第3話 孫は甘やかすものだと思う。それに可愛い嫁は可愛がるものだ。
人の肉を食らう鬼頭の横で私は、バリバリとスナック菓子を食べる。
これが私にとっていつもの光景だ。
だが、陰陽庁の者たちが鬼頭に声をかけない本当の理由がここにあると言ってもいい。
鬼頭は私の式神だが、私の言葉に従ってはいないことが明白だ。ここに鬼頭の普通ではありえない在り方が問題になってくる。
「真白。足りない」
ポテチを持っている右手を鬼頭に握られてしまった。このままだと、ポテチが全て血の味になってしまう。
「私がポテチを食べ終わるまで待って欲しい」
だから、長期間の依頼を受けるのは嫌なのだ。いつもなら腕一本で事が済むのに、我慢させるとその反動が酷い。
「足りない」
私が左手で抱えていたポテチの袋を取り上げられ、鬼頭の方に引き寄せられたかと思えば、首元に噛みつかれた!
「痛いって!」
「ほうへふぐはほふ」
噛みつきながら喋るな!
無理やり鬼頭を引き剥がす。いくらか肉を持っていかれてしまった。
「確かに直ぐ治るし! 切り取られた腕も生えてくるけど、痛いものは痛いから、痛覚を無効にしてからにしてって何度も言っているよね!」
「一週間。我慢した」
「わかったよ! 右手を持っていけばいい『痛覚無効』っ!」
言い終わる前に私の右頬に鮮血が飛び散る。そして直ぐに生えてきた右手で、鬼頭の胸ぐらを掴んだ。
「だから言い終わってからだって言ったよね!」
「うん」
人の腕に噛みついたまま何が『うん』だ。食欲旺盛すぎるのだ。
「はぁ。ポテチの袋にやっぱり入っているじゃない」
ゴミ袋の中に殺人現場に落ちていたお菓子になってしまった物体を投げ入れる。そして前の座席に置いていたクッションを手にとって、窓側に置いた。
「寝るから家に着いたら起こして」
「うん」
もうこれはふて寝するしかない。全く人の言う事を聞かない。何が私の式神だといいたくなる状態だ。
しかしこれも致し方がない。
鬼頭は過去の陰陽師が調伏できなかった鬼だ。だから鬼頭を扱うことは普通はできない。
その鬼頭が何故、人と共にいるのか。
鬼頭はその昔、貴族の姫君を攫った。なんでもその姫君を気に入ったとかなんとか。
これは本人に聞いたわけではなく、本家の当主から私が役目を引きついだときに聞いた話だ。
そして、その時代に力がある陰陽師が、貴族の依頼を受けて討伐に向かったそうだが、敵わなかったそうだ。なぜなら、心臓を突き刺そうが、首を切ろうが死ななかったらしい。
本当に化物だということだ。
しかし、何故か姫君のことは大切にしていると。だからその陰陽師は画策した。調伏できないのであれば、別の物で縛り付けようと。
ここで陰陽師が手を引けば、はっきり言って何も問題が起こりはしなかった。だが、陰陽師としては、鬼を調伏できなかったことが悔しかったのだろう。
なんとしてでも、強い式神を手に入れたかったのだと思われた。
それはあまりにも非人道的なことだったからだ。
鬼頭と姫の間に二人の子が生まれた。男児と女児だ。
その女児を引き取り、己の子を産ませ、姫が亡くなったときに鬼頭の前に差し出したのだ。
陰陽師の血と鬼の血が混じった幼女を姫の代わりだと言ってだ。それが私の先祖の始まりでもある。
鬼頭家。それは鬼の血を持つ陰陽師の子孫。
そして不死の鬼を縛り付ける
まぁ、本人がどう思っているかは知らないが。
ということで私は鬼頭の子孫であり、陰陽師の子孫ということになる。だが、血筋からいけば、鬼頭は私の高祖父にあたる。
そう、鬼頭の嫁が定期的に存在するということは、鬼頭家に元々の鬼である鬼頭の血が定期的に入るということだ。
だから、千年経っても鬼の血は薄れることなく現代にまで鬼頭家が存在するのだ。
なんとまぁ馬鹿げた話でもある。そして恐ろしい話でもある。
「ましろ……真白」
揺り動かされ、名前を呼ばれている。家に着いたにしては早いな。
「なに?」
「乗り換えるらしい。我慢の限界だと」
乗り換える? 確かに後ろの座席は殺人現場のような状態になってしまっており、一週間だけ着ていた学校の制服は見る影もない。
藤宮はこの血の匂いに耐えられなくなったのだろう。
「ふーん」
私はそう言って鬼頭に両手を差し出す。
「なに?」
「抱っこ」
「乗り換えるだけだが?」
「孫は甘やかすものだと思うけど?」
正確には孫ではないけど、私だけ大変な目にあっていると思う。だから、寝ているところを起こさずに、そのまま運んでくれてよかったのだという意思表示だ。
「これでも甘やかしていると思うが?」
「全然足りない。それに可愛い嫁は可愛がるものだ」
鬼頭真白は鬼頭の嫁。それが与えられた役目でもある。
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