第3話 サッカー場に舞い降りた俺



「……ほぉ、プロってのはこんなふうに練習するんだな。」



 人工芝のグラウンドを疾風のごとく駆け抜けるプロサッカー選手たち。

 その動きを観察しながら、俺は軽く腕を組んでニヤリと笑った。


 目的はただ一つ――プロサッカー選手に挑み、そして勝つことだ。


 

 え?サッカーはやらないって言ってたじゃないかって?



 

「モテるならやるに決まってるだろうが!!」




 グラウンドの端で叫びたくなるほどの真実。

 いや、モテるって素晴らしいことだろ?そのためならサッカーでも卓球でも野球でも、いや、宇宙飛行士にだってなってやるさ。



 俺の最終目標は“美少女ハーレム”。

 そのためなら進路が多少ブレるくらい、小指の負担にもならねぇ。



 

「――――――集中集中だ!!」



 

 異世界で数々の戦場を駆け抜けた俺にとって、ここは新たなるフィールド。プロサッカー選手たちが汗を流す練習場だ。彼らの動き一つ一つを、俺の目が鋭く捉えていく。




 Tokyo Vanguard FC――

 “常に先駆者であれ”を掲げる、東京の近未来型フットボールクラブ。

 

 ポゼッションを支配しながら、

 緻密すぎるポジショナルプレーで空間を制御し、

 個のクリエイティブが爆発するチーム。


 


 選手たちの息は合いすぎて、もはやテレパシーの領域だし、

 ボールは生き物のように選手から選手へ滑らかに移動していく。


 


「くぅ~~~ッ!さすがプロだぜ……!」


 


 ——ドリブルのステップ。

 ——肩の向き。

 ——視線のフェイク。

 ——重心の使い方。

 ——パスの出る瞬間の一瞬のタメ。


 


 確かに、全部一流だ。

 いや、“超一流”と言っていいだろう。


 だが――俺の異世界仕込みの目からは逃れられない!



 目の前のプロ選手たちがどれだけすごかろうが、

 俺は今日ここで証明してやる。



 

 “ハーレム王はサッカーでも頂点を獲る”ってな!

 

 


 

「解析完了――だぜ!」




 俺は夕暮れまでじっくりと観察し、選手たちの動きを完全に自分の中へ落とし込んだ。

 異世界の戦場で培った“戦術眼”と“観察力”が、本気を出せばこの程度は造作もない。



 

 傾き始めた夕陽が、俺のオールバックを黄金に照らす。

 その光景はまるで――主人公の登場を知らせる演出だ。


 


 そして、ついに俺の出番がやってきた。


 


〈ドンッッ!!〉



 

 練習場に大きな衝撃音が響き渡る。

 プロ選手が放った豪速シュートに、俺が蹴ったボールが激突したのだ。


 


「なっ……!?」


 


 ざわめく選手たち。




「――とうっ!」


 


 俺は観客席の柵を軽やかに飛び越え、ふわりと着地した。

 我ながら、クソかっこいい。



 プロの練習場の中央で、俺は堂々と立ち上がった。

 誰よりも陽を浴びて、誰よりも主役の顔で。




「よぉ!!俺も混ぜてくれよ!!」




 その瞬間、練習場全体がざわつく。



 

「え、誰?」

「あいつがさっきのシュート打ったのか?」

「ていうか、オールバックが妙にキマりすぎてないか?」




 プロ選手たちの視線が、一斉に俺へ突き刺さる。


 


「俺の名前は――飯田雷丸!!」


 


 胸を張って堂々と名乗りを上げる。

 だが、返ってくるのは首をかしげた反応ばかり。


 


「……飯田?」

「聞いたことないな。」

「ルーキー?いや見たことねぇぞ。」


 


 そりゃそうだ。

 まだこの地球は、俺の存在を知らない。

 でも――これから嫌というほど知ることになる。


 最初に俺の名前を刻みこむのは、目の前の“プロ”たちだ。


 



「いいか、プロ共!!」




 夕日に照らされながら、俺は胸を張って宣言する。


 


「俺は――異世界で魔王を倒した男だ!!」


 

「…………は?」



「その俺が!本気でサッカーに挑戦しに来てやった!!

