大学の就活対策の授業中に面接の実習で組んだ可愛い後輩が彼女になりました 〜 授業からはじまる恋愛物語 〜

丘野雅治

授業からはじまる恋愛物語(ラブコメ)

 俺は大学の教室で、可愛い女の子と向かい合って座ってる。

 その子はスマホで俺を撮影しながら、澄んだ声で丁寧に質問をする。

「お名前を教えてくれますか?」

「輝く能力と書いて輝能てるよしです」

「学部はどちらですか?」

緑山みどりやま学院大学、文化政策学部3年生です」

「大学で、どのような勉強していますか?」

「学際系の学部で、コンテンツプロデュースの勉強をしています」

 就活向けの授業の真っ最中で、面接の実習なので教室中がこんなだ。

 知らない相手と2人組を作って、面接っぽいやり取りをする。

 実習の狙いは、自分の話し方や仕草を自分で見ること。

 だから自分のスマホを相手に渡して、撮影してもらってる。


 俺の相手の子は、偶然に後ろに座ってた子だ。

 名前も学部も知らない。


 彼女が笑顔で、俺の目を見つめながら質問を続ける。

「コンテンツプロデュースって、どんな勉強してるんですか?」

「映画やテレビなどのコンテンツが、どのように制作され視聴者に届けられているか勉強しています」

輝能てるよしさんは、将来はプロデューサーになりたいのですか?」

「いえ、現場での制作が希望です。

でも、制作のためにもプロデュースの知識は必要なものだと思って勉強しています」

「映画の監督とか、テレビのディレクターとか目指しているんですか?」

「いえ、個人の力が発揮できる小規模なものが良いと思っています」

「CMの撮影とかミュージックビデオみたいな?」


 質問から、彼女がこの分野に詳しいのがわかる。

 うちの学部の学生かも。

 これまで見かけてないから下級生かな。


「まだ自分でもわかりません。

動画の撮影や編集は好きで、自分でも得意だと思います。

でも、どの分野で活かしたらいいか、まだよくわからないんです」


 重い空気を変えるように、彼女が質問を変える。

「今度は、趣味のこととか聞いてもいいですか?」


 彼女が俺に趣味とか好きな映画など、話しやすい話題で質問をしてくる。

 打ち解けた雰囲気で会話がはずむ。

 無難な内容なのに話してて楽しい。

 内容より、声や態度や表情から大きな影響がある。

 彼女が、うんうんとうなずきながら笑顔で聞いてくれて話しやすい。


 俺にとって女の子と楽しく話せてるのは珍しい。

 授業の課題だから話せてたりする。


 高校の頃はクリエイターになるための進路で迷ってた。

 芸術系の大学か、普通の大学で専門学校へダブルスクールか。

 受験に身が入らず一浪してしまった。

 その間に、大学には複数の分野が勉強できる学際系の学部があるのがわかった。

 その中からメディアコンテンツの勉強ができそうな、緑山みどりやま学院大学の文化政策学部に入学できた。

 渋谷にある、おしゃれなブランドイメージの大学だ。

 でも、大学に入ってからも、将来どうするか悩みは続いてた。


 これまで心の余裕がなく過ごしてきたから、こうやって女の子と話してみて、周りが異性との関係を大事にする気持ちが、はじめてわかる気がする。


 講師の女性の声が教室に響く。

「キリのいいところで役割を交代してねー」

 90分の授業の真ん中だから、結構な時間、女の子から質問を受けている。


 女の子が、ちょっと真面目な顔をする。

「もう一つ聞いていいですか?」

 うんとうなずく。

「好きな女の子のタイプとか、いますか?」

 少し考える。

「自分が夢中になってることを、理解してくれる人がいいです。

相手も、きっと何か夢中になれることを持っている人だ思います」

 考えたこともない質問だけど率直に答える。


 形式的に面接の終了の挨拶をして、口調を面接用から普通に戻す。

「いやー、ありがとうね」

「いぇいぇ、こちらこそです」

 女の子からスマホを返してもらう。


 次は俺が女の子に質問する番だ。



  ※



 女の子がスマホを俺に手渡してくる。

「じゃあ、今度は私のお願いしますね」

 すでにカメラアプリが起動されてる。

 彼女が椅子に座り直して姿勢を正す。

 俺は優しく声をかける。

「撮影はじめるね」


 アプリをビデオモードにして録画ボタンを押す。

 でも画面にはエラーメッセージが表示される。

「ねぇ、エラーが出て録画できないみたい」

「えぇ!

