宮中で漫画が評判に……!

                 壱

 約一時間後……。

「出来ました……」

「こ、これは……絵物語か?」

「これは……漫画というものです」

「ま、まんが……?」

「ええ」

 私は眼鏡をクイっと上げて答える。ちなみに眼鏡に関しても不思議がられたが、祖母の形見だと告げたら、それ以上は聞かれなかった。

「人がなにか白い雲のようなものを吹き出しているが……?」

「おっしゃる通り、ふきだしでございます。ここに書いてある文字がその人の発した言葉でございます」

 私は説明する。この時代の文字に関してだが、何故か問題なく書けた。いや~転生というものは便利ですね~。お局さんがさらに尋ねてくる。

「この所々入った太い線はなにか?」

「それはコマ割りの線でございます」

「コ、コマ割り……?」

「ええ、このように上段の右から左、中段の右から左、下段の右から左……という順番で見ていただきますと……」

「な、なんと!? 人が動いているかのように見える!」

 お局さんが驚く。漫画ビギナーが多い時代だということも考慮し、コマ割りも最低限の簡単なものに留めた。

「……こういうものならいくらでも描けますが」

 私は再び眼鏡をクイっとさせる。

「ふ、ふむ……」

 お局さんや他の女房たちが漫画を読み始める。しばらくして……

「こ、これは……面白い!」

「ええ、それでいて美しさを感じさせますわ!」

「と、殿方同士の心の通わせていくさまに惹きつけられる……!」

 評判は上々だ。日本史上初の漫画がボーイズラブになってしまったが。

「まあ、全年齢向けに配慮してあるし……パラレルワールドっぽいからいいんじゃないかな? ……多分」

 私は小声でぼそぼそと呟く。

「なにやら楽しそうですね……?」

「か、甘子さま!」

 お局さんをはじめ、女房たちが一斉に跪く。皆綺麗な装束を着ているが、より一層綺麗な装束を身に纏っている。この子、いや、この方が中宮甘子さまか。整った顔立ちをしているが、まだ中学生くらいに見える。その年齢でもう結婚しているのか。この時代では当たり前のこととはいえ、実際に目にしてみると大変そうだな……。

「皆でなにを読んでいたのです?」

「い、いや……大したものでは……」

 お局さんや、女房たちが手に持っていた紙を慌てて隠す。甘子さまが悲し気な顔をされる。

「隠し事をされるとは……寂しいですね」

「そ、そういうつもりでは……!」

「それなら私にも見せてください」

「……皆、紙を集めて……順番に重ねて……紙の左下に『いち、に、さん……』と書いてあります。そう、そうやって重ねて……お待たせいたしました。ど、どうぞ……」

 お局さんが中宮にBL漫画を差し出す。どういう状況だ……。

「ふむ、絵物語……?」

 腰をかけた甘子さまが紙を持ったまま小首を傾げる。

「漫画というものでございます」

「漫画?」

「はい……こういう順番で読み進めます」

 お局さんが紙を指し示す。甘子さまが頷く。

「なるほど……」

「……」

「………」

「…………」

 しばらく沈黙が流れる。甘子さまが紙をめくる音、読み終えた紙を下にそっと置く音だけが聞こえる。最後の紙を読み終えた甘子さまが口を開く。

「……これを描いたのは誰ですか?」

「こ、この者でございます……!」

 私はお局さんに引きずり出されるように甘子さまの前に出る。

「……見ない顔ですね?」

「本日からお仕えする者でございます。紹介が遅れたこと、誠に申し訳ありません……、さあ、名を名乗りなさい」

「……鬼神兵庫でございます」

 お局さんに促され、私はこの世界での名を名乗る。

「ああ、鬼神家の……たしか父君とご兄弟が兵庫寮に出仕しているとか……本日からでしたか……」

「は、はっ……」

 どうやらそういうことになっているらしい。私はただ頭を下げる。

「それで、この漫画?というものですが……」

「は、はい……」

「……なにこれ、尊い……」

「!?」

 私は思わず顔を上げる。甘子さまが両手で口元を覆っている。こ、この反応は……ひょっとして……?

「……面白かったです」

「あ、ありがとうございます!」

「もっと読みたいのですが……」

「多少お時間を頂ければ、いくらでも描けます」

「それでは、兵庫……よろしく頼みます」

「は、ははっ!」

 私は深く頭を下げる。それから、私は漫画製作の日々を送った。BL漫画だけではあれなので、様々なジャンルのものを書くようにした。簡単に綴じられて、一応本の体裁をなしたものは、まず甘子さまがお読みになられ、それから、お局さん、他の女房たちが回し読みしていった。それぞれ数ページでまとめたため、比較的短期間で量産が可能であった。評判は上々であった。暴れる牛車に轢かれて命を落とした者が他の世界に行き冒険をする話や大陸の王朝の宮中で冴えない女官が錬金術を用いて謎解きをしていく話が好評であった。それよりももっと好評であったのが、少年が陰陽術や刀槍、さらには徒手空拳までを駆使して、悪い妖怪たちを退治していく話だった。この本は皆にどんどんと回し読みされ、どうやら宮中の男性たちも見ているようであった。やがて……。

「兵庫……」

「はっ……」

 お局さんに呼び出された私は頭を下げる。

「そなたの描く薄い本、たいそうな評判です」

「い、いや、薄い本って!」

 私は思わず声を上げてしまう。お局さんが首を傾げる。

「厚くはないでしょう?」

「そ、そうでございますね。これは失礼……」

「あの妖怪退治の本ですが……」

「はい」

「……帝も気に入っておられます」

「へえ……ええっ!?」

 私は驚く。

「帝が今度、こちらにお遊びに来られます」

「は、はあ……」

「これはまたとない好機、この機会に、帝には甘子さまとより親密になっていただきたいのです」

「はい……」

「そこで、お二方の話の種になるような、新しい漫画をかいてもらいたい」

「わ、分かりました……!」

 しばらくして、私は年若い男女が徐々に心を通わせていく淡い恋物語を提出した。読み終えたお局さんは首をゆっくりと左右に振る。

「違うな……」

「ち、違いますか?」

「これも悪くはないですが、帝はもっと血沸き肉躍る話の方が喜ばれるはず……まだまだ、年若くあらせられますからね」

 ああ、帝もまだ少年なのか……。少年漫画か……やはり王道はバトルものやアクションもの……それを満たしている話は……。私は考えを巡らせた結果、ある答えに行き着く。

「……これだ!」

 再び、私は本をお局さんに提出する。

「……ふむ、日本武尊ヤマトタケルノミコトの活躍ぶりを活き活きと描いていますね」

 お局さんが満足そうに頷く。そう、私は『日本書紀』の一部を漫画化したのだ。いわゆるコミカライズである。この本は帝に献上された。

「帝も大喜びでしたよ」

 帝がお帰りになられた後、甘子さまが教えてくれた。

「そ、それはなにより……」

「『今後も励むように』……とおっしゃっておりました」

「は、ははっ……」

「私からもお願いがあります。兵庫の書く漫画はとても楽しいです。これからも沢山描いてくださいね」

 甘子さまがにっこりと微笑まれる。なんとも眩い笑顔だ。この笑顔をもっともっと見てみたい……。

「ははっ! 精一杯頑張ります……!」

 私は元気よく返事をする。平安時代の宮中での転生漫画家ライフがこうやって幕を開けた。

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漫画家の私、平安宮中の弱小サロンの女房に転生しちゃったのでBL漫画とかを描いて無双します……多分。 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

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