第15話『着せ替え館』への招待状②

***シモン***


「意外と賑やかだな」

 一昨日の晩、俺が駆け抜けた無人の通りは、現在ひっきりなしに人々が往来し、店先からは談笑が聞こえてくる。子供は元気そうに走っているし、老人は杖をつきながら鳩に餌をやっている。俺の目の前にあるのは平和そのものといった風景だった。

「意外?」

「この国って、大きな国の支配下にあるんだろ? それにグランマの話じゃ犯罪も多いって聞いてたから、もっとこう、重苦しい感じかと思ってたんだけど……」

「帝国はボルヘミアをはじめ領邦の自治権を認めている。最初からそうだったわけではないけれど、少なくとも今はそう。帝国の一部ではあるけど、圧政を布かれているというわけじゃない。治安も場所と時間次第。少なくとも劇場近辺は比較的安全だと思う」

「なるほどな。じゃあ、あの人は何をしてるんだ?」

 男が、道端に立っている人形の両手を取って、人形に向かって話しかけている。距離があるせいで何を言っているのかはわからないが、人形に向かって一方的に話しかける異常な光景に見える。

「何って、人形通話だけど……それも知らない? 遠くの人と会話できる道具。まだ一家に一台とまではいかないけど、街角と、役所や病院みたいな大きな施設には必ずある。あと裕福な家にも。もちろん、劇団にも数体ある」

 まさか公衆電話まで人形になっているとは。見慣れぬ光景を前に俺の視線はさまよう。立ち並ぶ建物は赤い屋根にクリーム色の外壁が多い。妹が昔、遊んでいたドールハウスを彷彿とさせる玩具のような街並みだ。ふと、大きな硝子張りの店が目に入った。人形の並ぶショウウインドウ、すぐ脇に値段の書かれた札が置かれている。「ボルヘミア製 最新モデル 3万5千コルネ」──魔法人形マギアネッタの販売店のようだ。最新型でこのお値段。なかなか気軽に買える代物ではないだろう。ましてバンバン壊していいものでは絶対にない。

「徒歩で行くには少し時間がかかるから、人形馬車で移動しましょう」

「人形馬車?」

 リリシュカが視線で示したほうを見て、俺はすぐに合点した。道の向かい側から、人形が人力車よろしく幌付きの車を引っ張り走って来る。車に座っているのが主人の人形遣いなのだろう。人形馬車は俺たちの横をさっさと走り去っていった。

「この先の広場に貸し車屋がある」

「……俺が走るんだよな?」

「嫌なら魔法二輪でもいいけど」

 リリシュカが言っている二輪というのは、さっきから何度かすれ違っている原付のような乗り物のことだろう。乗り心地は悪くないように見える。

「あれ、私の魔力で直接動かすから、少し速度が出るけど」

「……やっぱり人形馬車で行こう。俺が走る」

 いわゆる虫の知らせというやつだ。たとえ馬扱いされることになっても、ここで選択を誤ってはいけない気がした。


***


 リリシュカに命じられるままにしばらく通り沿いに車を走らせると、それまで敷かれていた美しい石畳が途切れ、橋が現れた。橋の下は水の濁った川が流れている。

「なんか急に雰囲気変わったな。もしかしてこの先か?」

「そう、この先が本邦有数の歓楽街、ラダ地区」

 橋を渡り切った先は、まだ日中だというのに人の気配は殆どなく、薄汚れて罅の入った壁の建物ばかり。道端には吐しゃ物らしきものが平気で放置され、鴉の鳴き声がそこかしこからする。やがて俺は六角形の特徴的な外観を備えたレンガ造りの建物の前で車を停めた。『リー姉妹の着せ替え館メゾン・クローゼット 一号』という看板が掲げられている。

