仮にも東京都だからか、結菜のスカートの丈は少々短い。




彼女らにとって、スカートの丈を短くする事はスタイルを少しでも良く見せる努力であり、自身でもかわいいと思えるからの行動。




もちろん、早く大人に近づきたいという子供じみた背伸びの行動でもあった。




「それにしても氷華さんのスカートの丈は短すぎるのですわ」




結菜はそんな感想を述べる。




それ程変わらない。強いて言えば、氷華の方がコンマ二、三ミリは短いのだろうが、結菜とっては信じられない差と思える。




「ズルいのですわ」




口元をすぼめ、苦言を一人で呈する結菜。




つい先程、クラン【無限の闇】の大将を討ち取り、ビルの屋上に颯爽と飛び上がり、こちらの方を見つめる氷華をカッコいと結菜は思った。




その時に氷華のスカートの丈が自分よりかなり短いと思え、苦言を呈している。




「三ミリは短いと思うのですわ」




実際は一ミリ以下で誤差の範囲。




乙女心はメンドクサイものである。




「・・・それにしても」




何故か意気消沈する結菜。




何か秘め事があるかの様な様子。




「上からの命令。従うしかないのです」




結菜には探索者以外の顔があった。




それは陰陽師。千年以上前から日本を陰から支えて来た謎の組織。




探査者としての結菜には察知のスキルも無く、他の探索者の接近を検知する事などできない。しかし、式神が他の探索者の接近を知らせてくれた。




「姿を現してください。物陰に潜んで接近しているのですの」




「これは驚いた。君がこんなに勘がいいとはな」




「これは我がクランの誉れ高きエース、藤沢栄一郎君ですの」




「何が誉れ高きエースだ! つい先程から、俺達クランのエースは如月伊織と姫野氷華の二人に変った。いや、既に選抜大会の勝者なんて明白だろう?」




「あら、戦ってもいないうちに決めつけるなんて、クランマスターの教えに反しますわ」




伊織達のクランのエース、藤沢栄一郎達のパーティは苦々しく一ノ瀬結菜を見据える。




そして、覚悟が決まったのか、全員抜刀して結菜の方へ剣を向ける。




「悪く思うな。優勝はできないだろう。だが、最後まであがいて、せめて二位か三位の座は確保しないとな」




「まあ、随分と物騒な剣幕ですの」




良く言えば陽気、悪く言えば、場違いな能天気。




それが結菜。どこか天然ぽさがある。




「悪いが、さっさと終わらせてもらう。この百貨店は俺達【灼熱の蒼焔】の全員が包囲している」




「あら、貴重な情報をありがとうですの」




にっこり笑う結菜に何故か腹立たしく思える栄一郎。




「みんな、一斉にかかるぞ!」




「おう!」




「了解!」




「痛く無い様に一瞬で終わらせてやるさ」




「ですから、最初から決めつけるのはマスターの考えに反しますの」




「お前は一体何をッ!」




結菜のとぼけた言葉に皆、頭に血が登って行く。




だが、次の瞬間、結菜は笑っていた。




「なッ!」




「恐怖でおかしくなったか?」




しかし、栄一郎の本能は違うモノを捉えていた。




それは恐怖。底知れない違和感への恐怖。




「第四術式・・・【崩壊】」




「何だこれッ!」




「く、空間がぁ」




「こ、壊れてく」




これまで、クラン【灼熱の蒼焔】のトップとして君臨して来た藤沢栄一郎は己の未熟さを痛感した。




一ノ瀬結菜は良く知っている人物・・・そう思っていた。




しかし、それは如月伊織や姫川氷華とどれ程の差があったか?




あの二人が化け物だと知れた時に何故思わなかったのか?




目の前で笑みを浮かべながら、殺気を放っている一ノ瀬結菜もまた化け物だと。




「グあぁああああああ!」




「壊れる! 俺の身体が壊れる!」




周りの仲間が壊れて行く。いや、空間自体が壊れてひび割れて行く。




本来、死亡判定の時にしか出ない筈の空間の歪みがあちらこちら中に発生し、正しく空間が崩壊している。




どう考えても結菜の仕業。




せめて、せめて一太刀。




そんな想いが栄一郎に無意味な英断をさせる。




「一ノ瀬ッ! 覚悟!」




「第一術式【撚糸】」




栄一郎の頭は胴と生き別れになった。




消えて行く意識。だが、一言が頭に入って来た。




「だから言ったのですの。最初から結果を決めつけるなんてマスターの考えに反していますの」




栄一郎はようやく理解した。結菜と自分の差を。




これだけの力を持ちながら、結菜は絶えず相手や周囲に気を配っていた。




それに比べて栄一郎は結菜を戦闘能力の低いヒーラーと決めつけていた。




敬愛するマスターの意見すら理解できていない自分と結菜の間に差があるのは・・・当然、と。

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