二章8話「東京地下大迷宮2」
虎雄は、仮面越しのくぐもった声でカメラに向かう。
「まずは上層の攻略からしていくけど、いもデッド? 準備できてるよな」
雪乃は心ここにあらずと言った様子だが、配信はもう始まっているのだ。
未踏破ダンジョン〈東京地下大迷宮〉上部一層、〈神秘の森〉。
太陽光のような温かさを感じながら涼やかに風が通り過ぎていく。
草原一色の大海原を前に、胸は躍る。
「いくぞ、いもデッド!」
「……わかった」
なんだか煮え切らない返事の雪乃は、腰に構えていたユニーク武器『白刀』を前に構えた。
ホワイトスケイルという氷結系最上位種の大蛇から入手できるレアドロップを用いて作られた刀身には、氷結系の固有能力が付与されている。
雪乃と共に草原を走り出す。
すると、突如目の前の草原が焼け広がっていく。
中央に顔を出した存在が纏う火が燃え広がったらしい。
見た目はうさぎに似ているが、愛嬌など微塵もない凶悪な顔。そして四肢の鱗に火炎を纏う【サラマンダーラビット】が現れた。
彼らは群生する性質を持つ。
虎雄と雪乃はあっという間に広がった焼け野原で、火炎兎の群体に囲まれた。
「兄さん、任せて──」
言って飛び出す。
すると白刀を地面に突き刺して声を上げた。
「【
雪乃の周りに生成される氷の礫が、二人を囲んだ火炎兎に飛んでいく。
次々に魔石に変わるモンスターたちに、コメント欄は湧いた。
“いもデッド強え〜!”
“一撃で群体倒すのエグすぎる!”
視界に表示されるコメントに、自分も続こうと駆け出した虎雄。
「あっはは──!!」
雪乃は声をあげて、撃ち漏らした火炎兎を目で追った。
駆け出す虎雄は、雪乃のスピード感についていけない。
「こっちにもいるね! ボクはわかるんだよ!」
骨すらも断ち切る白刀は、威力を遺憾無く発揮した。
“いもデッド気配察知スキル持ってるんか……”
“隠れても無駄、攻撃しても通らない、どんな戦闘力してんの”
“黒ショートの丘が揺れてるぜっ!!”
火炎兎の体液が黒く焦げた草原に散っていく。
ゴロゴロとあたりに転がる魔石が、花のように草原に咲いた。
そして花弁のように散らばったウサギの四肢は砂になって消えていく。
「たっのしぃ〜!! 兄さん、もっと深くまでいこ!」
さっきの不安な様子が嘘かのように、暴れ回る雪乃。
虎雄が出る幕など一切なく、いつの間にか上部二層へ突入していた。
そこは一層とは様子が違っている。
モンスターの魔石が転がって、体液が散らばる。
探索者が戦った後のような光景が広がっていた。
しかし警備員に入る前言われたのは、今日は虎雄と雪乃が一組目である、ということだった。
「どうなってんだ……、魔石が落ちてる。探索者なら、金になるし回収するだろうに……」
「別にいいよ。モンスターが出てこないのは寂しいけど、もっと先に進も!」
雪乃の言葉に従って、虎雄はさらに奥へ足を向けていく。
一層と同じ草原のようなエリアに、洞窟の入り口を発見する。
未踏破ダンジョンは整備されていないため、とてもわかりにくい。
「ねね、兄さん。こっちに進んでみない?」
嬉々とした声音で、雪乃が言う。
ドローンを飛ばして戦闘するのに、狭い場所はデメリットが多い。
配信が快適に行えない可能性が出てくる。
「ダメ……?」
“まじか、大迷宮内の隠しダンジョンとか、宝物殿でもあるんか”
“みたいけど、配信者はこういうの嫌がるだろ”
コメント欄も隣の雪乃も、ここに入ることを押していた。
「じゃあこっちに進んでみるか……」
不安げに口にした虎雄に、雪乃が声をかけた。
「大丈夫だよ。ボクが守ってあげる」
自信満々な様子に虎雄は落ち込みながら、「平気だ」と強がって見せる。
正直、めちゃくちゃ入りたくない。
洞窟の内側からは、死の匂いが吹き抜けるような感覚がした。
「アハハハ! 兄さん任せてよ! ボク強いみたいだし!」
ポケットから取り出したスマホを虎雄に見せつける。
雪乃は楽しげだし、コメントも盛り上がっている、それに、同時接続数が二万人を超え始めた。
