第13話亡霊と人形④

 ***


「目下の目標は、上半期の終わりまでに特待生になること。罰金のことがなくても、エトワールを目指す以上、特待生入りは必要なことだと思っていたから、私のやるべきことは変わらない。七月十五日までにあと20万コルネ稼ぐの」

 寮室に戻って来るなり、リリシュカはそう言った。目的と情報の共有。リリシュカに協力すると決めた以上、それは必要なことだった。それに俺は、まだこの世界のことを何も知らない。疑問は無数にあった。

「その1Cってどのぐらいの価値?」

「相場って意味だと思うけど、1Cでワイン一杯。2Cでコーヒー一杯。サンドイッチが5C。牛のカツレツが12C。劇団の公演のチケットが20C。大体、こんなところ」

 ワインの方がコーヒーより安いのかなど、引っかかるところもあるが、大体「1C=100円」ぐらいと仮定しよう(実際のCの価値はもう少し高いのだろうが計算が面倒だ)。

「たしか特待生になる条件は、成績上位十位以内だったはずだけど、リリシュカは今、何位で、あと20万Cってのは、どういう計算なんだ?」

「私の成績は今、40万Cで、順位はエトワール候補になる上級生百二十人中四十位。特待生になるのは、いつも大体、七月時点での成績が60万C以上の人たち。絶対とは言えないけど、今年の成績上位勢もほぼ例年通りぐらいの成績だから、そう外れない予想だと思う」

「百二十人中四十位」と聞いてパッと浮かんだのは、中の上。その言葉は、俺自身にとっては馴染み深いものだった。しかし、リリシュカは座学もできて、実技は言わずもがな。そもそも飛び級するほどの才能のはず。それにしてはパッとしなすぎる。といっても売上40万C。約4千万円だ。学生が稼ぐ金額では決してない。

 リリシュカが話を続ける。

「成績は昼公演マチネ夜公演ソワレの合算。さっき言った通り、チケット代は20Cで、劇場の収容人数は約千二百人。といっても、毎回入りは八割程度だから、一公演あたりの売上総額は約1万9200C。ただし、諸々の経費としてまず半分が差し引かれる。そして、残った9600Cを出演者たちで分配するのだけど、出演者に入る金額は、その公演で獲得した銀星の得票数による」

「銀星?」

 リリシュカは机の引き出しから何かを取り出し、俺の掌にのせた。一見、銀貨のようなそれは、金属にしては重みも、指に触れた時の音も軽かった。たぶん、木か樹脂にメッキがなされたものだろう。

「チケットの半券をもぎる時に、これを代わりに観客に渡すの。そして、公演後、一番いい演技をしていたと思った役にこの銀星を投票する。その得票率がそのまま役を演じたマフカの取り分になる。私が舞台に上がる場合、得票率は平均六割弱。最低でも毎回6千Cの売上が私に入る」

 毎回、舞台を見た二人に一人以上がリリシュカに投票しているということは、彼女は不動のナンバー1でアイドルならセンターというところか。

「固定客とか追っかけでも出てきそうだな」

「私たちは毎回仮面をつけているし、舞巫自身の名前も看板に載ることはない。観客が見るのは、舞台で演じられる役だけ。名前のない私たち自身に、贔屓の客というのはあまりつかない。とはいえ、体つきや演技に特徴のある舞巫だと、勝手にあだ名がついたりもするけど」

「リリシュカのあだ名は?」

「……人形姫。男役はほとんどやらないから」

 誰が言い出したかは知らないが、的を射たあだ名だと思う。しかし、俺がそう思うのは、仮面の下のこの人間味を欠いた整った顔を知っているからだ。それとも、俺が顔から受け取っていると思っている印象は、その実、彼女の全身から発されているものなのだろうか。舞台の上で、そしてレッスンルームで、彼女は人形のように、いや、人形以上に、正確無比に動いてみせていた。

