第1話:冤罪と追放
フェルスト家は、王国でも有数の名門貴族であり、長い歴史を誇る家系であった。アレン・フェルストは、その家の嫡男として、平穏無事な日々を送っていた。父親のフェリックス・フェルストは王国の軍を指揮する名将であり、母親のアリア・フェルストは優れた魔法使いとして王国を支える存在だった。アレンにとって、家族は常に誇りであり、尊敬すべき存在だった。
アレンはその優れた家族に育まれ、何不自由なく成長した。幼いころから、父親の剣術の稽古に付き合い、母親からは魔法の基本を学び、家族の期待に応えようと日々努力していた。特にアレンの父は彼に厳しく、将来家族を支える立派な貴族として成長することを望んでいた。
「アレン、君は立派な者になるべきだ」フェリックスはよくアレンにそう言っていた。その言葉は、アレンの心に深く刻まれていた。
だが、その平穏無事な日々は、ある日、突然崩れ去ることになる。
その日の朝、アレンは父親とともに朝食を取っていた。いつも通りの食卓が並び、父と母は穏やかな会話を交わしていた。妹のエリスと弟のカイルも笑顔を見せ、家族の絆が深まっていくように感じられた。
「今日の訓練はどうしようか」アレンは父親に尋ねると、フェリックスは穏やかに答えた。
「お前ももう立派な年だ。次の戦争に備え、剣術と戦術を磨かねばならない。だが、無理せず、少しずつやっていこう」フェリックスの言葉は落ち着いていたが、その目には何か真剣な思いが込められているように見えた。
その時、屋敷の門が激しく叩かれ、兵士たちの足音が響いた。アレンは一瞬不安を感じ、顔を上げた。しかし、それは気のせいだろうと考え、再び食事に集中しようとした。だが、その時、屋敷内に突如として兵士たちが乱入してきた。
「どういうことだ」アレンの父、フェリックスが立ち上がると同時に、数人の兵士が家族を取り囲んだ。公爵レオナルド・グレイヴが率いる兵士たちだった。
アレンはその場の雰囲気が一瞬で変わったことを感じ取った。兵士たちの鋭い目つき、そしてレオナルド公爵の冷徹な態度。それらが一瞬にしてアレンを恐怖で包み込んだ。
「レオナルド公爵、どうしてこのようなことを」
フェリックスはすぐに自分の剣を手に取り、警戒した。
「フェリックス・フェルスト、貴様に告げる」
レオナルドの声は冷たく響いた。「貴様の家族は王国に対する裏切り者だ。罪状は明白だ」
アレンはその言葉に耳を疑った。裏切り者 そんなはずはない。父は王国を守るために尽力してきたではないか。だが、すぐにその言葉が恐ろしい意味を持つことに気づいた。父親が王国に対して何か重大な秘密を知ってしまったのだろうか。レオナルド公爵はアレンの父を何としても抹殺したいと思っているに違いない。
「アレン、逃げろ」
フェリックスが声を張り上げる。だが、その声はすぐに力なく消えた。兵士たちに取り囲まれ、何もできない。アレンは身動きが取れず、ただ絶望的にその光景を見つめていた。
その瞬間、レオナルド公爵が命じた。「全員を捕えろ」
アレンはただ立ち尽くすことしかできなかった。兵士たちが一斉に動き、家族を無惨に捕え始める。妹のエリスが泣き叫び、弟のカイルも恐怖に震えていた。アレンの目の前で、父が兵士たちに刺され、倒れた。その光景を見て、アレンの心は一瞬で崩れ去った。
「父……」アレンは叫んだが、その声も届くことはなかった。
妹や弟も次々と倒され、アレン自身も捕らえられ、地下牢に閉じ込められた。食事はおろか水も与えられず、ただただ暗闇の中で絶望に沈む日々が続いた。彼の心には深い傷が刻まれ、怒りと憎しみが募っていった。
なぜ、父は殺されたのか。なぜ、家族はこんな目に遭ったのか。アレンは一人、無力感に苛まれながらも、答えを求めていた。
数日後、アレンの前にひとりの少女が現れた。その名はリリス・アーデン。彼女は王国でも名の知れた魔法使いの家系に生まれ、フェルスト家の無実を知っていた数少ない人物であった。リリスはアレンに対して、静かに語りかけた。
「アレン、あなたの家族は無実よ。父親は、王国を支配する力を持つ一部の貴族たちが隠していた真実に気づいてしまった。それが原因で、あなたの家族は命を奪われた」
アレンはその言葉を信じることができなかった。だが、リリスの瞳には確かな真実が宿っているように見えた。
「復讐を果たすため、私はあなたに力を貸すわ」リリスは決意を込めて言った。
その瞬間、アレンの心に新たな決意が生まれた。彼はもう一度、家族を取り戻すことはできない。しかし、復讐を果たし、公爵レオナルド・グレイヴに対して必ず報いを与えることを誓った。