 プロなら全力で相手してこい!!」


 


 沈黙が流れる。


 そして次の瞬間、全員が揃って――


 


「……異世界?」

「魔王??」

「なに言ってんだこのオールバック……」


 


 練習場に響くのは、容赦ない“現実の反応”。

 だが、その空気を切り裂くように、ひとりの選手が前へ出た。


 


「さっきのシュート……狙ってやったのか?」


 


 その瞬間、俺の脳内で名前が電撃のように浮かぶ。



 

 村岡 颯真(むらおか・そうま)


 運べて、作れて、点まで取れる――現代型MFの完成形。


・プロ3年目で「ベストヤングプレーヤー賞」受賞

・今季開幕13試合で「4得点7アシスト」

・キーパス数リーグトップ


 東京ヴァンガードの心臓

 Jリーグトップクラスの創造者。



 

 ……そう。

 中学時代、俺が密かに憧れていた、あの村岡颯真だ。


 でも今の俺はファンじゃない。

 “対等に立つ挑戦者”としてここに立っている。


 


 村岡が真っ直ぐ俺の前に歩み寄る。


 


「まじで、狙ってぶつけたのか?」


 


 その問いに、俺は迷いなく頷いた。


 


「おう。村岡颯真。あんたのシュートを狙って打った。」


  


 村岡の目が一瞬だけ揺れ――すぐに、闘志を秘めた笑みが浮かんだ。


 


「……マジかよ。やるな。」


 


 その笑顔は、プロが認めた者だけに向けられる“本気”の証だった。


 


「異世界とか魔王とか……正直よくわかんねぇけどさ。」



 

 村岡は軽く肩をすくめ、


 


「――サッカーで売られた喧嘩は買うタイプなんだ、俺。」


 


 夕陽が背中を照らす。

 練習場の空気が変わる。


 


「相手がアマチュアでも関係ねぇ。来るなら全力で相手する。」


 


 ……これだ。


 これこそ俺が求めていた“プロの覚悟”。


 


 村岡颯真――

 プロの中心に立つ男が、


 “本気で俺を相手にしてくれる”


 そう宣言したのだ。


 


 胸が熱くなる。


 いよいよこの瞬間が来た――



 

「後悔すんなよ――プロ!」




 異世界仕込みの雷丸伝説、ここに開幕だ!

 





 ――――――――――


 


 


「――3点先取の1対1でいいか?」


 


 村岡が静かにボールを指で示す。挑発でも余裕でもない、ただプロの戦闘モードだ。


 


「おう!それでいいぜ!」


 

 俺は迷いなく頷いた。


 


 村岡は軽くアキレス腱を伸ばしながら、俺を正面から見据える。その眼差しは、テレビやスタジアムで見てきたキラキラした“スター選手の目”じゃない。


 完全に――獲物を狙うトッププレーヤーの目だ。


 


 俺は村岡の前に立ち、ボールを足元でひゅっと転がす。

 グラウンドの空気が一気に張り詰めた。


 


 プロ選手 vs 謎の高校生。

 ふざけた構図?――いや、違う。


 ここに立ってる以上、これはガチンコ勝負だ。


 


 周りの選手たちがワイワイ言い始める。


 


「良かったな、高校生!村岡さんと1対1できるなんて一生の思い出だぞ〜!」


「サインもらっとけよ!?」


「写真も撮っとくか〜?」


 


 記念?

 馬鹿言え。


 


 俺は勝つためにここへ来たんだ。


 村岡は小さく息を吐き、ボールを俺へ差し出す。



 

「先攻は譲るぜ。好きにやれよ。」


「へっ、後悔すんなよ?」


 


 俺が挑発すると、村岡は肩をすくめて苦笑した。



 

「態度デカい高校生だな。まあ、嫌いじゃねぇけど。」


「態度だけじゃねぇよ――男としてデカいのさ、俺は!」


 


 周囲のプロ選手たちがざわっと笑う。

 だが、俺は一切視線を逸らさない。


 これは“遊び”じゃねぇ。

 異世界の戦場と同じく、俺の名を刻む“初陣”だ。


 


 ――――――――開始!!


