第28話 嫌がらせをしたくなる
鬼頭真白の朝は早い。日が昇る前から起きて、朝食と昼食の準備をしなければならないからだ。
だけど、今日はなんだか身体が重い。
これはきっと、今日のことを思うと起きたくないと、身体が拒否反応を起こしているのだろう。
しかし、起きなければならない。意を決して起きようと体を起こそうとするも動かない。何故に!
目を開けると、黒地の白抜きの七宝つなぎの紋様が視界いっぱいに広がっている。
⋯⋯これは昨日見たな。
視線を上げると白い髪が見える。
「何故に私の布団で寝ているわけ?」
私が動けないと思っていたら、鬼頭に物理的に捕獲されていたからだ。
「前から言っているが、無理して行かなくてもいいだろう?」
「それで、私が動けないようにしているわけ?」
はぁ、十二年前のことがあってから、鬼頭は学校にいく必要は無いと言っていた。だけど、ばぁが必要だと言って鬼頭を説得してくれて、私は学校に通い続けているわけだ。
「今日から一ヶ月は外に行って、中等科の補助だから、たいしたことはしないよ」
「そもそも結界の外にでなくていい」
これはどっちの結界のことを言っているのだろう。たぶん、家に施してある結界のことなんだろうな。
「学校は高等科で終わり。後一年も無いんだよ。十環と桔梗と同じ時間を過ごせるのも後少しなんだから、ほら起きるよ」
その後は私は、ほとんどこの家から出ることは無いだろう。私が動かなければならない案件は殆ど無いからだ。
鬼頭はしぶしぶ私を解放してくれた。
いや、体勢を変えて私を布団に押し付けるように上から見下ろしてきた。
「だったら、いつ俺に死を与えてくれる」
死を与えるか。
その言葉は嫌いだ。だからそう言われると、嫌がらせをしたくなる。
手を伸ばして鬼頭の首に絡め、身を起こす。そしてそのまま、鬼頭の首元に噛みついた。
しかし私の牙は、鬼頭の皮膚に突き刺さることはない。
力なく手を離し、布団の上に身体が落ちた。
「真白は大きくなりましたが、弱い鬼です。ですから、このように要様の皮膚に傷一つ付けられません。どのようにして、要様を殺せましょうか?」
鬼頭
が、鬼頭は名を呼ばれることを酷く嫌っている。
嫌っているのを知って、ワザと呼んだのだ。そう、今の鬼頭の表情は凄く嫌そうな顔をしている。
すると、私の右頬を引っ張られた。
「ひはい」
左頬も引っ張られてしまった。
「ひほう。ひはいんはへほ?」
解放された頬がヒリヒリする。両頬を両手で包む。これ以上引っ張られたら、頬が伸びてしまう。
「イラッとする」
「ふん! 鬼頭があんなことを言うからだね」
私は鬼としての力は弱い。その分、術の力を鍛えた。だから、鬼頭に死を与えることはできるだろう。
だけど、そんなことは私自身が許さない。
私の家族になってくれた、ばぁを食ったことを許せない。だけど、私に居場所を与えてくれた鬼頭が、私に殺させようとするのはもっと許せない。
大切な人を手にかける苦しみを、鬼頭は一番知っているのに、それを私にさせるの?
そういう言い方をする鬼頭の望みは、絶対に叶えてあげないからね。
そう思っていると、鬼頭の顔が近づいてくる。
え? なに?
すると着ている浴衣の胸元に手をかけられた。
まさか⋯⋯ちょっと待って!
「ぎゃー! 牙が食い込んでいる! 痛いって!」
首元に激痛が!!
「モゴモゴモゴ」
「何が仕返しだ! 私の牙は突き刺さらなかったし! 朝からこれを洗濯するのは鬼頭だからね!」
こうして朝の時間が過ぎてしまったのだった。
学校に向かう私の隣にいる鬼頭の機嫌はすこぶる悪い。もう、近付いただけで人を殺しそうなほど、機嫌が悪い。
朝のことが尾を引いているのかと言えばそうではない。あれは鬼頭に仕返しをされて終わった。そのあとの殺人現場のようになった布団は鬼頭に洗わせたけどね。
ばぁが、いた頃は鬼頭に何もさせていなかったけど、私は子供だと言い張って、何かと鬼頭に色々させている。
流石に料理は作らせないけど、私が食器を洗うから、拭いて片づけてとか、庭掃除をしてとか、言えば文句を言わずにしてくれている。
あ、食洗機を使わないのかって? 食洗機は一般的な大きさってわかるかな? 私たちが使う皿は入らないのだよ。
せっかくシステムキッチンにしたのに、使えないのだ。
「真白ちゃーん!! おっはよー!」
背後から十環の元気な声が聞こえてきた。振り返ると、今日はワンピースではなく、ブラウスの上からベストを着て、ハーフパンツ姿だ。それもかなり大きなポケットがついているズボン。
外に行くための仕様だ。
「真白ちゃん。可愛い! 十環が頑張って選んだ甲斐があったよー!」
私が着ているのは十環が選んで買った洋服だ。外に行くには着物袴姿は目立つので、洋服姿で出ることにしている。
しかし洋服のセンスが私には無いので、十環に決めてもらっていた。
「鬼頭様。おはようございます。今日の真白ちゃんは激カワですね」
「⋯⋯ああ」
今日も謎の挨拶が二人の間で交わされた。
「でもタイツを履いちゃったんだぁ。十環のおすすめはオーバニーソックスだったのだけど」
あ⋯⋯それ今朝、鬼頭ともめたことだよ。
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