第20話 安倍晴明はいい意味でも悪い意味でも異端者

「それはなんですの?」


 桔梗は顰めた表情をしている。対象的に十環はニコニコでご機嫌全開だ。


「いなり寿司だよ!」

「おじゅうにみっちり。全部、いなり寿司……それを食べる気ですの?」


 校内の食堂で、一段重箱をテーブルの上にドンと乗せて蓋を開けたときの二人の反応だ。


「ひっ!真白さん。まさかそのお重全部いなり寿司とかいいませんわよね」


 鬼頭が謎の空間から出した五段重箱を見た桔梗の反応だ。


「違うよ。一番下はいなり寿司だけど、一段目は卵焼きと蒲鉾と煮しめで、二段目が……」

「ちょっと耐性を得る時間が欲しいですわ」

「学食でフルコースを並べている桔梗に言われたくないよ」


 十人ぐらい座れるテーブルを四人が占領して、テーブルいっぱいに重箱や料理が乗った皿が広がっている。


 桔梗は専属の料理人を連れてきて、どこの料亭の料理だといわんばかりの昼食を用意しているのだ。

 さっきの紫色の蝶は、もうすぐ食堂に向かうという連絡を入れていたのだ。


 だから、食堂に来て直ぐに桔梗の前に料理が並べられている。


 そして桔梗がこうも驚くのは、一緒に食べるのは初等科以来だからだ。そう、初等科の時は鬼頭が私について学校には来ていなかったから、この状況を知らない。


 まぁ、ここで何故鬼頭が私について学校に来ているのか問題が発生するのだけど、これはそのうち説明しよう。


 そして私は、鬼頭の五段重箱を一段に詰め込んだ重箱を目の前に置く。


「いただきます」

「真白さん。その前に結界を張ってくださいませ」

「いいよ」


 桔梗に言われて、私達を囲うように結界を張る。今度は防音も備えた結界だ。


「それで、真白さん。先程の光景がどう見えましたか?」


 早速、桔梗が本題を打ち出してきた。前置きなど必要なく、自分の言いたいことはわかっているだろうということだ。


「失敗作かな?」

「失敗作なのですか?」


 私の言葉に、桔梗はオウム返しに聞き返す。何の失敗作とは言っていないけど、桔梗はそれよりも失敗していることに驚いていた。


「なに? なに? 何の話?」


 十環がいなり寿司を頬張りながら聞いてきた。まぁ、普通は気が付きはしないから、十環の態度は普通だ。


「石蕗さんが思念の塊に対処したときの話だよ」

「あれ、不思議だよね。私には浄化のように思ったのだけど、真白ちゃんは違うって言うし、あれどうなっていたの?」


 思念の塊を排除したとき、手をかざしただけで消えたようにみえた。だけどあれは違う。


「取り込んだのだよ」

「え? 取り込んだ? 思念の塊を? 気持ち悪!」


 何を想像したのか、十環は口元に手を当てて、青い顔をしている。

 普通はあんなモノは体内に取り込もうとは思わない。


 だから、取り込むように人為的に仕組まれているのだ。


「多分、彼女は取り込む対象物は見分けられるけど、式神となる異形は見分けられない可能性があると思う」

「え? そんなのあり?」

「真白さんの言う通り、確かに式神がいないという言葉を汲むと、そのように思えてきますわね。それでどう失敗作ですの?」


 桔梗としてはそこが知りたいのだろう。そして、それを上に報告する義務がある。自分たちの判断が合っているのか間違っているのかということだ。


「混じりすぎて、グチャグチャ。形をなしていない。だから……生きることもない」


 私は最後の言葉を言いどもった。別に彼女に気を使ったわけではない。


「そうですか。ですから、式神に喰わせて式神の強化につなげる方針になっているのですね」

「多分、成功していても、上はそう判断すると思う」

「成功ってなに? なに?」


 成功か。十環そう聞かれて、黙々と食べている鬼頭を見る。すると一瞬私に視線を向けて、続きを食べだした。


 良いってことなのだろう。


「不老不死の存在を作り出すこと」

「え? それは石蕗さんがってこと?」

「違う。違う。失敗例をあげると安倍晴明だね」

「いい意味でも悪い意味でも土御門家の異端者ですわね。まぁ、当時は安倍家でしたが」


 いい意味でも悪い意味でもか。桔梗は厳しいね。


「ちょっと意味がわからないよ。安倍晴明って、凄い陰陽師だってならったよ。失敗例じゃないよね?」


 十環の言う通り、安倍晴明は歴史に名を残す偉人だ。だけど、その出生はどうだと言われたら、白狐である葛の葉の子とある。

 そこに不可解が生じていることに疑問を持たなければならない。


「それじゃ、下級官僚でしかなかった父親から、なぜ歴史に名を残す晴明が生まれたのかを考えてみたらどうかな?」

「それは白狐が母親だからだね」

「十環は異形と人の間に子ができると思っている?」

「だって、鬼頭家がそうだよね?」


 鬼頭家。鬼と呼ばれる者の血を引く一族。

 では鬼とは、どういう者をさしているのか。


「それは違う」


 十環の言葉を否定したのは、本人である鬼頭だった。



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