第2話 転生 – 忘れ去られし武神②

カルミナ帝国の国境近くにある小さな町へと物語の舞台は移り変わる。


町の東には古くから伝わる星紋儀式台があり、今日は六年に一度の「天恵の祝福」の儀式が行われていた。


カルミナ帝国の六歳に満たない子供たちが家族に連れられ参加する。祭壇に集った子供たちは、それぞれの家族が捧げた貴重な供物を通じて神々の祝福を受けるのだ。


古の伝承では、供物が珍しく高価であるほど、神との契約が深まり、より強力な魔法の力が授けられると言い伝えられている。


今年、この儀式に参加するライアン家は、二人の子供を連れていた。当主ライアン=ホルトの第六子ジュリアと、第七子ルーカス――愛らしい妹と端正な顔立ちの弟の兄妹だった。


祭壇の中央には、ジュリアが無邪気な表情で立っていた。口には棒付きキャンディーがくわえられており、それが愛らしい彼女を静かにさせるための策であることが容易に想像できた。


状況がわかっていない様子で、小さな手でキャンディーを握りながら、興味深げに周囲を見回している。父であるホルトは堂々とした足取りで祭壇に歩み寄り、手にするのは貴重な品、一目で見る者にその価値を悟らせる特別な存在感を放つ――「雷の痕」を供えた。


供物が置かれると、祭壇に刻まれた星紋がたちまち青白い光を放ち、次の瞬間、魔法陣が発動した。かすかな雷鳴が遠くから響き渡り、その音と共に精霊たちが姿を現した。


精霊たちは青白い光を放つ小さな妖精のような存在で、彼らの体からは微細な電流のような音が聞こえる。その音色は、風鈴のように透き通った響きと、稲妻のような力強さを兼ね備えており、どこか神秘的だった。


彼らは小さな笑い声を上げながら、次々とジュリアの額へと飛び込み、彼女の体内に吸い込まれていく。


1体、2体、3体……6体、7体……。


その様子を見守る人々の間から、驚きの声が次々と上がった。


「この子は雷神カイオスの祝福を受けたぞ!」


「しかも七精霊の恩恵だ!」


「ここ十年で一番の祝福かもしれないわ!」


「ああ、羨ましい!ライアン家の未来は安泰だな!」


群衆からの称賛に、ホルトは満足した表情を浮かべ、ルーカスに視線を向けた。


「次はお前の番だ、ルーカス」

ルーカスはその声に応えるように頷き、胸を張って一歩前へと進み出た。


彼の顔立ちは母親譲りの整ったもので、まだ幼いながらも端正さは際立っており、多くの少女たちの憧れの的になる将来を予感させた。ルーカスが自信満々で歩むと、父ホルトも誇りげに微笑んで見守っていた。


ホルトは執事に取り寄せさせた供物――「火の力」を宿した名刀を慎重に祭壇に運んだ。


刀身から漂う熱気は、目には見えない炎となって揺らめき、その圧倒的な存在感を周囲に放っていた。


「雷の痕」を凌駕する価値を示すその名刀は、ホルトがほとんど全財産に等しい資金を投じて手に入れた逸品だった。それほどまでに、ルーカスへの期待は大きかった。


名刀が祭壇に捧げられると、星紋が再び輝き始めた。青白い光とは異なる、赤熱したような光が陣を満たし、辺りは眩い輝きに包まれた。


その場に居合わせた誰もが息を呑み、次に何が起こるのかを見守った。

「先ほど以上の天恵が降り注ぐだろう」――人々の間にそんな期待が広がっていた。


だが、次の瞬間、誰も予想しなかった異変が訪れた――激しい光が突如として消え去り、祭壇には不気味な静寂が訪れた。


ルーカスは、その場に崩れ落ちた。彼の小さな体は力を失い、崩れるように地面に倒れ込むと、動かなくなった。その顔は血の気を失い、目を閉じたままの彼は、まるで命の火が消えかけたかのように見えた。


同時に、名刀を包む奇怪な炎が突如として現れた。その炎は禍々しい紅蓮の光を放ち、刀身を飲み込むように燃え上がった。轟々と燃える音を立てながら、刀はその形を維持できず、一瞬にして鉄水と化してしまった。


炎が消えた後、かつて名刀と呼ばれた品の面影すら残らず、ただ赤黒い液体がそこに広がっていた。ホルトはその光景に呆然と立ち尽くし、声を上げた。

「これは一体どういうことだ!何が起こったんだ!」


人々もまた、言葉を失い、祭壇を見つめていた。

その中から、恐る恐る囁く声が上がる。


「ライアン家の子供が……火神の呪いを受けたではないか……」


その言葉は瞬く間に人々の間を駆け巡り、波紋のように広がった。誰もが恐れと困惑を抱きながら、ホルトと意識を失ったルーカスの姿を見つめ続けていた。


それは、期待が絶望へと反転する瞬間だった。驚愕と恐怖に包まれる群衆の中、白衣をまとった祭司が静かに結論を下す。

「これは神の拒絶だ」


「ライアン=ルーカスは火の神に忌み嫌われた子供なのだ」


意気揚々と祭壇を訪れていたライアン一家は、意識を失ったルーカスを抱え、落胆の表情を浮かべながら帰路についた。


三日後、ベッドで横たわるルーカス(秀一)は、ゆっくりと目を細めて薄く開けた。

 