「車、こんな所に放置でいいのか?」

「どうせ誰も盗まない」

 リリシュカが入り口の扉をノックすると、中から一人の女性が現れた。鼻筋のすっと通った若い女性だが、その顔に似合わないしゃがれた声で「どうぞ」と俺たちを中に招き入れた。リリシュカが耳打ちする。

「あれ、人形だから」

「え?」

「皮膚が樹脂製で表情も動くようにしてある。高級な愛玩人形には珍しくない」

 館内は六階建ての吹き抜け構造で、一階の広間からは上階の廊下や部屋の扉まで全て見える。出入口のある一階だけ四部屋で、他は各階五部屋ずつある。広間のタイルは白と黒が交互にはめ込まれ、大きな花瓶や赤い絨毯の敷かれた階段が、いかにもな高級感を醸し出していた。人形はそのまま一階の階段の右隣にある部屋の前に俺とリリシュカを案内した。扉の奥から人形と同じ声がした。

「どうぞお入りになって」

「失礼します」

 リリシュカが扉を開けると、二人の女性が俺たちを迎え入れた。

「ようこそ、ニズドの方。さあ、そこの椅子におくつろぎになって。わたくし協会の代表を務めているスザンヌ・リーと申します。気安く、マダム・スザンヌって呼んでくださいな。それと、こちらはわたくしの妹です」

「イボナ・リーよォ。よろしく」

 姉妹とのことだったが、長身で狐顔のスザンヌと、何から何まではち切れんばかりのイボナは正反対と言うべきか、デコボコの印象を受けた。とはいえ、ともに四十代半ばぐらいで、肩のあいたドレスや濃い化粧が、どちらも夜に属する人種であることをほのめかしていた。

「ご依頼の内容は、『協会員四名を「破壊」した者を探し出し、同等の罰を与えること』でしたが、詳しくお聞かせ願えますか?」

「ええ、もちろん」

 そう答えたのは姉のスザンヌの方だった。

「あなたにお願いしたいのは、うちの大切な商売道具、愛玩用の魔法人形四体分の仇討ちですわ」

(え……)

 思わず声が出そうになったが、俺は吐息一つ漏らしてはいない。この姉妹の前では人形のように振る舞え、というのがリリシュカの俺に対する命令らしい。それにしても、人ではなく人形の敵討ちを依頼されるとは。しかし俺と違ってリリシュカにはまるで驚く様子はなかった。

「昨今、新聞を沸かせている連続殺人形犯マギアネッタ・キラーですね?」

 リリシュカの質問にスザンヌが頷く。

「さすが、ニズドの方。話が早くて助かりますわ。そう、今月に入ってもう四体、紅貝通りの着せ替え館の人形たちが、何者かに壊されてしまったの。この店が一体、妹の店が一体、そしてわたくしたちの系列店で一体、系列店ではないけれど、協会に所属する別の店でも一体……長いことこの街で商売を営んでおりますが、こんなこと初めてですわ。ただでさえ、愛玩人形は人が触れる所を全て樹脂皮膚で覆う分、値段が張るというのに……」

「人形が殺された状況をお聞かせください」

「この店で壊された人形は、わたくしがちょうどこの時間、開店準備のために出勤したところで見つけたんですの。店を開けようとしたら、なんと扉の鍵が開いていて、締め忘れたのかと慌てて中に入って館の中を確認すると……ああ、なんということでしょう。早速、一階の広間の入り口付近で見つけてしまったんです、無惨に壊れた人形を。それはもう酷い有様で……手足や頭は砕けて、美しい顔は見る影もなくなっていました」

「つまり突き落とされたと?」

「ええ。この店も系列の店も、上階に行くほど上等のお部屋とおもてなしをさせていただく仕組みになっておりまして、壊された人形は最上階の部屋を担当する一番人気でしたの。犯人は、わたくしや従業員が帰った閉店後に忍び込んで、六階の部屋から人形を運び出し、手すりから突き落としたのだと思います」

