第50話 私って美味しそうなの?

 翌朝、いつも通りの光景の中、学校に向かっている。夏の日差しに目を細めながら見上げる空は、いつもと変わらず綺麗な結界が張られていた。よし。


「真白ちゃぁぁぁぁぁん!」


 背後からの十環の声に振り返る。今日は外に行くためか。パンツスタイルだ。


「おはよう。十環」

「おはよう。鬼頭様、おはようございます。今日も真白ちゃんは可愛いですよね」

「ああ」


 いつもと変わらない、謎の挨拶が十環と鬼頭の間で交わされた。


「お……おはようございます」


 そして今日は榕も一緒のようだ。これは珍しい。榕はいつも若月と喧嘩をしながら学校に登校しているのだけど。仲がいいのか悪いのか。


「榕と一緒って珍しいね」

「なんと、今日は榕について行くんだよ」

「それ言っちゃ駄目なやつ」

「あははははは」

「十環姉……普通に挨拶して凄いなぁ」


 榕の謎の言葉を聞きながら校門をくぐる。が、何故か朝から校門に霜辰先生が待ち構えていた。


 え? 昨日はあのあと、授業はできないから帰ってよしと言われて、帰ったんだよ。帰ってよしといったのは先生の方だよ。


「鬼頭真白。校長室に来い」

「え? 職員室じゃなくて?」

「斎木家のご当主もお待ちだ」

「えー。それなら、学校を休んで斎木家に行ったのに」

「四の五の言わずに行け」

「はいはい。それじゃ十環がんばってね」

「真白ちゃんもね」


 霜辰先生に言われた通りに、校長室まできた。私何かしたかなぁ?

 心当たりがありすぎて困る。


 そんなことを思いながら扉をノックしようと思えば、鬼頭がガチャリと扉を開けてしまった。


 ノック!


「朝から呼び出して何の用だ」


 鬼頭は入って早々に用件を聞き出そうとしている。せめて私に挨拶をさせてよ。


「鬼頭様。真白様。朝からお呼び立てて申し訳ございません。どうぞこちらにお座りください」


 校長先生が向かい側の席に座るように言ってきた。その隣には桔梗の父親である紫雨様がいる。目の色が青いから中身はあの蛇ではない。


「それで九樹くじゅう。用件を早く言え」


 向かい側のソファーに座った鬼頭は、不機嫌な様子で話を聞こうとする。何故に突然不機嫌になったの?


「用件は真白様にです」

「私?」


 何だろうなぁ?


「結界を通過できないという苦情がきておりまして、恐らく昨日のことで何か変わったことがあったとは思うのですが、どのように対応をさせていただきましょうか」

「あ……結界ね。うん、変えたことすっかり忘れていた」


 ちょっと結界の仕様を変更したのだ。やはり、今回のことで思うことがあったからだ。


「陰陽庁の車に通過できる術をかけるのをやめようと思ったの」

「そのようなことは、相談していただかないと」

「そうなんだけどね。でも、今回入ってきた異物は龍神様も危険視するほどだったんだよ」

「水神様が?」

「そうそう、それで陰陽庁の建物から穢れが流れ出しているって言ってたし」

「これは早急に調べないと……紫雨、部下に……蛇神様がお目覚めに」


 校長先生の言葉に紫雨様を見ると、目が赤くなっていた。いつもは日が昇っているあいだは寝ているのに、今日はどうしたのだろう。


「先に結界の通過条件を言うが良い」


 その言葉に懐から一枚の封筒を出す。それをテーブルの上に置いた。


「期間指定の通行書です。これを貝合わせのように二つの札に書いて、このような袋に入れて封をしてください」

「一つの呪を三つに分けるということか」

「はい。封を切った時点でも効力が無効化します。しかし渡すときには封を切ると里の出入りは無効になると言う説明のみでお願いします。ああ、中に通行許可書が入っていると言ってもいいです」