部屋に誰もいないことを確認すると、ようやく完全に目を開き、その幼い顔には信じられないという表情が浮かんでいた。

 

「俺は……転生したのか?」

 

フラフラする意識を立て直し、今の状況を把握する。

 

「待て待て、魔法神に拒絶され、家族にも見放された落ちこぼれって、どんなハズレ転生コースだよ!」

 

アルカナス大陸の上空、高次元に広がる神魔の空間では、火神バルフラムが激怒していた。

 

「ライアン家の虫けらめ!」

 

「我を屠ろうとしたあやつの刀、それが供え物に捧げられようとは……神への冒涜、決して看過できぬ!」

 

「忘れもせぬ、あの筋力任せの粗暴者……」

 

怒りが頂点に達したバルフラムは、愛用していた炎帝の玉座を力任せに蹴り砕いた。

 

「子供の魂を砕いただけでは済まぬ……天罰が必要だ!」

 

同じ頃、最凶と謳われる神魔の空間の一つ、「天源の窟」にて、武道を究めて神格を得てから、悠久の時を過ごしてきたマルスという神がいた。彼は今まさにさらなる高みを求め、上位の次元へと旅立とうとしていた。

 

次元の狭間にある障壁を破り、未知なる世界へと足を踏み入れようとしたその時、彼がふと止まった。

 

何かを察知したのか、マルスの低い声が静けさを破った。

 

「ほぉ……この気配はまさか……」

 

「懐かしい…アルカナス大陸で俺が使っていた名刀『裂空』ではないか」

マルスの目に、光が宿った。

 

かつての激戦、そしてその刃が刻んだ伝説の数々が、脳裏に浮かび上がるようだった。

余韻に浸るように微笑みを浮かべながらも、マルスの瞳には怒りの色があった。

 

「バルフラム、小心者め……名刀を壊して神威を示すつもりか。滑稽だな」

 

「まぁ、あいつが弱すぎたんだ。3割くらいの力で一閃しただけなのに、危うく消滅させちまったからな」

 

傍に仕えていた従者が言った。

「あなた様は武道一筋。信者を増やすこともなかった」

 

「しかし、千年が経ち、かつて魔法と並んだ武道そのものが、今や絶滅状態とはな…」

 

その言葉に従者は肩を落とし、どこか寂しげな色が滲んでいた。

 

「がぁはっはっは、武の伝道者ってのは、俺には似合わねぇ役目だったな」

 

「新たな頂を目指し、俺は上位の次元へ旅立つ。この千年、武道を広める使命を怠ったが、最後に後進への灯火を残しておいてやるか」

 

「小さきよ、武を極め、道を開け」


武神マルスが威厳をもって宣言を発すると、その言葉は空を裂き、初めて地上に彼の加護をもたらした。

 

ルーカスの寝室に何の前触れもなく現れたのは、9体の全裸で筋骨隆々たる精霊たちだった。

 

「なんだなんだ!筋肉大会か!?」

思わず声を上げたルーカスは、目を大きく見開く。

 

ただの筋肉マッチョにしか見えなくても、翼が二対もついているなら、精霊だと主張しても許されるだろう……多分。

 

精霊たちは、筋肉の躍動を感じさせる華麗な動きで宙を舞い、ルーカスの額に次々と吸い込まれるようにして消え去った。

 

その瞬間、ルーカスの頭に「神の祝福」を告げる啓示の文が浮かび上がる。

《武神の祝福(9星)》:武の頂きから贈られる祝福により、武道の修行においてあらゆる制限を突破する力を手に入れた。

 

9 星 祝 福ノウェム・ステラーム?…えっーと、マッチョの精霊変なオジサンが…全裸で入ってきたよな...」

 

「うっ…思い出したら、一気に寒気が……」

ルーカスは頭を抱えた。これを祝福と呼べるのだろうか…

 

「それにアルカナス大陸の上位神に武神なんていたっけ?」

ここは魔法の世界だったはずだ。

 

疑問が浮かび上がったルーカスは、体に残された記憶を探った。そうして探り当てた真相は――どこまで行ってもこの大陸は魔法が至高である、つまり魔法に支配された世界なのだ。

 

予想外の「祝福」に彼は困惑を隠せなかった――精霊の祝福を受け、魔法を極めるのが揺るぎない王道だ。

 

「上位神が火山噴火レベルの魔法をぶっ放してるような時に、根性で殴れってか?頼むから平和な異世界生活をさせてくれよ!」

 

部屋に響くその声が神々に届いたかは定かではないが、武神の使命を背負わされた主人公は、不格好にも旅の始まりにこんな言葉を残すのであった。

 

あぁ…神様仏様精霊様…魔法の世界で落ちこぼれなんて…俺の魔力どこ行ったぁぁぁぁ!

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