昨日大きなアプリインストールしたから、そのせいかなぁ……」

 女の子が困ってる。


「俺のスマホで撮影してさ、あとで送信しようか?」

「え、いいんですか?

そうしてもらえたら、ほんとに嬉しいです」

「うん、構わないって」

「SNSとかメッセージアプリって何使ってますか?」

 女の子に聞かれてアカウントのあるアプリを返事する。

 そのうちの一つで相互フォローになる。


 俺から面接っぽい口調で質問を始める。

「お名前からうかがえますか?」

「煌めく里と書いて煌里きらりと言います」

 これで名前がわかった。

「学部はどちらですか?」

「文化政策学部の2年生です」

 やっぱりうちの学部の後輩だ。


「どんな進路を思い描いてますか?」

「高校生の頃からスマホで写真を撮るのが好きでした。

大学生になってデジタル一眼レフカメラで本格的に勉強しています。

将来は広告などの制作会社へ入社できたらいいなと思っています」

 彼女は、まっすぐこちらを見つめてはっきり言葉を口にする。

 将来についてよく考えてるのが、それだけでわかる。


 相手は同じ学部で同じクリエイター志望の後輩だ。

 共通点が見えて撮影に関する質問と返事で盛り上がる。


 スマホのカメラ越しに彼女の笑顔が可愛い。

 ファッションは、うちの学生らしい格好をしてる。

 “渋谷に遊びに来るついでに、大学へ来るような服”だと思う。


 質問を趣味や好きなものに変える。

 素直に答えてくれて質問するのが楽しい。

 大学の授業も、なかなか捨てたものじゃない。


 煌里きらりの真似をして、踏み込んだ質問をする。

「付き合っている人とか、好きな人はいますか?」

 彼女は少しだけ頬を赤くさせたけど、これまでと同じように答える。

「付き合っている人はいません。

好きな人がいるかは内緒です」

 そう聞いて妙に嬉しくなった。


 講師の声が聞こえる。

「切り上げてくださーい」


 本当は、もっと話し続けたい。

 俺は煌里きらりに、あとで動画を送信すると約束する。

 彼女は、もう一度感謝して、一列うしろの席に戻る。


 俺は授業を聞きつつ、煌里きらりとの会話の心地よい余韻に浸った。



  ※



 次の日、俺は自分の部屋で動画の編集をしてた。


 すでに昨日の煌里きらりの動画は、色や画質の補正をかけて送信した。

 彼女からすぐに綺麗に写ってますと喜ぶ返事が届いた。


 俺にとって授業がない日は、撮影か編集をして過ごすのが日常だ。

 撮影より編集の方が圧倒的に手間がかかる。

 結果ほとんどの日はコンピュータに向かってる。


 今日の動画は、大学の近くの大きな公園で撮影したものだ。

 編集を数時間も続け、さすがに疲れてきた。

 いつもなら技術的に気になるウェブの映像でも見る。

 でも今日は、他に気になる動画がある。

