鋼人伝奇ガンテツ 想いは遥か、時の彼方に

ちみあくた

プロローグ・俺のぼやきを聞いてくれ

 今は昔の物語。

 

 俺がこの世に生を受けるよりずっと前、35年も前に起きた事だ。

 

 その頃、俺らの国は大きな戦争がもたらした深い傷跡を克服し、焦土と化した国土を再建して、かってない繁栄への道を歩き出していた。

 

 昭和39年10月10日。どこまでも澄み渡る青空の下、日比谷の国立霞ヶ丘陸上競技場で、七万人以上の大観衆を集め、東京オリンピックの開会式が行われた日。

 

 赤、青、緑……旗手が掲げる国旗に続き、原色の鮮やかなユニフォームで入場した世界のトップアスリート達が、にこやかに超満員の観衆へ手を振る。

 

 アジアで初めて開催される五輪の華麗なセレモニーに目を奪われ、電気屋の店頭に飾られたカラーテレビの映像に道行く人々が釘付けになった。

 

 ちっぽけな14インチの画面の中に、誰もが鮮やかな色の躍動を感じた。灰色の時代、長く辛いトンネルを通り抜けたのだという実感から来る気持ちの高まり。

 

 だが、会場のムードが最高潮に達した瞬間、それは起きた。

 

 いきなり空が割れたのだ。

 

 そして楕円を成す裂け目の周辺部が光り輝く輪となり、直径100メートルを優に超える大きさにまで広がった時、見開かれた人々の目に、更なる怪異が映った。

 

 光の輪の中心を通り抜け、何かがこちらの世界へ出て来ようとしている。

 

 更に観衆が目を凝らすと、曖昧な影にしか見えなかったものが繭の形を成し、何かで吊り下げられてでもいるかのように、ゆっくりと競技場の中央へ降り立つ。

 

 間も無く、繭から現れた物体は人の姿をしていた。

 

 身の丈、およそ40メートルもの巨躯を黒い鋼の装甲で包んだ巨人は、全身の関節に設けられた排気口から多量の蒸気を噴出させつつ、辺りを睥睨する。

 

 セレモニーを放棄して逃げ惑う選手達を見下ろし、まだ真新しい会場内、唖然として立ち尽くす観衆を見る。

 

 青く輝く大きな瞳が、その時、見下ろしていたのはおそらく当時の日本の姿そのものだろう。設置されたテレビカメラもまた、一斉に巨人の姿を捉える。茶の間のモノクロ画面を通し、何万人もの日本人が、その運命の瞬間を目撃した。

 

 彼が何者で、何処から来たか?

 

 それは、21世紀を目前にした現代においても、全く判明していない。

 

 だが、確かに言える事が一つある。巨人の出現で、俺らの国の歴史は大きく変わった。おそらくは本来進む筈だった方向から。

 

 変わったことが日本にとって幸せだったのか、不幸だったのか、それは誰にもわからない……

 

 

 

 

 

 そこまで書いて、黒岩真希は、400字詰めの原稿用紙をクシャクシャに丸め、傍らのごみ箱へ投げ込んだ。

 

「あ~、ダメだぁ。何度、書いても気に入らない」


 丸まった原稿用紙で溢れんばかりになっているごみ箱を横目でにらみ、真希は仰向けにひっくり返った。


 ゴロゴロ転がってみると、床に染み込んだ油の匂いがする。重油と機械油が入り混じる匂い。時々、金属板を削り、ドリルで穴を穿つ甲高い音もした。普通の高校二年生なら相当耳障りだろうが、真希は平気だ。何せ、子供の頃から慣れ親しんでいる。


 ここは、真希の父親、黒岩轍治が経営する機械部品製造工場の中である。

 

 日本が誇る中小企業のトップランナー、町工場や鉄工所が立ち並ぶ大田区の根黒島三丁目、中でも黒岩製作所といえば、近所でもチョイと知られた古株で、轍治の起業から20年が過ぎている。

 

 在庫を保管する場所は敷地内に二つあり、今、真希がいる小さな倉庫の二階は、何らかの理由で依頼主が引き取りに来なかったジャンク・パーツばかり保管されていた。従業員が滅多に来ず、隠れ場所にはもってこい。

 

 同時に心の傷を癒すにも最適だった。真希は二日前、都立・金浜高等学校で同じブラスバンド部に所属する戸川衣里に告白し、呆気なくフラれたばかりなのだ。

 

 ちょい昔、人気があったバラエティー番組のシチュエーションを敢えて再現し、真希が「お願いします!」と衣里に花束を差し出したのは、部の練習が終わり、帰る間際の自転車置き場での事。

 

 大きく傾いた夕日の赤みを頬に映し、次の瞬間、何の躊躇いもなく「ごめんなさい!」と、衣里は頭を下げた。真希とはろくに目も合わさないままで。

 

 あ、この子もあの番組見てたのか……なら、笑って誤魔化すしかねぇなぁ。

 

 真希は咄嗟にクールな笑みを作り、「アバヨッ」と大仰に片手をあげて、一目散に逃げ出した。わざとつまずき、前のめりにコケてみせる。背中で衣里の笑い声を感じた。

 

 これでシャレになったのだろうか?

