偏りの世界で真実を問う

星咲 紗和(ほしざき さわ)

第1話 偏りのはじまり

「人は見たいものしか見ない」


その言葉を初めて耳にしたのは、大学時代の心理学の講義だった。講師はスライドに新聞の見出しをいくつか投影し、教室の静寂を破るように問いかけた。


「この中で、どれが本当に正しいと思いますか?」


画面には、ある環境問題に関する正反対の主張が並んでいた。一つは「環境政策の進展で大気汚染が減少」と楽観的なもの、もう一つは「進む破壊、地球はもう終わり」と危機を煽るものだった。私は思わず、後者を指さした。「この方が現実的だ」と思ったからだ。


「実はどちらも正しい情報です。ただし、どちらも半分だけです。」

講師はそう言って、ニヤリと笑った。


私はその時、「確証バイアス」という言葉を知った。人は自分が信じたいことを強化する情報だけを集め、都合の悪い情報を排除する傾向があるらしい。それは環境問題だけでなく、政治、経済、果ては日常の小さな出来事にも潜んでいるという。


「私たちの脳は完璧ではありません」と講師は続けた。「特にニュースやメディアから得る情報は、しばしば偏ったフィルターを通じて受け取られます。そして気づかないうちに、自分のバイアスが強化されていくのです。」


その講義を思い出したのは、10年後のある日、ネットニュースを見ていた時だった。ある政治家のスキャンダルを扱った記事のコメント欄が、賛否両論で埋め尽くされていた。その中で、私は自分の信条に合う意見だけを「いいね」している自分に気づいたのだ。


「これって、あの確証バイアスじゃないか?」


その瞬間、自分の思考がいかに偏っているかに気付いた。同時に、「他の人も同じように偏っているのではないか?」と疑問が湧いた。真実はどこにあるのだろうか? 私が見逃しているものは何だろう?


この物語は、そんな気付きから始まる。私たちが普段目にするニュースや情報は、どれほど偏りを含んでいるのか。そして、偏りの向こう側にはどんな真実が隠されているのか。


次回は、SNSの情報フィルターが私たちの世界観をどう形作っているのかを探ってみたいと思う。私たちの「見たい世界」が、本当に「現実の世界」なのかを問う旅の第一歩だ。

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