 昨日の煌里きらりの動画だ。

 実は昨日から何度も見てる。


 俺は人物の撮影には慣れてない。

 出演者を雇えない学生にとって、人物の撮影のハードルは高い。

 だから街並みとか人や車の流れとかを撮影して動画を作ってきた。

 でもこの動画には気になるものがある。


 とりあえず手動で色の補正をかける。

 さらに色調を好みに変える。

 動画の印象は、これでかなり変わる。


 さらに動画を編集する。

 まず煌里きらりが答えてる部分をAロール、つまりメインの動画にしてつなぐ。

 これだけでインタビュー映像は成り立つ。


 次に残りの、煌里きらりが俺の質問を聞いてる部分だけ集める。

 この素材をBロール、つまり追加の素材で扱う。

 質問する俺の声はミュート。

 質問を聞く彼女の顔は、表情に変化があって面白い。

 これを派手に加工して、大きな変化をつける。

 これで、別の撮影をしたカットを入れてるように見せる。


 さらに返答の内容に合わせて別の動画を組み合わせる。

 話題は、大学やカメラに関係するものが多いから、手元にある動画が利用できる。

 それに加えてSNSに上がってる彼女の写真も使う。


 一日かかって動画を編集した。

 かなり気に入った自己紹介映像が出来た。

 せっかくだから誰かに見せたくなる。

 その相手は煌里きらり以外にいない。


 時間を見たら遅すぎるほどじゃない。

 動画を煌里きらりのアカウントへ送信する。

 メッセージアプリを開いて、なんて言うか悩み始める。


<輝能:輝能てるよしです!

昨日の動画を素材に使わせてもらって、自己紹介映像を作ってみました

よかったら見てください>


 何度か言葉を選び直してから送信する。

 こういうのって返事が来るまでが異様に長く感じる。

 ビールを飲みながら待ってたら一缶飲んでしまった。

 迷惑だったかなぁ。

 昨日の感じなら喜んでもらえると思ったんだけどな。

 もうひと缶飲むか迷ってたらアプリに文字が現れた。


<煌里:すごいです!

感動しました!>


 その文字を見てホッとする。


<煌里:本当にありがとうございます!

すごく嬉しいです!

お風呂入ってたんで、返信遅くなってすみません!>


<輝能:気に入ってくれてよかった>


<煌里:さすが輝能てるよし先輩ですね!

すごく気に入りました!

ただ自分が写ってるんでちょっと恥ずかしいです>


 煌里きらりは映像の細かい部分まで褒めてくれる。

 ビールに加えて、彼女の誉め言葉に酔いそうになる。


<煌里:ひとつお願いがあるんですけど、いいですか?>


<輝能:何?>


<煌里:動画の編集に興味あるんで、もしよかったら教えてくれませんか?>


<輝能:もちろんいいよ!

動画にも興味あるんだ?>


<煌里:いいですか!

すごく嬉しいです、よろしくお願いします!

はい!

