第8話 夜風に宿る教え


三宅坂での追撃


首都高の深夜。三宅坂JCTを抜けたトンネル出口付近、蒼井ヒロキのFD3Sは前方を走る二台を追っていた。先頭を駆けるのは西野アレトのシルビアS15、続くのは白石コウスケのスバルインプレッサGC8。


「くそっ...あのプレッシャー、半端じゃない!」


西野のシルビアは、白石の圧力を跳ね返すべく全力で逃げていた。トンネルを抜けると、左カーブが現れる。西野はスピードを緩めることなくドリフト状態に入り、後輪を滑らせながらコーナーを駆け抜けた。


「流石だ、西野。」


だが、その直後に迫るのは白石のインプレッサ。彼の走りは異常なまでに正確だった。暴れるシルビアの後ろで、わずかな狂いもなくブレーキングとコーナリングを繰り返す。


「なんだよ、あのコントロール力...」


後方からそれを追う蒼井もまた、白石の気迫に圧倒されていた。


神田橋での並走


神田橋付近に差し掛かると、連続する高速S字コーナーが待ち受ける。白石のインプレッサが西野のシルビアの横へと並びかける。


「嘘だろ、正気かよ...!」


蒼井はその光景に目を見開いた。サイドバイサイドの状態で駆け抜ける二台。どちらかがミスをすれば、二台とも高架から弾け飛ぶ危険がある。


西野のシルビアはタイヤが悲鳴を上げ、車内で西野は思わず声を上げた。


「こんなの死ぬぞ!」


一方で、白石は冷静そのものだった。彼はインプレッサのフロントヘビーな特性を完全に操り、わずかなズレも許さないライン取りで並走状態を維持していた。


 江戸橋JCTでの勝敗


江戸橋JCTに差し掛かると、ブレーキング勝負が始まる。西野がタイミングを遅らせる中、白石はさらに遅れてブレーキを踏み、コーナーの立ち上がりで見事に前に出た。


「くそっ、やられた...!」


西野はそのままペースを落とし、後方に失速する。メンタルの限界が近づいていた。


「後は任せたぞ、蒼井。」


その言葉を聞いた蒼井は前に進み、白石を追い始めた。


 京橋から汐留への追走


京橋JCTのオービス付近で、蒼井は白石との距離を詰めた。最高速ではFD3Sとインプレッサに大差はない。二台はほぼ拮抗したまま汐留JCTに差し掛かる。


「速い...でも、俺のFDだって負けてない!」


汐留の3車線S字コーナーでは、白石が3車線を使い切り、超高速4輪ドリフトを披露してみせた。


「嘘だろ...こんなスピードでドリフトを...!」


蒼井はただその技術に驚愕し、冷静にコーナーを抜けることしかできなかった。


  バトルの終焉


浜崎橋JCTを右折し、再びC1外回りへと入った。白石のインプレッサはフルブレーキを繰り返すたびにアンチラグシステムを発動させ、マフラーから炎を噴き出していた。


蒼井は冷静さを取り戻し、自分のFDの性能を信じて追いすがった。しかし、芝公園ランプに差し掛かる直前、白石のインプレッサは速度を落とし、そのままランプを降りて首都高を出た。


 ガソリンスタンドでの対話


白石を追って蒼井も首都高を降り、近くのガソリンスタンドに入った。白石のインプレッサの横にFDを停め、蒼井は駆け寄った。


「大丈夫ですか?トラブルですか?」


白石は笑顔で首を横に振り、ガソリンノズルを手に取った。


「ただのガス欠だよ。アンチラグのせいで燃費が悪くてね。タイヤもドリフトのせいでほぼ終わってる。」


蒼井は安堵しつつも呆れたように言った。


「無茶しすぎですよ!さっきのバトル、危なすぎました。」


白石はその笑みを少し引き締め、真剣な目で蒼井を見た。


「確かに接戦のバトルは楽しい。でも、公道で本気を出すのはリスクが大きい。常に冷静でいるメンタルが必要だ。」


続けて、白石は深い声で語った。


「楽しいだけでアクセルを踏むのは簡単だ。だけど、周囲の状況を見失ったら、いつか取り返しのつかないことになる。君なら薄々気が付いていただろ?俺たちがさっき走ったライン。ギリギリの勝負だけど、いつも安全マージンを確保しているつもりだよ。」


蒼井はハッとした。確かに白石の走りには威圧的な一面があったが、よく思い返せばそれは計算し尽くされた走りだった。


「でも、俺はまだそのマージンの取り方がわからない...」


蒼井が正直にそう漏らすと、白石は軽く笑った。


「それを身につけるのが走り屋としての第一歩だ。寺田や牧野、それから獅童だって、みんなそれを理解している。速さだけじゃなくて、心構えが大事なんだ。」


彼は蒼井の肩に軽く手を置き、続けた。


「覚えておけ。楽しいと思えることを否定する必要はない。ただ、その楽しさが他人を巻き込む危険になるなら、それはただの自己満足だ。」


その言葉に蒼井は深く頷き、胸に刻み込んだ。


「白石さん、ありがとうございました。」


「礼を言うほどのことじゃないさ。でも、これからもお互い、成長しよう。」


白石は再び笑みを浮かべ、ガソリンを入れ終えるとエンジンをかけた。そして、一言残して夜の闇へと消えていった。


「また会おう。次はもっと成長したお前たちと走りたい。」


蒼井はその場に立ち尽くしながら、自分の未熟さと走り屋としての目指すべき道を静かに思い描いていた。


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