第2話 童貞を殺す魔王

 新幹線から降りて、地下鉄で指定の駅に向かう途中で鞄の中をチェックする。

 魔王を討伐した妖剣なんて持っていけないから、大阪の堺で作られた切れ味のいい小刀を鞄の中に入れていた。

 今では刀を腰に差していたら銃刀法違反になるし、きび団子を腰に付けていたら変な奴になってしまう。

 パーカー、ジャケット、ジーパンを着こなして、そこ等にいる大学生風ファッションをしていた。

 

 ちゃんと忘れモノはしてないかチェックする。もし戦闘になっても戦えるように準備をしなくちゃいけない。あの魔王に会うのだ。人々を苦しめ、恐怖のドン底においやった魔王に会うのだ。どんな攻撃をされるかわからん。


 っで、指定の駅のショッピングモールに到着して辺りを見渡しても魔王はいなかったので、設置されたベンチに座ってポケットからスマホを取り出す。

 

 やべぇー魔王に会うのに、胸がドキドキする。

 ブルブルブル、と俺の手が小刻みに震えていて、マッチングアプリで女の子と会う時みたいに緊張しながら『到着しやした』とダイレクトメールを送る。

 しました、じゃなく、しやした、になっていることにメールを送った後に気づく。なんかちょっと会うのが楽しみにしているようなニュアンスになっているんじゃないか、と思ったけど、彼女からのメールの返信が速攻で返って来たので、考えるのを止める。


「すぐ行く😃」


 ニコちゃんの絵文字がメールに入っていた。

 魔王と勇者の関係には、あまりにもポップすぎないか? いや、コレは俺を油断させるためのモノで、俺が油断したところで魔王は俺を殺すのだ。

 死。

 寿命は尽きないけど、死ねないわけではない。

 


 俺も首吊りぐらいはしたことはあるけど、肉体が絶頂期のまま維持しているおかげで縄程度では死ねなかったし、車に轢かれても無傷で、むしろ車の方が壊れた。もしかしたら魔王なら俺を殺すことができるんじゃないか? 

 魔王が俺を殺してくれなくても、他の死に方はあるだろう。新幹線に轢かれたら、さすがに死ねそう。



「おひさ」

 と声が聞こえて顔を上げると、そこにいたのは小麦色に焼けた肌に、童貞を悩殺しそうな胸の谷間が強調されたグレーのワンピース、そして白よりの金髪。


 昔から何も変わってねぇ。さすがに服装は違うけど、妖艶さというか、艶かしさというか、でも背が小さくなったような? 1200年前に魔王を見た時は異様に見えたけど、現代で彼女を見るとエッチな黒ギャルである。


「おぉう、久しぶり」

 と俺は言って、ベンチから立ち上がって、彼女から一歩離れた。いつ攻撃されるかわからん。どんな攻撃をしてくるかわからん。ただの人になっても俺にとっては魔王なのだ。


「ワシを警戒してんのか?」

 と魔王がニコッと笑った。

 小さな牙が見えたけど、牙も1200年前よりも小さくなっていて、ちょっと可愛らしい八重歯になっていた。

 俺が立ち上がると彼女の旋毛が見えた。すげぇー背が小さい。


「いや、そんなことねぇーけど」

 と俺は言った。

 嘘である。

 警戒はしている。リュックに小刀を入れる程度に。


「なんでやねん」

 西の方言で魔王が言った。

「アホか。魔力が無くなったワシがお前を倒せると思ってんのか? そもそもお前が今も長生きしているのはワシのおかげやねんぞ。わざわざワシが桃太郎を攻撃するわけないやろう」