 

 何せ、真希の告白連敗記録は、既に二桁へ達している。

 

 良いな、と思った女子を見つけると、その子が所属する部活動に参加。フラれたら退部の繰り返しで、貴重な高校生活を半年ほどムダに費やしている。

 

 自分でも何やってんだと思うけど、彼女を探す事以外、特にやりたい事が見つからないのだからしょ~がない。

 

 何事につけ諦めが早いのが自分の長所だと、日ごろ真希は考えていた。時代遅れな告白スタイルにせよ、フラれる事を始めっから前提にしているような所が、何処かにある。

 

 真希が父親の次に苦手としている年が離れた二人の姉は、金浜高校に様々な伝説を残す逸材だったそうだが、真希自身は勉強イマイチ、スポーツそこそこ。極めて中途半端な、ごく普通……いや、普通より斜め下くらいのパッとしない高校生だ。

 

 できる事と言えば、世の中の歯車に乗っかっていく手前、まだガキでいられる間のささやかな暇つぶし位のもの。

 

 マスコミでは彼らの世代を新人類なんて呼んでいるが、理解できないのはシャカリキで働き、企業戦士なんて言われて良い気になっている上の世代の方じゃないかと思う。

 

 確かに今の日本の景気は良い。

 

 90年代初め、不動産の価格が暴落し、バブル崩壊なんて言われた事もあったが、アメリカを含む先進国の国力低下に伴う世界的不況が続く中、日本経済だけは相変わらず高い成長率を維持している。

 

 ジャパン アズ ナンバーワン、それは今や世界の共通認識だ。

 

 そして、その原動力となったのが……

 

 

 

 

 

 上半身を起こし、真希は文机の上に飾られたプラモデルやアニメキャラの中から黒い塩化ビニールの人形を手に取った。

 

 35年前に現れた通称「大鋼人」の玩具だ。

 

 適度にディフォルメされたこいつは愛嬌のある顔をしているが、本物の大鋼人は、発足後14年でまだ貧弱な装備だった自衛隊と駐留米軍を蹴散らし、後に光輪より現れた怪物「大鋼獣」と共に日本各地で暴れ回って、多大な被害を出したと言う。

 

 又、破壊されたその体を調査・研究した事により、日本は技術的に大きなアドバンテージを得た。

 

 黒い装甲の素材となるアビシューム合金の構造分析と鋳造法、複雑な動きを可能とする関節等の制御機構、そして何より貴重だったのは、莫大なポテンシャルを秘めながら環境にも優しい画期的エネルギー・システムの発見だ。

 

 元素抽出したアビシュームと水素を一定の割合で混合、燃焼して電気を生み出すやり方は典型的水素発電の発展形と言う所だが、桁違いの発電効率を誇り、有害な廃棄物が全く出ない。

 

 シンプルなフィルター処理によりピュアな水と余剰エネルギー分の熱のみ発生。

 

 小型化されたジェネレーターを車両等に搭載する場合、蒸気の排気口を設ける必要がある事からハイ・スチームと呼ばれている。

 

 鉱物としてのアビシュームは日本海溝付近に莫大な量が眠っており、採掘技術のイノベーションも相俟って、生まれ変わった新たな蒸気機関と言いかえても良い。

 

 以降、日本は石油資源に依存する必要が無くなった。


 更に大鋼人の構造を模した可変人型機械=VF(バリアブル・フィギュア)の開発・量産にも成功して、他国には真似できないVFの市場を広げていく事により、世界経済の覇者となった。

 

 黒岩製作所も又、その恩恵を大きく受けてきた中小企業の一つだ。

 

 VFメーカーとして国内外で8割以上のシェアを誇る大企業ギャロップ・エレクトロニクスの下請けを務め、特殊な仕様の部品開発・製造を引き受けて、今やカスタムメイド品まで手掛ける安定した企業運営を続けてきたのだから。

 

 

 

 

 

 真希は小さなため息をつき、もう一度原稿用紙を文机に置いた。

 

 彼が新たに見つけた暇つぶしは、黒岩家とも因縁浅からぬ大鋼人の物語を小説にまとめる事だ。いや、一応、過去の事実をベースにしているから、ノンフィクションと言うべきか?

 

 実は、この倉庫の奥まった部分に幾つか大鋼人にまつわる新聞のスクラップ記事や、資料の類が保管されていて、それが妙に厳重な封を施されていたから、暇を持て余す高校生の好奇心をくすぐったのだが、塩ビ人形を見つめる真希には、その無表情な顔が父・轍冶の横顔と重なって見えた。

 

 無口で頑固で、意地っ張り……

 

 そんな父は真希にとって、未知の世界から来訪した伝説の巨人以上に全く理解できない存在であり、過去の物語を紐解いていくことで何かがわかりそうな気がした。

 

 もし、何もわからぬまま途中で投げ出す事になったとしても、どうせ只の暇つぶし。

 

 いつも通り、さっさと諦めりゃ良い。小説家の才能なんて、俺、丸っきり有りゃしないし、な。

 

 真希はそう嘯き、原稿用紙の升目を埋める作業に没頭していく。

 

 時に1999年、六月。

 

 中世ヨーロッパの大予言者が書き記したと伝えられる世界終焉の日まで、既に一か月を切っていた。

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