あの頃

 ネット恋愛というものを知ったのは、ずいぶん後のことだった。


 あの頃の僕にとって、彼女とのやりとりは恋愛とは違っていたように思う。確かに特別な感情はあったし、彼女の声を聞くと心が軽くなるような気がした。でも、それを恋愛と呼ぶには、どこか違和感があった。


 僕たちの間には顔も知らないという絶対的な距離があった。距離があるからこそ、自由でいられた。相手に何も期待せず、相手から何も期待されない。その関係性が心地よかったのだと思う。


 ネット恋愛という言葉を知ったとき、ふと彼女との会話を思い出した。「あれは恋愛だったのだろうか?」と考えることもあったけれど、答えは出なかった。


 おそらく、それは恋愛というよりも、孤独を埋めるためのつながりだったのだと思う。誰かと話したい、声を聞きたいという純粋な欲求。その欲求が、お互いの声を引き寄せていただけだったのかもしれない。


 でも、だからといってその時間が無意味だったとは思わない。彼女との会話がなければ、僕はあの頃の孤独に押しつぶされていたかもしれない。恋愛かどうかなんて関係ない。彼女の声が僕を救ったことには変わりないのだから。



〈つづく〉


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