「じゃあ、いつも主役ってわけじゃないんだな」

「それはそう。脇役を演じることだってあるし、演者じゃなくて、裏方仕事の日だってある。裏方も公演には欠かせない存在だし、一公演300Cはもらえる。これは経費からの支払い。そして公演の機会は各クラス週に二度。私の場合、平均すると毎月、昼公演だけで4万の売上になる」

 4万円ではない。4万C、つまり400万円だ。これだけでも十分すぎる稼ぎだと思うが、これでまだ彼女の仕事の半分でしかないのだという。

「夜公演の報酬はまちまち。自分で依頼を選べることもあるけれど、大半は担任、つまりジゼル先生から回ってきたものをこなすだけだから。もちろん、事前に先生に好みを伝えることはできる。たとえば『危険度は問わないから高額な依頼がいい』とか。結果的に、私に回ってくる依頼の報酬は平均すると1万程度。毎回1万というよりは2万の仕事のあとは5千の仕事、みたいなことが多い。……本当に要らない配慮」

 リリシュカは不機嫌そうに溜息をついた。彼女としては、ひたすら2万の危険度の高い仕事だけをしたいのだろう。それが毎回、あの大男と戦うようなものなら、俺としては願い下げだ。

「それで、夜公演は月だといくらになる?」

「一カ月あたり……大体6万。昼と夜、合算して約10万」

「10万……」

 思わず復唱してしまう。つまり、目の前の彼女は月に1千万円近く稼いでいる。命の代価にしては安いのかもしれないが、それでも恐るべき高給取りだ。ただ、そうなるとやはりおかしい。

「それなら今の時点で50万C稼いでるはずだろ。10万はどこに行ったんだ?」

 そう、一カ月10万稼いでいるなら、ちょうど半期で60万。問題なくリリシュカは特待生になれる計算である。なのに何故、計算が合わないのか。

「人形代」

 即答だった。たしかに初めて会った日も、この部屋には壊れた人形があった。そして、それが初めてでもないことは、グランマやカレルとの会話でも何となく察しがついていた。しかしまさか10万C、1千万円分だとは。

魔法人形マギアネッタって、そんなにするのか?」

「この劇団で使っているものだと大体3万C前後。今期は三体壊したから」

「三体なら9万だろ。残りの1万Cは?」

「手足の部品交換とか。自分の人形だけじゃなくて、練習中に他人の人形の腕を飛ばしたりしたこともあって、細かい出費を足すと、総計でおおよそ10万Cの支出」

 1千万円稼ぐ女は1千万円分のものを平気で壊す女でもあったらしい。ようやく彼女の成績がパッとしない理由がわかった。

「くれぐれも絶対に、俺は壊すなよ」

「ドクターも言っていたでしょう。貴方は多少乱暴に扱っても、そう壊れない。だから大丈夫」

「丁寧に扱えって言ってんだよ!」

「善処する」

「……もういい。ともかくあと一カ月で20万C稼がなきゃならないんだろ? いつもなら10万Cは稼げるから、そこは最低保証として、あと10万C……稼ぐアテはあるのか?」

「昼公演は、公演回数も決まってるし、これ以上大きく売上を伸ばすのは難しいと思う。だから、夜公演で高額な依頼を回してもらうか、少額でも数をこなすかのどちらかだと思う。明日にでも、ジゼル先生に頼むつもり」

 高額で危険な依頼を受けるか、安い依頼を沢山こなすか。どちらが良いのか、俺にはさっぱり見当がつかなかった。昨晩のように、ギャングのアジトでドンパチやらされるのはご免だが、安い依頼だから安全で簡単という保証もなさそうだ。暗澹たる気分で床に腰を下ろしている俺をよそに、リリシュカは机で本を読み始めた。俺は周囲に人がいると妙にそわそわして読書ができない性質だが、リリシュカはそうではないらしい。

(……いや、俺は置物なのか)

 一定のリズムでページをめくるリリシュカを横目でぼんやりと見つめるうちに日は暮れて、やがて彼女は本を閉じると食堂に夕飯を食べに行った。

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