 


 号令と同時に、俺はボールに触れた。

 まずは軽いフェイント。

 様子見……のつもりだったが――


 


「っ……近っ!!」


 


 村岡の圧が速ぇ。

 距離を一瞬で詰めてくる。

 重心の揺れ、目線の鋭さ、筋肉の入り。

 全部がプロの“ガチ”だ。


 だが――俺にとってはただの“観察結果”。


 昼からずっと見てたんだよ。

 村岡 颯真の動きを、異世界仕込みの戦術眼でな。


 


「――そこだ!」


 


 村岡の重心がわずかに前へ入った瞬間――

 俺はターンした。


 


「なっ!? 速っ――!!」


 


 村岡の反応を完全に置き去りにする。

 異世界で鍛えた脚力が爆発し、全身の筋肉が弾ける。


 


〈バァンッ!!〉


 


 人工芝を蹴り裂くような鋭い音が、グラウンドに炸裂した。


 俺の体が前へと“跳ぶ”。


 重心を傾けた瞬間、世界が一気に流れ出す。

 村岡の伸ばした足が届く前に、俺の姿はすでに——前方。


 風が耳元で唸り、視界が一直線にゴールへと収束する。



 

「――これが、飯田雷丸だ!!」




 叫びながら振り抜いた右脚が、ボールを爆ぜさせた。



 

〈バァンッ!!〉




 弾丸のように飛んだシュートがネットを揺らす。



 

「1点目、いただきだ!!」




 グラウンドがざわつく。



 

「なに今の加速!?」

「ゼロ距離からあそこまで伸びるか!?」




 驚愕と困惑の声が飛ぶ中、村岡だけは平然としていた。


 汗をぬぐいながら、ニッと口角を上げる。


 

 

「なるほどな……ちょっとはやるじゃねぇか」



 


 村岡は額の汗をぬぐい、深く一度息を吐いた。

 次のラウンドは――村岡の攻撃。


 


「……行くぞ。」


 


 その一歩。

 地面を踏む音だけで、空気が一段階重くなる。


 プロの“攻撃の構え”。

 その本気の気配が、練習場を包んだ。


 


 村岡がボールを足に吸い付かせるように運ぶ。

 上体の揺れ、視線、肩のライン、重心――

 一つでもフェイントを見抜けば崩される、プロの複合技。


 しかし。


 ――異世界の戦場は、もっと命が軽かった。


 


「……来るな。」


 


 俺の口から自然と漏れた。


 村岡が左へ切り返す“その直前”。

 まるで未来の軌道が線になって視えるように、俺はその一点へ踏み込む。


 


〈ガッ!〉


 


「――なっ!? 読まれてる……ッ!」


 


 村岡の驚愕が、はっきりと耳に届く。

 完璧すぎるタイミングでボールを刈り取り、俺は一転して攻撃へ移行。


 


 軽やかに一つフェイントを入れ、村岡の追走コースを断ち切る。

 そのまま脚に魔力を込めたかのような爆発的加速。


 


「――もらった。」


 


 右足が弾丸のように振り抜かれる。


 


〈ドゴォォォンッ!!〉


 


 凄まじい衝撃音と共に、ゴールネットが大きく揺れた。


 


「――2点目、いただきだ。」


 


 静まり返る練習場。

 風の音すら消えたような沈黙の中、村岡がゆっくりと顔を上げる。


 額には大粒の汗。

 呼吸もわずかに乱れている。


 ――プロのトップである村岡颯真ですら、焦りを隠せていない。


 


「お、おいおいおい……嘘だろ……!?」


「ちょ、村岡さん頼みますよ!!」


 


 周囲の選手たちは、もはや祈るような目でこの光景を見つめていた。


 


「いま、俺たち、とんでもないものを見てるぞ……」


「夢……だよな……?」


 


 震える声で呟くプロ選手たち。


 だが――俺はニヤリと笑って言い放つ。



 

「――夢じゃねぇ。これは現実だ。」


 


 村岡を抜き去ったスピード。

 完璧に読んだインターセプト。

 火を噴くようなシュート。


 全部、異世界仕込みの“本物”だ。


 


「さぁ、ラスト1点だ……」



 

 俺はゆっくりとボールを拾い上げる。

 

