二章3話「波乱の兄妹コラボ配信1」

 夕食を食べ終わり、雪乃とも話をつけた虎雄は、まず部屋を片付け始める。

 月が覗く窓のカーテンを閉め切って、ベッド周りのゴミを拾い、デスク周りを中心に片付けていく。

 一通り綺麗になると、虎雄はデスクチェアに座って、パソコンを起動した。

 すると、扉がいきなり開いて、妹が訝るように覗き込む。


「……なにしてるの? 兄さん」

「なにって、復帰配信の準備だけど?」


 何事もないように返す。さも当然のように。

 デッドマンチャンネルは、雪乃の偽装で活動休止中なのだ。


「復帰配信? 別にしなくても……」

「ダメだろ、固定ファンがいないだから、早く活動しないと」

「そうなの? ボクはよくわかんないよ」


 雪乃は、ドアのノブを握ったまま覗き込み続けた。


「それに……。妹に心配かけたくないお兄ちゃんが、活動休止したことになってるからな。掲示板でもブラコン扱いだよ……」

「いいじゃん! 一番身近で一番親身になってくれるのが……、妹のいいところでしょ?」


 虎雄はぶんぶんと首を振って答える。


「いやいや、オレにもブランドイメージというか、活動スタイルみたいな? ものが? あるし?」


 そんな高尚なもの、虎雄にはない。

 あるのは数字に対する欲求と、剣聖という存在への羨望だけだ。

 しかし、ブラコンと言われると、虎雄がまるで妹を大好きでたまらないみたいに聞こえるから、なんだか否定したくなってしまう。


「へぇ〜、そうなんだ、それってボクも出ていいの?」

「は?」

「え?」


 虎雄と雪乃はお互いに目を丸くして視線が交差した。

 そして虎雄は少し考える。


(雪乃が出ることで、マンネリ化が解消できたりしないか……? それに……)


 躊躇いがちにコクリとうなづくと、雪乃は涼しげな顔をクシャッとして笑う。


「えっへへ。そっか、よかった。兄さんのファンの人とお話しできるんだね!」

「そんないいもんでもないけどな……。毎回の配信で罵倒され尽くしてるし……」


 アンチがいるほど強くなるスキルの性質上、虎雄は、毎回のように悪人ぶることを半ば強制されていた。

 しかし、実際に人を助けたり、犯罪者を逮捕したりと、やっていることは真っ当なため、視聴者は慣れ始めていたのだ。

 面白半分に、暴言を言える場所くらいに思われているのかもしれない。

 虎雄は、続けて口を開く。


「なんか……、掃き溜めみたいになってきてるしな」

「掃き溜め? ファンにいじめられてるの? 兄さん」


 こちらに向く、純心でキラキラとした瞳が、視聴者を騙すことで窮地を脱してきた虎雄の心に突き刺さった。


「ち、ちげぇよ! いじめられてないって! ま、まぁいいや……。ほら、配信始めるから、雪乃はちょっと下がっといて」


 言いながら、操作してツイートで配信告知。

 それから、虎雄はいつも通り魔道具の黒いマスクを着用して、配信を開始した。


 仮面の奥で、虎雄は過去に一度だけした後悔の雑談配信を思い返す。


 過激路線に活動スタイルを切り替えた直後のことで、固定のファンなど一人としていない虎雄の雑談配信には、アンチや荒らしボットが、襲いかかる。

 まともに雑談なんてすることもできずに、荒らしボットを丁寧に削除しながら、アンチと舌戦を繰り広げた。

 傍目から見たら、ものすごく醜い争いだったと、虎雄は過去の配信を見て思ったのだ。

 しかし今回は、違う。


「こんデッド! デッドマンチャンネルの復帰配信へようこそ!」


 明るい声色は、六畳の自室に反響した。

 チャンネル登録者は、前回の雑談配信の一千倍の一万二千人。

 同時接続数は、すでに三桁を超えていた。


“こんアカ〜”

“こんデッド〜”

“こんデッドって聞いたことないww”

“作戦会議でもすんの?”