アレンはリリスと共に、この世界での力を蓄え、復讐のための道を歩み始めるのだった。
アレンが地下牢に閉じ込められてから数日が経過した。無惨に家族を失い、捕らえられた彼の心は、次第に冷徹さと憎しみに支配されていった。闇の中で過ごす日々、絶え間ない孤独と飢え、そして怒り。どれだけ時が経っても、アレンの胸の中で父や妹、弟の顔が消えることはなかった。彼が生きる理由はただ一つ、復讐。あの公爵レオナルド・グレイヴに対して、命を賭けて報いを与えること。
だが、アレンが完全に絶望の淵に立たされていたその時、リリスが現れた。リリスは地下牢の扉を開けると、アレンに対して静かに言った。
「私があなたを助けるわ」リリスは一歩踏み出し、アレンに手を差し伸べた。
「私はあなたに魔法を教える。あなたが復讐を果たすために必要な力を与えるわ」
その言葉に、アレンの心の中で何かが弾けた。彼は目を見開き、リリスの手を掴んだ。冷たい牢の中で、彼の心に新たな希望が芽生えた。
「どうして、君がそんなことをしてくれるんだ」アレンは息を呑んでリリスを見つめた。
「だって……あなたの家族と私は、長い付き合いがあるのよ」リリスは微笑みながら答えた。
「フェルスト家が冤罪を着せられ、破滅した理由を知ってるのは、私だけじゃないけど。あなたが復讐を果たすことは、私にとっても意味があるの」
アレンはしばらく黙っていたが、やがて力強く頷いた。
「わかった。リリス、俺は復讐を果たす。あの公爵に、必ず報いを与えてやる」
その言葉を聞いたリリスは、微笑んで言った。
「よかった。じゃあ、まずは基本的な魔法を教えてあげるね。これからは私があなたの先生よ。だけどまずはここを脱出しなくちゃね」
そう言うとリリスは魔法を唱え始めた。そしてしばらくすると目の前に大きな輪っかのようなものが現れ、リリスが口を開いた。「さあ行くよ」すると手を引っ張られ気づいたらそこは広い野原に山小屋のようなものが建っているところだった。
リリスの教えにより、アレンは魔法を学び始めた。最初は基本的な魔法の概念から始まり、魔力を引き出す方法や、魔法を使うために必要な集中力の使い方などを学んだ。リリスは冷静にアレンに指導をしていったが、彼の進歩は目覚ましいものだった。
「アレン、あなたってば、すごく素質があるのね」
リリスは嬉しそうに笑った。
「これだけの力を持ってるなんて、ビックリしちゃう きっとお父様も喜んでいるわ」
アレンは少し照れくさそうに笑った。
「それは、家族のおかげだ。父の教えや、母から受けた魔法の素養があるからかもしれない」彼は思い出したように続けた。
「でも、俺が今、ここにいるのは、家族を奪われたからだ。その復讐を果たすために、この力を使う」
リリスは静かに頷いた。
「その通り。復讐は簡単なことじゃない。でも忘れないで、力だけがすべてじゃないってことを」
アレンはリリスの言葉を胸に刻みながら、日々魔法の修練を続けた。最初は簡単な魔法しか使えなかったが、次第にその力は増していった。やがて、彼は基本的な火の魔法や風の魔法を使いこなせるようになり、リリスから与えられる試練にも着実に応えていった。
ある日、リリスはアレンに対して新たな課題を出した。
「今日は少し難しい魔法を試してみようかしら。『幻影』という魔法を使って、敵を欺く力を養うのよ」
アレンはその言葉を聞いて興味を持った。「幻影か……それはどういう魔法なんだ」
「この魔法は、相手の目を欺いて実際に存在しないものを見せることができるの」リリスは説明を続けた。
「例えば、君が何か大きな怪物を目の前にしたとき、その怪物を幻影で作り出して、相手に恐怖を与えることができるわ」
アレンは少し考えた後、試してみることにした。「やってみよう」
リリスが手をかざすと、アレンの目の前に一瞬のうちに巨大な影が現れた。影は徐々に形を変え、巨大な竜のような姿を取った。竜の目は炎を灯し、口から煙を吐きながらアレンに迫るように見えた。だが、それはただの幻影だった。
アレンはその姿に一瞬驚き、そして気づいた。これが自分の力で作り出せるものなのかと。彼は冷静にその幻影を消し去り、リリスに向かって言った。
「これは……面白い。敵を欺く力として、使えるかもしれない」
「その通りよ」リリスはキラキラした目でアレンを見つめながら言った。
「幻影を使って相手の意識を操ることができるようになったら、戦いが有利に進むわ。覚えておいてね」