すごくあります!>


 大学には文化政策学部の学生だけが使える、緑山みどりやまスタジオという場所がある。

 そこに編集ができる機材がある。

 今度の土曜日にそこで教えることになった。



  ※



 土曜になり俺は煌里きらりと一緒に緑山みどりやまスタジオにいた。

 編集用のコンピュータに向かって2人で椅子を並べて座ってる。


 俺はマウスを操作して画質を変化させる。

「カラーコレクションに必要なのは、このパラメータの上から3つだけかな。

他のは上級者向けだと思って大丈夫」

「マウスいいですか?」

 煌里きらりはマウスを握る。

 一つのマウスを交互に操作するので、体の距離が近い。

 彼女の腕の下から、俺はキーボードを操作する

「そのマウス操作しながらこのキー押すと、それでショートカットになるからね」

 キーボードの俺の指の隣に、彼女の指がくる。


 さっきから指や腕が頻繁に触ってる。

 初めは「ごめんね」「ごめんなさい」なんて言ってたけど作業が続いて彼女は気にしなくなってる。

 動画の編集ではトリッキーにキーボードを使ったりするので、わざと触ってるわけじゃない。

 ただ、嬉しくないと言えば嘘になる。

 俺は慣れてるふりをしてるだけで、本当は触れるだけでドキドキしてる。


 煌里きらりがこちらを向いて質問する。

 「この機能を、動画の一部だけで利用するにはどう操作すればいいんですか?」

 彼女は真面目に鋭い質問を浴びせてくる。

 彼女が能力もやる気もあるのがわかる。


 動画の素材で利用するため、煌里きらりがこれまで撮影した写真を見せてもらった。

 それは質も量も本格的だった。

 うちの学部でここまでできるのは珍しい。

 クリエイターを目指して入学しても、普通の就職をする場合が多いのだ。



  ※



 俺たちは休憩のためみどりスタ内のラウンジに来てた。


 煌里きらりが控えめに聞いてきた。

「お願いがあるんですけど、いいですか?」

「何?」

 彼女が照れた顔をする。

「今度、代官山のギャラリーで個展をするんです。

もしよかったら見にきてくれませんか?」

「すごいじゃん!」

「いや、すごくないです。

知り合いがいて安く使わせてもらえたんです……」

「自分の作ったもの形にするってすごいって!

絶対見に行くから!」


「もうひとつお願いがあって、この間の動画なんですけど、あれも展示していいですか?」

「え?

写真の展示に動画って場違いじゃない?」

「作者の紹介が動画っていうの、ありだと思うんです。

それに動画の中にも、私が撮影した写真が結構入ってますから」

 確かに素材が必要で彼女のSNSから勝手に写真を使った。

 それが作品の紹介になって、ちょうど良いみたいだ。

「気に入らないところあったら作り直すけど?」

「あれが気に入っているんで、そのままがいいです!」


 そんなわけで俺の作った動画が彼女の個展に展示されることになった。



  ※



 俺は駅から迷いながら、煌里きらりが個展を開くギャラリーの近くまで辿り《たど》着いた。


 ギャラリーの様子は、すでに彼女のSNSで見て知ってた。

 建物は前面が全てガラスで中が良く見える。

 中には30枚位の写真が白い壁に飾ってある。

 手前には受付が作られて机の上に俺の動画が展示されてる。


 この中に煌里きらりがいると思うと緊張する。


 今週も就職の授業で彼女は俺の後ろの席に座ってた。

 男友達に聞いたら、彼女と友達はこれまでもそこに座ってたらしい。

 今週は実習がなく挨拶だけで物足りなかった。


 建物に近づいて外から中を見る。


 長身の男と煌里きらりが打ち解けて仲良く話してる。

 男は容姿も服装も普通と違う雰囲気で、長身のせいかファッションモデルみたいに見える。

 年齢的には俺たちと同じくらいだ。


 2人がギャラリーの外へ出てくる。

 俺は何故か物陰に隠れてしまう。


 煌里きらりがその男にお礼を言ってる。

「今回は本当にお世話になりました。

かけるさんのおかげで個展が開けました」

「いや、そんなことないよ。

煌里きらりちゃんがいい写真を撮るから、みんな手伝ってくれるんだよ。

どこかでご飯食べてから帰りたいんだけど、どこかお勧めある?」

「昨日食べに行ったカフェのランチが良かったですよ。

えーと場所は……」

 彼女が男にカフェの場所を案内してる。


 友達が外へ出てくる。

煌里きらりもご飯まだでしょ?

