第2話

 サンタは現れたパスワード画面を押す。彼はいつもユキノの横で見ていたためパスワードが何かを知っていた。


 サンタが布製の指で押す。彼の手は、ぬいぐるみによくあるように親指だけが独立しており、他の指は一つにまとめられた丸い手をしている。ようは親指を立ててグッドをしているような手である。


 その手でスマホ画面を押す…… 押す…… 押す、押す、押す……


 反応がない。


 それはそうだ。布で押したところでスマホは反応しない。


 マジかぁ~…… といった様子で手を額に当てて天を仰ぐサンタ。困ってきょろきょろと周囲を見回したサンタは、あっ!といった様子で何かに気が付く。


 ベッドから降りたサンタはユキノの勉強机に向かってトコトコと歩き、椅子をよじよじと登って机の上にまであがる。


 ユキノのタブレットの横に転がっていたタッチペンを拾うと、それを使ってスマホをタッチしパスワードを解除する。


 サンタはまず、以前ユキノの横でチラッと見た覚えのある画像フォルダを開く。そこにはユキノが隠し撮りしたアキトの写真が大量にあった。


 ふむふむと、じっくりそれらの写真を吟味したサンタは、どうやら誠実そうな印象の男の子と思いホッと安心する。


 次に彼はメッセージアプリを開きアキトとの画面に、ユキノが先ほど打ちかけていた文字を打ち込み、なんの躊躇ちゅうちょもなく送信ボタンを押した。


 ふぅ……っと、一仕事終えた感じを出したサンタは額の汗を拭う仕草をする。そしてスマホを持ってピョンと机から飛び降りると、トコトコと歩いて再びベッドに戻る。


 ユキノの枕元にスマホを置き、自身はユキノに添い寝するように横になるとジッとして動かなくなった。



 翌日の朝。スマホから鳴るけたたましいアラーム音で起きたユキノは、スマホを手に取って寝ぼけまなこで操作してアラームを消す。と、そこで新着メッセージがあるのに気が付いた。


「えっ!? アキトくん!?」


 ユキノは朝一番に届いていた通知を見て眠気が吹き飛んだ。何事!?と慌てて確認するとアキトからは『いいよ、なに?』とあった。


「え?? なにが? なにがいいの??」


 と画面を確認すれば、自分の方から『発表のことで相談したいことあるんだけど、いい?』と送っていた。


「うっそ……」


 血の気の引いたユキノはあたふたしながら「どうしよう?? どうしよう??」とスマホ片手に部屋を歩き回る。


「なんで? 送った覚えないんだけど……? それに送った時間…… 深夜二時?! 送るにしても非常識!」


 どうしてこうなっているのか分からないが、ユキノの目の前にある現実は変わらない。とにかく返事を!とスマホを操作する。


「ユキノー!朝よ! 早く起きなさいっ!!」


 階下から母親の声が聞こえるがユキノはそれどころではない。


「起きてる! ちょっと今緊急事態なのっ!!」


「味噌汁が冷めること以上の緊急事態があるかぁっ!! 早く降りてらっしゃいっ!!」


 母親の怒声に急かされながら、ユキノはとにかく返信をと『学校で話すね』とだけ返して部屋を飛び出した。





「疲っかれたぁ~」


 酷い顔をしたユキノは学校から帰るなりベッドに倒れ込んだ。


「取り繕うのに一苦労だよ…… でも、話す機会が出来てよかったのか…… ふふっ、あんなに話したの初めて」


 さっきまでの酷い顔はどこへやら、思い出してニヤつくユキノは「くぅ~っ!」と呻い《うめ》て枕元のサンタに手を伸ばし、ギュッと抱きしめて転がった。

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