第14話天使メタトロン

「広範囲魔法が必要ですの?」




緊張感の漂う中、一人呑気な声で呼びかける人物。




それが結菜だった。




彼女は優等生。おそらくレベルは90台だろう。




彼女はヒーラーの筈。




スキル所有枠の制限から個人バフを取ると、残ったスロットは二、三しか残らない。




なのに広範囲攻撃魔法を持っていると言うのか?




いや、意味がない。俺の【斬撃】、筋力、耐久力、敏捷力百倍のエキストラスキルを使っても数十に止めを刺すのがやっとの天使の軍勢。




氷華の【魔力集中】の知力、魔法攻撃力百倍のスキルがあって始めて殲滅可能となる。




結菜に広範囲攻撃魔法があったとしても、それは・・・。




「結菜。言いにくいけど」




「そんな事言わないで、私にも任せてくださいなのですわ」




にっこり笑う結菜。




この状況にあまりにそぐわない表情。




恐怖のあまりに壊れたのか、結菜?




「ああ。頼む」




俺は一縷の望みをかけた訳じゃない。




ただ、何も考えず、そう言ってしまっただけ。




途端、結菜の雰囲気が変わった。




穏やかな笑顔が似合う彼女から次の瞬間あふれ出たモノは・・・これは殺気か?




あまりにも結菜に似合わないオーラ。




次の瞬間、結菜は短くこう言った。




「第三術式展開【墜落】」




「な!?」




「何これ?」




太陽が煌めく青空が一転、夜空が広がった。




少し空が明るい。そうか、星々の煌めきか。




気が付くと、氷華が空を眺めてボケッと放心している。




「氷華。気をしっかり!」




「ねえ。あれ、何?」




氷華が指さしたのは星々の煌めき。




澄み切った空は真の闇で、星々が近くに見える。




近くに見える?




いや、近すぎるだろ!




目を凝らすと星々は瞬いているのでは無く、動いていた。




そして、流れ星となりほうき星となった。




「まさか!」




そして、体中に感じる異変。




「ぐっ! 何だ? 重力がおかしいのか?」




星々が近づくにつれて体中に重い圧がかかる。




見ると天を自由に飛んでいた天使達の軍勢が落下していく。




「隠していてごめんなさいなのですわ。流石に命にかかわると使わざるを得なくって。私、陰陽師なのですわ」




「は?」




「何それ?」




俺も氷華も素っ頓狂な声を上げる。




「ですから、私は探索者である以前に陰陽師なのですわ。何故か探索者としてレベルが上がる様に陰陽師としてのレベルも上がったのですわ。新しい発見だったのですわ」




一転して、陽気な空気に包まれ、気楽に喋る結菜。




これまで戦力としてはあまり期待していなかった結菜のまさかの能力。




やってくれるな。




お前、主人公じゃないのそれ?




「特定の空間を設定しなおしましたわ。私達のいる場所は安全ですの」




隕石がどんどんどんどんと近づき、地上に激突して行く。




星が近づくにつれて増して行く重力は安全圏の俺達の処にも伝わってくる。




おそらくあっちは百G位あるのではないだろうか?




隕石が衝突する以前に重力に押しつぶされて、身体が爆散する天使達の軍勢。




結菜・・・。すまん。俺は侮っていた。




あの傲慢な天使の事は言えないな。




に・・・しても、スゲーなお前。




凄まじい破壊音と共に、天使達の軍勢は壊滅していった。




隕石が次々とダンジョンの床に衝突して行く。




「ねえ、伊織。アイツにあたしの【咎人の束縛】と伊織の【不死の咎人】の礼装のスキル使えるじゃない?」




「え? あ・・・お前、性格悪ッ!」




「失礼ね。天才軍師と呼びなさいよ」




天使の軍団は壊滅した。俺と氷華は隕石が衝突しても、なおくぼみ一つないダンジョンの床を走って炎の柱に向かった。




結菜は休んでいる。




あれだけの術式を展開すると、流石に疲労が蓄積するらしい。




念のために式神を召喚して守りを固めると言っていた。




これからは俺達の出番。




あの高慢ちきな天使の鼻をへし折ってやる!




☆☆☆




「随分な様子だな。天使?」




「まさか・・・人間の柱が混ざっていようとはな・・・油断・・・した」




「油断どころか、お前、既にボロボロじゃねえか」




「あんたバッカじゃないの? あんなに威勢よく人を侮ってその体たらくは何?」




氷華が天使を嘲る。これも計算のうち。




「何を勘違いしておる。私に勝てるとでも思っているのか?」




「ああ、そのつもりだ!」




「もちろんだってのよ!」




一瞬、歪んだ笑みを天使が見せたような気がしたのは、気のせいではないだろう。




表情にでなくても、立ち振る舞いや行動、漂う空気でわかる。




ヤツは無造作に立ち上がり、瓦礫と化した炎の柱を背に宣言した。




「お前達に絶望を与えてやろう。私を侮辱した罪、許される事ではない。もはやお前達に私の配下になるという選択肢は与えん」




どこまでも傲慢な天使。




今なお俺達を侮っている。




ついさっき、手ひどい反撃をもらった事を忘れたのか?




ああ。俺も結菜の事を侮っていたさ。




覚醒者である俺と氷華の前では差は歴然・・・てな。




だが今は違うぜ。あいつはすげぇって、そんな簡単な事じゃない。




侮るって事は危険極まりない、という事を身をもって知った・・・というだけの話。




ほんとに慢心って良くないな。




あの元パーティリーダーの藤堂の気持ちが一瞬わかった様な気がする。




だが、俺は戻らなければ。




謙虚な昔の自分に。




俺をレベル99にしてくれたのはパーティのヤツらのおかげだ。




あんな奴らでも、その実力は認める。




だから実力差が開いたとしても、侮ったり、嘲ったりはしない。




それ以前に俺達は同じ人間。




上には上がいる・・・という当たり前の事。




人に上も下もないって言う当たり前の話。




それを実感したよ。結菜はバケモンだけど、至って普通人だもんな。




頭が下がるよ。俺も見習わないとな。




「さあ、最後の戦いを始めようじゃないか、天使?」




「私の名はメタトロンだ」




「覚えておくつもりはないからいい」




場に緊張感が走る。




顔に表情がないコイツから止めどもなく殺気が立ち昇ってくる。




「行くぜ! 氷華!」




「任された! 【魔力集中】アイスバレット!」




氷華の【魔力集中】からのアイスバレットがメタトロンを襲う。




だが、これは陽動。信じがたい速度で避ける天使は自然と攻撃の手の薄い方へ。




「覚悟しろ! このクソ天使! 【斬撃】!」




メタトロンの未来位置へ筋力、耐久力、敏捷力百倍の状態で剣戟をたたっこむ俺。




「・・・ッ!?」




俺の剣がヤツを捉えたと思った瞬間。ヤツはおれの速度を上回った。




気が付くと、ヤツの剣が俺の心臓を貫いていた。

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