一緒に食べてきちゃいなよ。

私が受付やっとくからさ」

 少しやり取りがあり2人は歩いて行く。


 俺はそれを呆然ぼうぜんと眺めてた。

 動揺しながらギャラリーの中に入る。

 ただ後輩の個展を見にきただけと自分に言い聞かす。

 広くない展示スペースを見て歩く。

 本当はじっくり見たいけど、彼女が帰ってくる前にここから離れたい。


 写真の数枚に、さっきの男が写ってるのに気がついた。

 モデルの名前がかけると書かれてる。

 表情や仕草の作り方を見て本業のモデルの気がする。


 そして作者の紹介コーナーに来る。

 他の作品より小さな写真だが彼女が写ってる。

 野外で写されててラフに見えるけど技術が込められてそうだ。

 プロが意図的にラフに写したものだと思う。

 その撮影者もかけるだ。

 あいつ撮影もするのか。


 動揺してる俺に受付の子が声をかけてくる。

輝能てるよし先輩ですよね。

いま煌里きらりご飯食べに出かけてるんですよ。

すぐ戻ってくると思いますから」

 引き止められたけど俺は名前の記帳だけですぐに帰った。



  ※



 翌週の授業日に、俺は学食で女友達から話を聞いてた。


 学食に同級生が集まる場所がある。

 そこに1年の英語のクラスで仲良くなった澄河すみかがいた。

 彼女が煌里きらりと同じ写真研究会なのを思い出して声をかけた。


 俺は適当な挨拶をしてから本題に入る。

「写研にさ、うちの学部の後輩の煌里きらりっているよね?」

「うん、キラちゃんね。

アタシも仲良いよ。

付き合うことになったのー?」

「いやいや、相変わらず恋愛脳だなぁ。

就職の授業で一緒になっただけだから」

「なんだぁ」


 澄河すみかに聞いたら煌里きらりは写研でも積極的に活動してるらしい。

「そういえばキラちゃん個展やってたんだよ」

「知ってる、っていうか行ってきた」

「え、そうなんだ。

へぇぇ」

 澄河すみかが意味深に語尾を伸ばす。

「あそこに自己紹介のビデオあったろ。

あれ編集したの俺なんだって」

「え、そうなの!

言われてみればテルっぽいか……。

でも、これまでの作風と、かなり違くない?」

「まぁな」


 俺は気になること聞いてみる。

「あの展示に、かけるってモデル? カメラマン? の名前があったけどさ」

「あぁかける君ね。

芸術系の大学の写真科の3年生でアタシたちと同学年ね。

元々は写研で誰か写真に詳しい人探してて、友達繋がりで見つけてきたはず。

写研の有志が技術的なこと教えてもらってる感じかな」

「そんな写真詳しいんだ?」

「うん。

高校生の頃から読モとかやってたらしいの。

でも撮る側になりたくて写真家を目指すようになったんだって」

「ふーん」

「読モの頃から写真に興味持ってたから、撮影の勉強する環境に恵まれてたみたい。

もう有名な写真の賞の学生部門で受賞歴とかあって、将来が期待されてるみたいよ」

 そりゃぁ強そうだ。

 現場慣れしてるのは強い。

 プロの写真家に知り合いがいるのも、何かと有利そうだ。


 澄河すみかが説明を続ける。

「キラちゃんとか数人の、本気で写真やってる子が仲良くしてる感じかな。

今回の個展でも手伝ってもらってたみたい。

専門外のアタシたちじゃ難しいものね」

 このあたり学際系の難しいところだ。

 現場の技術を学ぶ機会に恵まれていない。

 俺も分野は違うけど、技術を教えてくれる人が欲しい気持ちはよくわかる。


 俺は気になってることを聞いてみる。

「そのかけるってやつ彼女いるの?」

「ううん。

いないはず」

 澄河すみかが茶化す。

「そーか、テルの狙いってかける君かー」

「ちげーよ」

 会話にオチがついて2人で笑う。


 澄河すみかに礼を言って学食を後にする。



  ※



 俺の心の中で煌里きらりへの気持ちが動き回ってる。

 単に同じ学部の後輩という言い訳が自分には通じない。

 家で編集をしてても学校で授業を受けてても集中できないでいた。



  ※



 次の日、大学で授業を受けてから正門へ向かってた。

 

 煌里きらりが正門から構内へ入ってくるのが見えた。

 俺は複雑な気持ちになる。

 彼女は俺を見つけて手を振りながら近づいてくる。


 彼女はいつも通り笑顔で話しかけてくる。

「個展来てくれて、ありがとうございます!」

「立派にやっててすごいね。

写真も見せてもらったけど、すごく良かったよ」

「ありがとうございます!

