自作カーJCは名探偵
日奉 奏
Titan RTXの順路
フルーツの絵が描かれた壁を背景に、少女――長月ロゼは言った。
「あー、Core i7がほしいな……」
カフェ『雷鳥の家』の店内は極めて狭く、4つのカウンター席とキッチンは35cmしか離れていない。
そのため、彼女の願いも俺――雪宮円馬にしっかり聞こえてきた。
「おいロゼ、この間GTX1660とやらを手に入れたばっかじゃないのか?」
「あれもう売っちゃったよ。2万で売れた」
彼女の身長は150cmほど、服装は緑色のコートに青いズボンである。年齢は13歳らしい。
そして彼女最大の特徴は……謎のパソコン知識である。GTXだのCore i7だの謎の横文字を言いまくり、俺を煙に巻く。
そのせいで俺もわずかにパソコンに詳しくなってしまった。
例えばGTXはグラフィックボード……パソコンの映像をモニターに出力する部品のブランド名。
Core i7はCPU……コンピューターの頭脳部分のブランド名らしい。
「……というか、そんなにパソコンに詳しいならちょっと相談乗ってくれないか?ロゼ」
ふと、俺は先週聞いた相談を思い出した。パソコンが関係する、不思議な話だ。
「何?おすすめの自作パーツとかなら何時間でも語るけど」
「残念だがそういう類じゃない。ちょっと不思議な……俺の友人の話だ」
一応言っておくが、彼女はただの店の常連客である。
それなのに相談するのは、彼女の豊富なパソコン知識が……俺の友人が抱える問題の解決に、役立つと思ったからだ。
「俺の友人……仮に『A』としよう。Aには元カノがいて、結構悲劇的な別れをしたらしいんだ」
「ふーん……この私にリア充の話をするんだ」
「お前の顔なら、男くらいすぐに捕まるだろ……続けるぞ。先々週、Aの家に元カノが侵入したらしい」
「えぇ?」
呆気にとられるロゼを前に、俺は話を続ける。
「その元カノはAを見ると一言、『これで復讐は終わったからね』と言ったらしい。そして……」
「そして?」
「Aのパソコンは起動されていた。だけど、パスワードはかかったまま……ファイルを消したり、履歴を覗いたりはできないわけだ」
ロゼは数秒考えこんで、一言つぶやいた。
「つまり、元カノはどういう復讐を果たしたのか……それを考えろってわけ?円馬」
「そういうことだな。ロゼ。ちなみに、Aは今でもそのパソコンを使ってる。異状はないらしい」
「無料で?」
「俺を納得できる説明ができたら、なんかサービスしてやる」
ロゼはやる気なさそうにまばたきをした。一応考えはするが……という態度らしい。
「Aが使ってるパソコンの構成は?」
構成というのはパソコンのパーツ一覧の事だ。だけど、そんなの知らない。
「知らない。なんか『一番いいやつ』を頼んできたやつを使ってるらしい……あぁでも」
「でも?」
「
彼女はまたやる気なさそうに息を吐き……目を見開いた。
「Titan?!嘘でしょ!?マジ!?」
ロゼは焦ったような口調で、俺に尋ねてくる。
「……そんな驚くことなのか」
「32万円するんだよ!東京ドーム何個分だと思ってるの!?」
「それあんま広さ以外の単位で使わんぞ」
というかテレビ番組以外で使わんぞその単位。
そんなことを思っていたら、ロゼは顎に手を置いて思考を回していた。
「……ちょっと興味湧いて来たかもな。もしAに連絡取れるなら、構成聞いといて」
「あぁ、わかった」
時間という物の存在を思い出し、俺は時計を確認する。
現在時刻は22時30分。子供はそろそろ寝る時間なんだがな……
◇◇◇
「で、ロゼ」
「何?円馬」
俺は困惑しながら、カウンターを眺めた。
そこには黒色の基盤(マザーボードと言うらしい)と、扇風機みたいなのが付いた黒色の長方形があった。
「なんでカフェの中でパソコン自作してるんだ?」
「考えをまとめるため。深ーく考えてる時、なんか手遊びする人いるでしょ?あれと一緒」
ロゼは銀色の薄い正方形(これがCPUらしい)をマザーボードの中心にはめ込む。
レバーを倒してCPUを固定すると、今度はポケットから緑色のガムみたいな基盤を取り出した。
「明らかに手遊びの範疇超えてるだろそれ」
「こんなの手遊びの範疇です」
あっはい。
「……そういえば円馬、Aの元カノは、Aの家の合鍵を持ってるの?」
「そうらしいな」
「なるほど。ところで、円馬はAの部屋に入ったことあるの?あるならどこにパソコンがあったか教えて?」
「えーっと……ちょっと待てよ」
最後にあいつの部屋に入ったのは2週間前……その時、パソコンはどこにあったっけな。
「多分リビングの隅だ。そこに前向きで置いてあった」
「前向きってことは……ケーブルとかは見れないわけか」
「……どういうことだ?ロゼ」
「LAN端子とかUSB端子がある『バックパネル』が後ろにあるってことでしょ?じゃあケーブルは見れないじゃん」
「……ケーブルに細工したってことか?ロゼ」
「そこまでは言ってない」
そう言うと、ロゼは黒い長方形をマザーボードに付けた。
「そういや、その黒い長方形はなんだ?ロゼ」
「GTX780。中古で安かったから買っといた」
自作パソコンってよくわかんねぇ。
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