今までで最高の数字だった。
虎雄はおずおずと洞窟の中を進んでいった。
兄の前を歩く雪乃は、上機嫌に鼻歌を歌っている。
そんな時だった。
洞窟に揺れが生じたのだ。
「何? 地震?」
ダンジョン内はある意味で異世界。
現実の日本と繋がっていないため、地震の影響を受けることもない。
「違うな、下だ!」
虎雄と雪乃は二人で、さらに下の階層へ向かった。
そこには、ダンジョンに入る前にも見た、巨門がある。
同じ紋章、同じ造り。
「これ、出口……か?」
呟いたが、雪乃はその門触る。
「あ──! おい、待て!」
咄嗟に手を伸ばすが、雪乃は消えていた。
何もない虚空に手を伸ばした虎雄は、すぐさまに巨門に触れる。
きっと同じ場所へテレポートするだろう。
「あ、キタキタ! 兄さん!」
笑顔で目の前に立つ雪乃。
そして後ろにいるのは、多数のゴーレムだった。
「ボス部屋だったってことか」
「うん、そうみたい。こんなふうに入るボスギミック初めてだよ、楽しいね!」
雪乃はそう笑顔で言う。
しかし虎雄の目に映るゴーレムの異常な大きさ、そして王のようなゴーレムを守るように無数の岩人形がこちらに敵意を向けていた。
岩人形は、ドローンが気になるらしく、ストーンキャノンを用いてカメラの撃墜に動いている。
「お、おい! やめろ、高かったんだよ!」
虎雄の悲痛な声がドームのような場所で響いた。
雪乃は、虎雄に言う。
「ボク、全部倒していいよね!」
「あぁ──……、あ! いや! 待って……」
虎雄の声はもう雪乃には届いていない。
雪乃は縦横無尽に、動き回りながら、次々に岩人形を破壊していく。
でもあまりに数が多い。
「オレもやるぞ!」
虎雄は腰の短剣を引き抜き、ガントレットの仕込み剣を取り出す。
両手に剣を持ち、近場にいたゴーレムから、叩き潰していく。
「オラッ──!」
「よいっしょっ!!!」
残りを十体程度まで減らすのに、十五分以上かかってしまった。
虎雄は、ゼエゼエと息を荒げるが、隣にいる雪乃はまだまだ余裕そうだった。
しかし、コメントでは思いの外、虎雄を褒める言葉も多くある。
“は? 早いすぎだろ”
“こいつ三ヶ月前まで一般人だったんだよな”
“どんな速度で成長してんの”
流れていく言葉に、仮面の下は笑顔で溢れた。
やる気が出てくる。
疲弊した体に、活力が漲って、虎雄は「よし!」と声を張り上げた。
「いくぞ、いもデッド!」
「うん、兄さん!」
十体の岩人形に守られた王のゴーレム。
生体反応を認識はしていても、こちらに気を向ける様子は一切なかった。
他の岩人形が、通常の灰色や茶色といった岩の色を残す中で、王のゴーレムだけは漆黒で、その硬度もかなりありそうだった。
でも次の瞬間。
雪乃は黒のゴーレムの拳を避けてまわり込んだ。
しかし岩人形が飛び跳ねた雪乃の足を掴んで、叩き落としたのだ。
「ぐはっ!」
地面に転がって悶える。
白い肌と装備に、血を吐き出していた。
「雪乃──!!!」
虎雄は叫ぶと同時に走り出す。
悶える雪乃は見えてないのだ。黒のゴーレムが次の一撃をすでに加えようとしているのを。
“妹を救え、デッドマン!!”
“がんばれ! 人でなし!”
“いもデット!?”
雪乃への心配と、虎雄に対する応援がコメントにある。
でも、大炎上はこれでは発動しない。
「【
虎雄はガントレットに魔石を装填して叫ぶ。
引き金となるのは、腕をまっすぐに伸ばして捻る行為。
「【
聖なる光を彷彿とさせるレーザー砲は、ゴーレムたちを焼き払った。
虎雄はゴーレムたちの魔石化をすぐに確認すると、雪乃に駆け寄る。
呼吸もある、脈拍も問題ない。
どうやら雪乃は一時的に意識を失っているだけらしい。
彼女が起きるまで、少しの間休憩に入った。
「朝からずっと驚きっぱなしで疲れたしなぁ、一回配信は切るからな! また、雪乃が起きてからにする。おつデッド〜!」
いってスマホを操作し、配信を一度切ったのだった。
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