「出勤時、館の鍵が開いていたとのことですが、この館の鍵を、ここの主人である貴方以外で持っている人は?」

「妹のイボナですが、彼女とは出勤するまでずっと一緒にいましたからね」

「人形以外に何か壊されたり、盗られたものは?」

「いえ、館の金庫や部屋の調度品などくまなく調べてみましたが、人形以外には全く手を付けられておりませんでした」

 リリシュカはそこまで聞いて、何かを考えるように唇に手をあてた。

「……物盗りではなさそうですね。愛玩人形なら高値で売るルートもあるはずですが、壊してしまっては意味がない。店への怨恨なら店中の人形を破壊すればいいはずなのに、一体というのもおかしい……何か犯人に心当たりは?」

「わたくしたちにもサッパリ。もう気味が悪いし、このままじゃまた同じような事件が起こってしまうかもしれないし、それでニズドにお願いを出したの。警察はわたくしたちのことなんて、まともに取り合ってくださらないからね。それこそ、鍵はわたくしたちの不始末扱いで、『犯人はそこらの酔っぱらいだろう』なんて抜かして帰りやがったからな、あのポリ公ども!」

「お姉ちゃんってばァ、落ち着きなよォ、ねェ?」

 青筋たてるスザンヌをイボナがなだめる。言葉の悪さはともかく、建造物侵入に器物損壊までやられて、このぞんざいな扱いは腹を立てても仕方ない。

「そういえば、事件が最初に起こったのは、この館ですか?」

「いえ、最初は妹のお店でした。状況はわたくしの店と全く同じで。出勤したところで壊されている人形を見つけたと。そしてその人形もまた店で一番人気の子でした」

「でも二件目の被害に遭われたはずのマダム・スザンヌの反応は、先ほど聞いた限り、予想外のことに動揺しているようでした。もしマダム・イボナから話を聞いていたのなら、鍵が開いている時点で、締め忘れではなく、自分の店も似たような被害に遭っていると考えるのが普通では?」

 姉妹の顔が同時に曇った。スザンヌの方はやや視線が泳いだだけだったが、イボナは明らかに動揺しているようだった。そして口を開く。

「それは、お姉ちゃんが変なんじゃなくてェ、あたしが話さなかったからよォ」

「話さなかった? 店に何者かが忍び込んで一番の稼ぎ頭が壊されたのに、それをお姉さんに話さなかったのですか? そしてお姉さんが知らなかったということは、警察にも話さなかったのだと思いますが、それは何故?」

「そ、それはァ……」

 リリシュカの丁寧だが逃げる隙を与えない物言いに、イボナはタジタジになり、いつの間にかこめかみのあたりから汗が垂れ流しになっていた。

 憐れな妹を庇うように、スザンヌがハンカチで妹の汗を拭いながら言った。

「ご覧の通り、この子は少し気が弱い所がありましてね、姉に迷惑をかけてはいけないと、当初は事件のことを内緒にしようとしていたらしいんです。でも、この店でも同じ事件があったと知って、ぜんぶ打ち明けてくれたの」

「ごめんねェ、お姉ちゃん……」

 不自然といえば不自然な行動だが、このイボナの言動を見ていると、たしかにそういう合理性を欠いた行動を取りそうな節はある。リリシュカも同じような所感を抱いたのだろう、ふぅっと溜息をついてそれ以上、その件を追及はしなかった。

「壊れた人形は、その後どうされましたか? 残されているなら、是非見せていただきたのですが」

「わかりました。少々お待ちを」

 スザンヌがそう言うと、入り口で俺たちを案内してくれた人形が、彼女の無惨な同胞を引きずってきた。

「こちらがその人形、わたくしどもが仇を取ってもらいたい、憐れな犠牲者です」

 俺とリリシュカの前にどさっと置かれたその人形の顔を覗き込み、リリシュカがハッとしたような顔になった。俺も、もし表情筋が動くなら同じような顔になっていただろう。リリシュカが呟く。

「人形の目がない……?」

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