 私を騙した手を使ってあげようと思ったのだ。一つでは意味をなさず、三つを上手く合わせないと発動しないものをだ。


「ふむ。作り手を三つにわけて、こちらで封をしろということだな。それで期間というのは?」

「はい。それは袋の方のこの部分に日数を書き込む仕様にしています」

「そこは目に見える形をとるのだな。中々面白い」


 今更、外との繋がりを断つのは難しい。だから出入りを個人に特定すればいい。


「ではそれで行こう。そう言えば今日にも実地訓練に行くと言っていたような?」

「は! 流石にそれは間に合わない」

「まぁ、良い。あと水神の件はあとで直接聞きに行くことにするからよい」

「はっ。かしこまりました」


 さっきから校長先生はガチガチに緊張している。でも紫雨様の前は校長先生が蛇神様の依り代になっていたはずなのに、そんなに怯えることかなぁ?


「一昨日言っておった件は、もう少し時間が必要だ」

「わかりました」


 陰陽庁の内部調査を式神にさせるって言っていたけど、直ぐに結果があがるとは思っていない。


「しかし、鬼頭のおなごの中でも、そなたは毛色が変わっておる。まさか、あの結界を一旦解いて再び構築するなど……本当に……美味そうだ」

「え?」


 私のことを美味しそうって言った? このクソ蛇。それも縦に同行を伸ばして気味が悪い目を向けながら言ってきたのだ。


 すると鬼頭は無言のまま私を抱えて校長室を出ていく。まだ、話が終わっていないと思うのだけど!

 そして、校長室からはカッカッカッカッという蛇の笑い声が聞こえてきている。


 それよりも霜辰先生に結界を通過することができないと言わないといけない。


「鬼頭。ちょっと職員室に……」

「腹減った」

「は?」


 今、ここで言うの?


「ちょっと我慢しようか。先に職員室に……痛い痛い痛いって!」


 抱えている私の首元に噛みついてきた。それを無理やり引き剥がす。

 くっ! 朝から着物に血が!

 はぁ……もういいや。


「中庭に」


 力なくいう私の言葉は、誰もいない廊下に響き渡ったのだった。




 そして四阿のベンチの背もたれに身体を預け、青々と茂った緑の葉っぱの向こう側にある青い空を見る。


「お饅頭が食べたい」


 どこぞの殺人鬼のようになった着物の下から汚れていない手を上げる。


 そこに一匹の蝶が止まった。紫の蝶だ。


『真白さん! 結界を通れませんわよ!』


 桔梗からの文句だった。


『貴女は石蕗さんと居残りだから良いかもしれませんが、こういうことはきちんとお父様に報告してもらわないと困りますわ!』


 それ今朝、言ったよ。それで良いって蛇の方から許可はもらったよ。でも蛇だからね。たぶんあのあと直ぐに寝たと思う。


 一通り桔梗の文句を聞いたあと、式神の蝶を空に解き放った。返す言葉もないよ。


「真白。八坂に行くか?」

「行く!」


 食べ終わった鬼頭は八坂のお饅頭屋に行くことを提案してくれた。

 勿論行く! だって昨日は疲れていて食べれなかったもの。


「ついでに、そいつらに通行書を書いてやればいい」

「は! そうすれば、霜辰先生への言い訳もできる! 鬼頭! 大好き!」


 私は堂々とお饅頭を食べれる口実を作ってくれた鬼頭に抱きつくのだった。





【地獄の釜が開くまであと25日】


_____________


ここまで読んでいただきましてありがとうございました。



鬼頭の嫁の選定の話や十環がぶっ壊れた話、雀の話、中等科の話、そして真白を中心に起こる事件の話がありましたが、芳しくないのでここで終わりにします。


一ヶ月間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。



そして、この作品はフィクションということを明記しておきます。歴史や陰陽師については正確ではありません。


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鬼頭の嫁-最凶の鬼を使役するJKって、美味しいですか?- 白雲八鈴 @hakumo-hatirin

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