せっかく来ていただいたのに、ちょうど席を外しちゃっててすみませんでした」

 思い出したくない場面が頭をよぎる。


 気を取り直して印象に残ってる写真を褒める。

 彼女は素直に喜んでる。

「先輩の映像も、すごく評判いいんですよ」

「いや、そんなことないよ」

「本当は先輩のこと、周りに紹介したかったんですよね」

 周りという言葉であの男のことを考えてしまう。

「ああ、また今度ね」

 俺はそっけなく答えてしまう。


 彼女は正面に回り込む。

「先輩に、また映像の編集とか教えて欲しいんですけど、予定どうですか?」

 期待に満ちた眼差しで俺を見る。

「あぁ、そっちもまた今度ね」

 彼女は目に見えて落胆した表情になる。

「あ、ごめん。

ちょっと次の用があるからさ」

 俺はその場から逃げ出してた。



  ※



 翌々日、俺は授業の帰りに、大学近くの大きな公園で1人で撮影をしてた。


 小型のカメラを、ジンバルという手ぶれを防ぐ短い棒みたいなものに載せてる。

 このほうが三脚よりも使える素材が撮影できる。


 公園内の歩道に澄河すみかの姿が見えて元気な声が聞こえてくる。

 少し前に「どこにいるの?」と連絡が来て、この場所を教えてた。

 2人でベンチへ座る。


 撮影に関する話題の後、澄河すみかが本題に入る。

「キラちゃんと何かあった?」

「いや、何もないけど」

「昨日、写研でキラちゃんから相談受けたんだよね。

テルには学食で話してて、誤解させちゃったかもって思って……」


 澄河すみかが言葉を続ける。

「キラちゃんとかける君て、なんでもないからね。

仲いいけど、技術の関係とかだから」

 俺は心にあるモヤモヤを言葉にする。

かけるってやつと俺を比べたらさ、分野は違うけど、あいつはプロのレベルで、俺はまだそのレベルじゃないんだよ」

「それはそうだけど、それとこれって関係あるの?」

「今の煌里きらりにとって一緒にいるべき相手ってあいつの方だと思うんだ」

「どういうこと?」

「芸術系の学部じゃない俺たちは、プロになれるか曖昧なボーダーラインの上を手探りで歩いてるわけで、その役に立てるのは俺よりかけるだって思う」

「テルってさ、彼女選ぶとき、好きかどうかより役に立つかどうかで選ぶの?」

「そんなことないよ。

でも、まだ関わり始めだからこそ、好きになる前に距離作るべきだと思うんだ」

 彼女は少し黙り込み、うーんと考え込む。

「家に帰ってから大きな画面でさ、テルの撮ったキラちゃんと、かける君の撮ったキラちゃん見比べてみなよ。

アタシに言えるのは、そこまでかな」

 彼女は、ベンチから立って帰り支度をはじめた。



  ※



 俺は自宅に戻ってから、言われた通りにした。

 写研のウェブにあるかけるの撮った煌里きらりの写真と、俺の動画を見比べる。


 見て思うのは、技術力の差だ。

 メディアの違いも機材の違いもある。

 でもその違い以上に撮影者のスキルの違いが見え隠れする。

 スキルがあるからセンスが発揮できてる。

 俺の動画は力技ちからわざでなんとかしてるだけだ。

 何度も見返したが、認めたくない技術の差を実感させられてた。


 気分を変えるためシャワーを浴びる。

 冷蔵庫からビールを1缶持ってくる。

 煌里きらりの動画を画面いっぱいに映し出す。

 部屋の電気を消して、椅子を少し下げて距離を置いて動画を見てみる。

 ビールは残り半分ほどに減るけど、何かわかる気がしない。


 何か違う動画が見たい。

 なんとなく、元の素材の動画をかけてみる。

 ビールが残り少なくなる。

 やはり可愛い。

 教室の中でスマホで写した動画だから、機材もライティングも、技術的に問題は多い。

 でも可愛い。

 笑顔が、表情の動きが、声の出し方が全て可愛い。


 何か大事なことに気づいた気がする。


 かけるのスライドショーを開く。

 かけるの撮影した煌里きらりは、技術的に優秀に撮れてる。

 でも可愛くない。

 いや可愛いんだけど、俺の撮影した煌里きらりほど可愛くない。


 なぜ、この違いが出るのだろう。

 煌里きらりは、俺のスマホのレンズに話しかけてるのか。

 いや違う。

 俺に話しかけているのだ。