“今度はどんな悪人取っちめんだよ”


 コメント欄が流れていく速度が、登録者十二人の時とは比べものにならないほど早かった。

 虎雄は慌ててコメント速度を変更して、読みやすい速さに設定する。


“雑談慣れてなさすぎww”

“なんか喋れよ、放送事故だろコレ”


 相変わらず、虎雄の配信を見ている視聴者は、虎雄に対して棘がある。

 しかし罵詈雑言のような、暴言コメントは今の所数件しかない。


「んじゃ、公式アカウント見た人は知ってると思うけど、活動を再開しようと思います!」


 すると、コメントがダラダラと流れていく。


“あ、ブラコンの人だww”

“妹と仲直りしたんか? 配信して平気なのかよ”

“家族は大切にしろ? ブラザー”


 予想以上に公式アカウントを見ていた人から反応があったことに驚く。

 虎雄の心配は杞憂だったのかもしれない。

 そう思った直後だった。


「あ! こんばんは! ボク、えっと──……」


 完全に見切り発車な雪乃がカメラ内に飛び込んでくる。

 コメント欄は、慌てふためき混乱状態。


“誰?”

“いもデッドだろ、多分”

“可愛い、黒ショート巨乳とか江戸”

“ボクっ子とか、最高です”

“やばいやばい、デッドウーマンだ!”


 雪乃はモニターにじっと視線を向けて、コメント欄を見る。


「なんか早いね、コメント。そうだなぁ……」


 言いながら、一つに決めたように続けた。


「そうそう、デッドマンの妹だから『いもデッド』です!」


 暴走気味に、虎雄の前に陣取って、コメントと会話を始める。


「え? 好きな食べ物? んー、お寿司とか好きだよ」


 百面相のように表情をコロコロと変えながら、虎雄の視聴者を根こそぎ奪い去る雪乃に、危機感を抱く。


(やばい……、このままじゃ乗っ取られる……)


 すると、雪乃が一つのコメントを拾った。


「へ……? 下着……? みんなそんなに見たいの……?」


 コメント欄を慌ててスクロールすると、元のコメントが顔を出した。


“いもデッドの下着見たいなぁ”

“いいな、俺も俺も”

“まじ? 生着替えとか最高すぎる”


 赤く恥じらいの表情でモニターカメラを覗く雪乃は、モコモコしたパジャマのズボンに手をかけた。


「あ? 無理無理! やめろ! エロ配信してどうすんだよ。BANされるわ!」


 言いながら妹の手を掴んで、制止する。

 そしてカメラに向くと、仮面の顔を近づけて続けた。


「あんなぁ……、十七のガキで遊ぶんじゃねぇよ」


 するとコメント欄は、ブラコン兄に喰らいつく。


“兄貴は邪魔だ、どっか行け”

“いもデッド映せよ、ばかやろー”

“もうデッドマンチャンネルじゃなくて、いもデッドチャンネルに変えろ”


 鼻息を荒くして虎雄が返す。


「は? デッドマンチャンネルはオレのだろうが! 妹にだってあげないっての!」


 戸惑う雪乃を一度カメラ外に避難させて、配信画面に告げる。


「……ちょっと待っとけ! 視聴者おまえらとは後で話すっから!」


 そして部屋を一度出て、リビングで雪乃と向かい合って座る。

 ダイニングテーブルを囲む二人の間に少しの沈黙が流れて、虎雄は口を開いた。


「あのさ、雪乃? パンツ見せていいなんてオレ言ってないよな!?」

「ででで、でも……。違うんだよ──……」

「なにが違う? コメント欄に慌ててカメラにパンツ見せようとしたろ?」


 しょんぼりと俯く雪乃は、青い瞳を潤ませて上目遣いに見つめてきた。


「──……な、なんだ、言いたいことあんなら言えよ」

「ボク、兄さんをいつも応援してるファンの人に、お礼したくて……」


 やっぱり暴走していたか、とため息をつく虎雄。


「オレは、お前が配信中にパンツ晒そうが、おっぱい見せようが、全裸になろうが、喜ばないからな?」


 キッパリと言う。

 肩を落とした雪乃は、虎雄の言葉に戦意喪失したようで、黙り込んでしまった。


「ほら、戻るぞ──」


 言って手を握って部屋に連れ戻した。

 雪乃が制御の効かない暴走機関車でも、たとえプリウスミサイルだとしても、虎雄の配信には、新しい風というヤツが必要だった。


 部屋に戻ると、虎雄はカメラの正面。そして雪乃は椅子の後ろに置かれたベッドに乗ってカメラの画角に映り込んだ。

 コメント欄は、『いもデッドが遠い』だの、『パンツ見せろ』だのと騒いでいたが、片っ端から削除して、復帰配信を再開したのだった。


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