数週間が経ち、アレンはリリスの教えを受けて着実に力をつけていた。最初は魔法を使うことすら難しく、魔力をうまく制御できなかったが、リリスの指導のもと、次第にその力を自在に操れるようになった。
ある日、リリスはアレンに新たな訓練を提案した。
「アレン、今日は実戦を意識した訓練をしようか」リリスは軽やかな声で言った。
「私と一緒に戦って、君の戦闘力を高めるんだ」
「戦闘か……アレンは少し驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直して頷いた。「分かった、リリスとなら、できる気がする」
リリスは微笑みながら、手を軽く振った。「それじゃ、行こう」
二人は訓練場へと足を運んだ。広い草原が広がり、風が心地よく吹き抜けていく。リリスはアレンに向かって軽く手を振り、彼の目の前に立った。
「私が相手になるから、まずは君の得意な魔法を使ってみて。あ、ただしできるだけ本気でね」
リリスは楽しげに言った。アレンはしばらく考えた後、火の魔法を使うことに決めた。彼は魔力を集中させ、手のひらから赤い炎を生み出す。それをリリスに向かって放つと、火の球が空を切り裂きながら彼女に迫った。
リリスはその炎を見ても、冷静な表情を崩さずに立ち続けた。瞬間、彼女の周囲に淡い光が広がり、炎はリリスの周りで消え去った。
「すごい……君の魔法、だいぶ強くなったね」リリスはその火の魔法を見て感心しながら言った。「でも、私はそれほど簡単には倒されないよ」
アレンは驚きつつも、すぐに次の攻撃を準備した。
「わかってる。でも、俺はただの魔法使いじゃない。復讐を果たすために、力をつけなきゃいけないんだ」
その言葉を聞いたリリスは少し黙り込み、そしてゆっくりと微笑んだ。
「アレン、君がその決意を持ち続けていることは、私も知っているよ。でも、復讐だけが君の全てじゃない。力を持つことで失ってしまうものもあることを、忘れないで」
アレンはその言葉を一瞬考え込んだ後、少しだけ頷いた。
「分かってる。でも、俺は復讐を果たす。あの公爵には絶対に報いを与えてやる」
リリスはそれを聞いて、静かに息を吐いた。
「君がその決意を持ち続けること、私は応援する。でもね、アレン、復讐は一筋縄ではいかない。君の力をどう使うかが大切だよ」
アレンは目を閉じ、リリスの言葉を胸に刻んだ。復讐のために力を使うことは、何も間違っていない。ただ、力を持つ者としての覚悟を決めなければならない。
その後、二人はしばらく訓練を続けた。リリスはアレンに次々と試練を与え、彼はその都度、それに応じて成長していった。魔法だけでなく、体力や精神力も鍛えられ、アレンは日に日に強くなっていった。
時が経つにつれ、アレンとリリスの関係はますます深くなった。最初は師弟関係のように、リリスがアレンに魔法を教えていたが、次第に二人はお互いに対する信頼を強めていった。リリスは、アレンにとっての支えであり、彼の成長を見守る存在となった。
ある夜、訓練を終えた後、アレンはふとリリスに話しかけた。
「君、あの時のこと……覚えてるかい」
リリスは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに微笑みながら頷いた。
「うん、覚えてるよ。あなたが初めて魔法を使った日のこと」
「そうか……。あの時、俺はまだ、ただの子供だった」
アレンは少し寂しげに言った。
「でも、今は違う。俺はもう、あの公爵に復讐を果たすために生きている」
リリスはしばらく黙ってアレンを見つめ、その後、優しく言った。
「アレン、君は立派に成長した。でも、私はただ復讐だけじゃなくて、君が幸せになってほしいとも思うんだ」
アレンは一瞬驚いたが、すぐにその言葉の意味を考えた。リリスが言いたいことは分かる。しかし、今は復讐にしか目が向いていない自分に、彼女の言葉はまだ遠いもののように感じた。
「幸せか……。それが今の俺には、よくわからない。でも、君が言うことも理解できる気がする」
アレンは少し苦笑いをしながら言った。「復讐が終わった後、きっと考えるよ」
リリスはそんなアレンをじっと見つめ、微笑んだ。「それでいいよ、アレン。今は君の道を進んで。私も君を応援しているから」
アレンはその言葉に、力強く頷いた。「ありがとう、リリス」それは、二人の絆がさらに深まった証でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます