Titan RTXの順路・II

 そんなこんなで十分後、ロゼはパソコンを完成させたっぽい。

 マザーボードに黒い小さな扇風機……CPUクーラーを取り付け、満足そうな顔をしている。

「……で、ロゼ。なんか仮説とか思いついたか?」

「全然?ケーブル周りかBIOS周りが怪しいかなと思ってるけど」

「じゃあ全然じゃねぇじゃん」

 俺がそう言うと、ロゼはまた考え込んでしまった。

「……というかロゼ、BIOSってなんだ?」

「パソコンのSSDとかCPUとかの設定をする専用の場所。そこなら多分、パスワードなしでも入れる」

 確かSSDはパソコンにとっての本棚……データを保存する場所だっけな。

「それじゃあケーブルに細工したか、BIOSに細工したかの二択か」

「まぁほぼ確定だねそれで。でも、ケーブルに細工するには時間が必要で……できるかな?Aが帰るまでの時間で」

「じゃあBIOSか?」

「まだ決まったわけじゃない」

 そう言うと、ロゼはスマホを取り出す。

「ねぇ円馬。どうしてAとAの元カノは別かれたの?」

「……え?」

 その瞬間、俺は少しだけ思考を止めた。

 どうする?言ってもいい物かなこれ……いやでも、名誉の問題だよなこれ……

「……金の問題でAがフッたらしい。でも、Aもまだ好きみたいだぜ?」

「金の問題ねぇ……元カノにお金をせびったりしたわけ?」

 ニヤニヤするロゼに、俺は指で円を作ってエネルギーを溜める。

「……ん?どうした……いたぁっ!?」

 我が家に伝わる門外不出の技、デコピンだ。

「痛って……本当もう!」

「雪宮家に伝わる指のエネルギーだ。ざまぁみろ」

 おでこを抑えて首だけ右往左往させるロゼ。その目が……少しの間、据わった気がした。

「……どうしたロゼ。そんなに痛かったか?すまん」

「あぁ大丈夫。Googleマップにレビュー書くだけで許してあげるから」

「サービスのソーダレモネードでございます」

 俺は速やかにコップに氷を入れ、カウンター席に置き、そこにレモン液と炭酸水を注ぐ。

 悲しきかな俺は、ロゼに対してデジタルで勝つことはできない。


◇◇◇


 スマホを右耳から離して、俺は言った。

「だめだ、繋がらない。すまんなロゼ」

「じゃあ構成は聞けないわけか……困ったな」

 ロゼは両手で頬杖をつき、また考え込む。

「……ねぇ円馬。せめてなんとなくの内部だけでも思い出せない?」

「どうやって内部を見ろと?ガラス製でもないのに」

「ガラスじゃないのか……」

 わかりやすく失望の色を見せるロゼ。なんか申し訳ないな。

 お詫びのしるしとして、俺はさっき思い出したことを言ってみた。

「一応言っておくが、Aはゲームとかをあまりしない性格らしい」

「……え?じゃあTitanは何のために」

 こっそり調べてみたんだが、グラフィックボードは、ゲームをプレイする際に真価を発揮するらしい。

 他にも生成AIやマイニング(仮想通貨の裏方役みたいな?)にも使うらしいが、Aにそういう趣味はない。

「じゃあもう一個教えてやる。Aの元カノは、Aにゲームをお勧めしてたらしい」

「……もしかして、パソコンを作ったのは元カノ?」

「正解だ。100点やるよ」

 すると、またロゼは頬杖をつき始めた。

「……元カノがパソコンを作ったのは、そりゃAと仲よかった時だよね?」

「まぁそりゃな」

「じゃあTitanを使うこと自体が復讐じゃない……もしかして、OC?」

「オーシー?」

「オーバークロックの略。CPUのクロック周波数を上げる、自己責任の必殺技」

 クロック周波数というのは、CPUの性能を数値で表したものだ。

 それを上げるってことは……

「オーバークロックはいいんじゃないか?性能が上がるなら」

「自己責任って言ったでしょ?消費電力も上がるし、メーカー保証もなくなる。そう言う意味では復讐と言えるかも」

 Aは光熱費にも困っていると言っていた。消費電力が上がるのは、復讐としていいかもしれない。

「……うーん」

 ロゼは唸り、目を閉じて思考を回す。

 俺もそれの真似をして、なんとかAの部屋の中を思い出していた。

 なにか、なにかないのか……?

「一応言っておくが、Aはまだ思い出の品とか取ってるらしいぞ。ゲームとかもそのままらしい」

「ふーん、なるほどねぇ」

 瞬間ロゼの方を向くと、彼女は口を大きく開けていた。

「ねぇ、今なんて言ったの?」

「え?『まだ思い出の品とか取ってる』って」

「マジで!?」

 ロゼは口を大きく開けていく。

「……夜だぞ、声を小さくしやがれ」

「はいはい……でも、ちょっとこれでわかったかも」

 すると、ロゼは急に席を立つ。

 カフェの隙間の先にあるドアを開けると、一気に外に滑り込む。

「おい!急にどうした!」

「穢れを知らない少女に、一人で夜道を歩かせる気?」

 俺は壁の時計を確認する。現在時刻23時ジャスト。

「それで真実がわかるんだな!ロゼ!」

「もちろん!だって……」

 ロゼは少しだけ溜め、妖し気にニヤけた。

「コンピューターは、人間の何倍も正直だもん」

「……決めゼリフのつもりか?」

「それあり、これから言いまくる」

 半分呆れつつ、俺はガスを確認して店の鍵を一旦閉める。

 店や大きな家が並ぶ国道沿い。小さなカフェ『雷鳥の家』は、これにて一旦閉店となった。

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