 それがこの違いを生み出しているのだと、俺の直感が気づく。


 俺は生まれて初めて、女の子に好かれていることを実感した。



  ※



 就活の授業の時間がきた。


 俺はいつも通り前方の左側の席に座る。

 これまでなら後ろに座っているはずの煌里きらりは、教室の後方に友達と座ってた。


 授業は1分間スピーチの実習だ。

 学籍番号順に発表が回ってくるから俺の次が煌里きらりになる。


 テーマは、自分が夢中になっていること。

 真面目に就職の話をする学生も、趣味の話題の学生もいる。


 俺の番が来る。

 今日は特別に緊張する。


 教室の前に立ち部屋を見回す。

 煌里きらりも確認できるけど、表情まではわからない。


「自分が夢中になっていることは動画の制作と、他にも1つあります。

動画の制作は高校生の頃から夢中で、大学でも勉強を続けています。

上手くなっている自信もありますが、力不足も感じます」

 ここからは例え話だ。

 煌里きらりに伝わってくれと願う。

「近頃のことで、反省していることがあります。

これまではクライアントから依頼を受けても、競合する相手がいると、相手に譲っていました。

自分の能力に自信が持てず、相手にとっては、その方がいい結果になると思ってました」

 気持ち伝われ!

「でも、クライアントが僕に声をかけてくれたのは、僕に興味を持ってくれたからです。

僕に期待して信じてくれたんだと思います。

だから今回は全力でぶつかってみます」

 煌里きらりの方を見る。

「以上です、ありがとうございました」

 お辞儀をして自分の席へ戻る。


 名前を呼ばれて煌里きらりが教室の前に立つ。


 煌里きらりが教室を見回す。

 一瞬、目が合った気がする。

「私が夢中になっていることは写真の撮影です。

高校生の頃、写真も他のことも学びたくて、この学部を選びました。

でも大学へ入学して当初は、思ったのと違って悩んでいました」


「思ったほど専門的な授業が受けられなさそうだったからです。

そんなときに、在学中の先輩たちの作品を見る機会がありました。

その中の一つの映像の作品が、まだ荒削りだけどすごく気に入りました」


「何よりもこの学部にいて、こういう作品が作れるようになることに勇気をもらいました。

近頃その作者の先輩と偶然同じ授業になり、動画の編集を教えてもらえるようになりました。

今夢中になっているもう一つのことは、その先輩です」


「クライアントからの答えは、イエスです」

 煌里きらりはそう言ってスピーチを切り上げた。


 教卓からの帰り際に俺の方を見る。

 俺が煌里きらりの目を見て頷く。

 煌里きらりも俺の目を見て頷き返す。


 教室の平穏な空気をよそにして、俺の心の中は緊張と興奮とその他諸々の怒涛の感情が動き回ってた。



  ※



 数週間後、俺と煌里きらりは2人で一緒にいることに慣れてきてた。


 今日も、学校近くの公園内で2人で撮影してきた。

 俺は動画を撮り、煌里きらりは写真を撮る。

 お互いにモデルになったり撮影を手伝ったり。

 今まで1人でやってたことが、好きな人と2人でするだけで何倍も楽しい。


 2人で撮影した公園内から出て、緑スタへ向かう。

 近くまで来たら、向こうから澄河すみかと友達が歩いてきたので普通に挨拶する。

 周りに対しても2人でいることに慣れはじめてた。


 すれ違ってから澄河すみかと友達の会話が聞こえる。

「あの2人、近頃よく一緒にいるよね」

「うん付き合いはじめたみたいだよ」

「そうなんだ! よかったねぇ」


 その会話を聞いてくすぐったくなる。

 俺が、自分の彼女の煌里きらりを見る。

「ちょっと照れるね」

「うん。

でも、その恥ずかしさも嬉しい」

 彼女がいつもの笑顔で、俺に微笑んだ。

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大学の就活対策の授業中に面接の実習で組んだ可愛い後輩が彼女になりました 〜 授業からはじまる恋愛物語 〜 丘野雅治 @okanomasaharu

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