第3話

 ちょっと落ち込んだ表情のユキノが学校から帰るなりベッドにゆっくりと倒れる。


「終わって…… しまった…… グループ発表……」


 もうアキトとの会話の口実がなくなってしまったと、ユキノは落ち込んでいた。


「あ~、夢のような時間が…… もうお話できないのかなぁ」


 クラスの人気者であるアキトに、どちらかといえば地味系グループに属する自分が積極的に話に行くことはできない。行く理由もないし、明らかに狙っているであろうライバル達に変に目を付けらてしまう。


 スマホを取り出したユキノはアキトとのメッセージ画面を開く。無意識に送ったメッセージをきっかけに、あれから数回やりとりはしている。もちろんグループ発表の内容についての事務的なものばかりだが。


 それでも彼女にとっては宝物である。やりとりしていた時のドキドキ感を思い出し、幸せに浸っていると階下から母の声がする。


「ユキノー! ご飯よー!」


「はーい!」


 スマホを枕元に置いて立ち上がったユキノは部屋を飛び出しバタバタと階段を下りていった。




 ぬっと、サンタが立ち上がる。今回はスマホを手に取るのではなく、まずはタッチペンをと勉強机に向かう。

 よじ登ってタッチペンを取ってくるとベッドの上でスマホを手に、流れるような慣れた手つきでパスワードを解除した。


『発表お疲れさま。 こんど遊びに行かない?』


 そしてまったく躊躇ちゅうちょせず、サンタは送信ボタンを押した。




「ふぅ、寝るかぁ~」


 と、風呂上りでホカホカしているパジャマ姿のユキノが部屋に戻ってきた。ふと、枕元を見るとスマホの通知ランプが光っている。なんだろう?と手に取って確認したユキノは青ざめた。


「な、なんで??! なんでわたしがアキトくんを遊びに誘ってるのぉっ??!」


 自分が送ったとされる『発表お疲れさま。 こんど遊びに行かない?』には『いいよ、打ち上げ? 男子は俺から連絡しとこうか?』と返信があり、『ううん、二人で』と返している。


「なに送っとるんじゃ!わたし!! いや、わたしなのか??」


 混乱しながらもユキノはメッセージを追っていく。


「……二十ラリーくらいしとる………… 嘘でしょ?! まったく記憶がないんだけど…… っていうか、この時間は確実にテレビ見てたはず」


 ラリーしている九時ごろはユキノがハマっている恋愛ドラマの時間である。ついさっき見たドラマで内容もハッキリと覚えているユキノは何故こんなことになっているのか理解できない。


 しかし、スマホの画面が現実を示している。そこにはアキトから『じゃあ、土曜日に駅前のリオンモールでいいかな?』と待ち合わせの返事を待つメッセージで終わっていた。


 しかたなくユキノは『はい。 よろしくお願いします』と打ち、二、三度大きく深呼吸をしたのちに意を決して送信ボタンを押した。




 それから土曜日までのユキノの日々は落ち着かないものだった。学校でアキトと会ったらどんな顔をすべきか。

 しかし当のアキトはいつも通り。特に二人の間に口数が増えたわけでもなかった。


 何とも思ってないのかなと、ちょっと落ち込んだり。いやいや、断ってこないんだから脈はあるよねと気分を持ちなおしたりと、ユキノは気持ち的に忙しい日々を送った。


 そして金曜の夜。いよいよ明日か……と布団に潜り込んだユキノは「明日、何着ていこう……」と呟き眠りに落ちた。



 むくりと、サンタが起き上がる。


 サンタはベッドから飛び降りるとクローゼットに向かう。頑張ってクローゼットを開けるとサンタはよじ登る。常々つねづね、彼がユキノに似合ってるなと思う服の組み合わせを二組降ろすと、フローリングの床に並べて見比べる。


 フェルト製の髭に手を当てて、う~ん……といった感じで悩むサンタ。しばらく悩んだ後、やはりこちらか、と片方の組み合わせに決める。落選したほうを脇にどけたサンタは次にタンスに向かった。


 タンスの引き出しを開けたサンタは迷わず一組のブラジャーとパンツを引っ張り出す。


 広げてある服の許へ戻ってきたサンタは、そっと服のそばにパンツとブラを添えた。



 翌朝、目覚めたユキノは「えぇぇぇぇぇっ!」と軽い悲鳴をあげた。まるでコレを来ていけと言わんばかりに服が広げてあったのだ。


「何故…… 何故に勝負下着まで……」


 別に性的な意味ではなく、彼女がテストやら何やらと気合を入れないといけないときに着る下着である。


「……まさか、お母さん?」


 いや、そんなことはないはず。そもそも母親は今日、自分がアキトと遊びに行くということを知らないはず。それに勝負下着がどれかということも知らない……はず。


 しかし混乱している暇はあまりない。アキトとの約束の時間があるのだ。


「とりあえず、朝ご飯……」


 そう言ってユキノは部屋を出て階段を下りる。食卓に向かうといつも通りに母親が朝ご飯の支度をしていた。


「あら? おはよう。 早いわね、土曜日なのに」


「おはよう。 うん、ちょっと友達と出掛ける約束。 ねぇ、お母さん、わたしって夢遊病とかある?」


「夢遊病? ううん、ないと思うけど。 なんで?」


「ううん、何でもない」


 そう言って食事に手をつけ、食べ終わったあとの片づけを済ませると歯磨きし、部屋に戻って用意されていた服に着替えて洗面所に行く。身だしなみを整えたユキノは「いってきま~す」と玄関を出ていった。


「何あの子、おめかしなんかしちゃって」


 母親はニヤっとしながらユキノの背を見送った。

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