 そりゃあ、そうか。

 俺がこうして長生きしてしまっているのは彼女が呪ったからである。わざわざ長生きさせて殺すようなことはしないだろうし、それに魔力を無くした彼女に俺は倒せない。



「別に、警戒してないし」

 と俺は言って頬を人差し指でかいた。

「っていうか、小さくなった?」


「148センチ」と魔王が言う。「ミニモニやで」


「ミニモニ?」


「お前ミニモニのこと知らんのか? ちょっと前に流行った小さい女の子のアイドル」

 と八重歯を出して笑顔で魔王が言う。


 あぁ、と俺は頷く。

「モー娘。のミニモニね。ちょっと古くない?」


「お前は1000年以上も生きてて、たかが10年か20年ぐらい前のモノを古いちゅうんか? ワシにとってはモー娘。を応援してたのは昨日の出来事やちゅうねん」

 と魔王が言う。


 魔王、モー娘。を応援してたんだ。


「ええか。古いっていったら平安時代のことを言うんや」

 と魔王が言う。

「あっ、そう」と俺が適当に返事をする。

「そんなことより、なんで小さくなったの?」と俺は尋ねた。

「誰かさんに魔力を奪われて小さくなったんや」と彼女が言った。「どうや? 可愛いやろう?」

 そう魔王は言いながら童貞を悩殺するワンピースを見せつけるようにクルッと一周回った。


「わからん」と俺が言う。


「なんでやねん」

 と魔王が叫ぶように言った。

「この可愛さ、なんで桃太郎にはわからんねん。可愛すぎてポコティン取れろ」


「いや、まぁ、うん、可愛いと思うけど」

 と俺が言う。

 魔王の可愛さを認めるのが、なんか嫌で、歯切れは悪くなったけど、可愛いと言われれば可愛いと思う。


「オッパイもあるんやで」

 と彼女は言って、胸を寄せて谷間を見せつけてくる。


 なにがしたいんだよ? コイツは。


「あっ、うん」

 と俺が頷く。


「ララライちゃん可愛い」

 と魔王が言う。

 なんか俺にリピートアフターミーしろ、ってことらしく、ララライちゃん可愛い待ちをしてくる。


「うん。……ララライちゃん可愛い」

 と俺は言った。


「照れるがな」

 と魔王が言う。


 お前が言わせて自分で照れるなよ、と思ったけど口に出して言わなかった。


「つーか、なんでYouTubeなんてやってるの?」

 と俺は尋ねた。

 純粋に尋ねたい質問だった。


「世界征服」と彼女は笑った。


 やっぱり魔王は、まだ世界征服を企んでいて、リュックの中の小刀をいつでも出せるように俺はお腹の前にリュックを持ち直す。

 彼女が魔物を操り、村や街を支配していた過去のことを思い出す。

 魔王は世界を自分のモノにしたかったのだ。

 彼女が投稿している動画に、なんの秘密があるかわからないけど、人々を恐怖のドン底に追い詰める可能性があるのかもしれない。


「今の世界征服ってフェロワーやん」

 と魔王が言った。

「目指せチャンネル登録者数1000万人」と彼女が言った。

 

「本当に言ってるの?」

 と俺は、まだ警戒しつつ尋ねた。


「当たり前やろう。桃太郎はワシがチャンネル登録者数1000万人もいかれへんと思ってんのか?」

 と彼女が言った。


「いや、そうじゃなくて、……思ってない。頑張れば1000万人、いくと思う」


「頑張ればいく、ってそんなに甘いもんじゃないねん。日本の少子化は進み、人口も減少していて、どんどん難しくなっていってんねん」


「はぁ」と俺は言った。

 なんか拍子抜け、というか、真面目に頑張って世界征服っていうか、YouTube頑張っているらしい。魔王にとっては1200年前にやったことも、今やっていることも同じ世界征服を目指すことなんだろう。


 あっ、と俺は思ってしまった。

 なんか魔王が楽しそう。

 彼女には目標があって、目指すべきもののために、努力ができる。

 俺は1200年どうだった? 長生きしていただけじゃないのか? そう思うと胸の奥がギュッと痛くなって、泥に入ったみたいに足が動かなくなってしまった。

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