 


「おい、お前ら。目ぇ背けんなよ。

 これは夢でも奇跡でもねぇ――現実(リアル)だ。

 その証拠を、今からこの足で叩き込んでやる!」


 


 場の空気が震える。


 プロたちの喉が、ごくりと鳴った。

 

 


 3点先取、最後のラウンドは――俺の攻撃から。


 


「くっそ!次は取らせねぇぞ!!」



 

 村岡が吠える。

 だが俺は、あくまで冷静にボールをキープした。


 


 軽いタッチでボールを揺らしながら、

 村岡の重心を読み、呼吸を読み、癖を読む。


 


 ――誘導する。


 


 まるで俺が指揮者で、村岡が動かされる演者みたいに。

 カチリと噛み合う歯車。俺のペース、俺のリズム。


 


 最後の一撃を決めるための“舞台”は、もう整った。


 


「ここで終わりだ――村岡!」


 


 俺はボールを足元からふわりと浮かせ、そのまま頭上へ高く蹴り上げた。


 技術じゃない。

 駆け引きでもない。


 純然たるフィジカル勝負。


 


 村岡も同時に跳んだ。


 空中で、俺と村岡の身体がぶつかり合う。


 


「っ……なんだ、そのフィジカル……!?」


 


 村岡の目が驚愕に開かれた。


 異世界で修羅場を潜り抜けた俺の身体は、もう“戦闘用スペック”なんだよ!!


 


「――もらったァ!!」


 


 空中での体勢争い。

 ぶつかり合う衝撃――刹那の均衡を破ったのは俺だった。


 


〈ドガァッ!!〉


 


 額から放たれた一撃が、破裂音とともにネットを揺らす。


 


 ――静寂。


 


 数秒、誰も言葉を発せない。

 俺だけが、軽く片手を広げてキメポーズを取っていた。


 


 そして――


 


「……ははははは……!」


 


 最初に笑ったのは村岡だった。

 膝に手をついて、信じられないものを見たって顔で笑い出す。


 


「……笑うしかねぇだろ……

 ったく、どこのプロだよお前……!」


 


 俺は肩をすくめ、軽く顎を上げて答える。


 


「だから言ったろ?

 ――ただの高校生だって。……信じるか?」


 


 村岡はしばらく俺を見つめたあと、ふっと苦笑して手を差し出してきた。


 


「……参ったわ。

 お前……マジでスゲェよ。

 サッカーやる気があるなら――プロになれるぞ。」


 


 その言葉に、俺の心臓が一瞬でバクバク言い始めた。



 

「マジか!?じゃあ推薦してくれよ!!」




 思わず両手でガッと握手する俺。村岡は一瞬たじろいだ顔を見せつつ、肩をすくめた。


 


「推薦くらいはしてやるけど……プロになってどうするつもりだ?」




 その問いに、俺は迷いなく叫んだ。


 


「決まってるだろ!現実世界で、俺のハーレムを作る。それが俺の最終目標だ!!」




 その場が静まり返った。


 村岡が手を引っ込めようとするが、俺は全力で握りしめたまま。

 村岡の表情がだんだん引きつっていくのが分かる。



 

「……ハーレム……だと?」


「そうだよ!」




 俺は力強く頷く。



 

「俺は異世界で魔王を倒したんだ!だから次は現実世界でハーレムを作る番なんだよ!」




 村岡は一瞬、目を見開いて何かを言おうとしたが――やがて静かに目を閉じ、こう呟いた。


 


「お前……プロとかそういう次元じゃねぇな。」


「だろ!?俺は次元を超えた男だからな!」




 その言葉に村岡は肩を震わせ、やがて爆笑を始めた。

周りの選手たちも「あいつヤベェやつだけど面白いな!」と笑い出す。


 俺は胸を張って宣言した。



 

「プロサッカー選手になって、俺のハーレム計画を実現する!覚えとけよ、村岡!」




 村岡は笑いながら俺の背中を叩いて言った。



 

「……まぁ、お前みたいなやつ、嫌いじゃねぇよ。」




 こうして、俺のサッカー人生――いや、ハーレムへの野望が、プロの世界への扉を叩くことになったのだった。



 

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