僕らは嘘で生きている。

 声ともは、そんな僕にとって案外、救いの場だったのかもしれない。


 そこには自由があった。顔も知らない、名前も知らない相手と話すだけの関係だから、変に気を遣う必要もなかったし、評価を気にすることもなかった。たとえ嘘をついたとしても、次の日にはすべて消えてしまう。誰も僕を責めないし、僕も相手を責めない。


 一度きりの関係だからこそ、少しの嘘や見栄を張ることが許される。声だけで繋がるこの空間では、誰にも見られないし、記録もされない。だから、ほんの少しだけ自分を変えてもいいし、なりたい自分になってもいい。


「僕、実は南極でペンギンの研究をしてるんだ」と言えば、「それ面白いね」と純粋に返してくれる人がいる。


 ほんと、わかりやすい嘘をついたと、自分でも思う。


 けど、たとえそれが嘘でも、誰も詰めたりしないし、むしろ、その嘘の延長線上で、話をどんどん膨らませていける。それが楽しい。


 相手方もそうだ。あるひとは自分を医者だと言い、またあるひとは自分をアイドルだと語った。


 それがほんとか嘘かどうであれ、僕らはその役を会話のなかで全うした。


 南極にいるはずの僕は「それならオーロラも見たことあるの?」と聞かれ、「もちろん! 実は空が燃えるような赤に染まることもあるんだ」なんて、嘘を嘘のまま楽しむことができる。そんな会話が心地よかった。


 この感覚は、昔のスナックや居酒屋の空気に似ているんじゃないかと思う。



〈つづく〉

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